トラとコスプレイヤー

王立ウェルセリア学院は王国随一の教育機関である。諸々の制度が整っており、例えば月の生活費を支給してくれるというのがその一つとして挙げられる。当然支給される金額には限度があるが、並の生活を過ごすには差し支えない。しかし、少し贅沢したいときなんかは自分で小遣い稼ぎをしなければならない。そういう背景もあり、放課後にクエストをこなす学生が多いというのがうちの学院の特徴でもある。

俺は支給される生活費だけで満足していたので、入学してから一度もクエストに出ることはなかった。そんな俺だがこの日はじめて放課後クエストデビューをすることになった。


トラモンスター調査クエスト。

シルバー先生からそのクエストを受けた後、即座にそのトラモンスターが出没すると言われている森に向かった。

昼下がりに王都を出発、そして森を探索してから早くも2時間が経過した。気づけば辺りもすっかり暗くなっていた。

川辺の開いたスペースを拠点に焚き火をたき、フレンとともに砂利の上に腰を下ろす。


「もう夜か。中々見つからないな」

「そうね」


茂みの中、木の上、洞窟の中、滝つぼの裏。あらゆる場所を探し回ったが、遭遇したのは小型のモンスターばかり。トラモンスターの痕跡すら見つからなかった。


「本当にこの森に出没するのか?」


そもそもの情報が少なすぎる。教えてもらったのはそのトラモンスターが益虫のようなモンスターであるということだけ。どこに住処があってどんなモンスターを襲う、といった具体的な情報は一切ない。

そんな状況でターゲットを調査するのは少々無理があるような気がしてきた。

出直したほうが良いかもしれない。もう一度シルバー先生に話を聞いて情報を増やしたい。


「おかしいわね、この時間なら出るはずなんだけど……」


隣でフレンがつぶやく。


「この時間なら出る? フレンは何か知ってるのか?」

「ええ。例のトラが出没するようになったというのは王宮でも少し前から噂になってたらしいから」


そうなのか。流石に冒険者ギルドでも手に負えないとなると、王宮までその話は耳に入るわけだな。シルバー先生から情報を得ようと思っていたが、彼女で十分そうだな。


「シズノから教えてもらったことなんだけど、なんでもそのトラは平日の夜と休日の昼にしか出没しないそうよ」


なんだそれ。平日と休日の区別がついてるとか人間味ありすぎるだろ。

むしろ会いたくなってきた。……それはおいといて、今は平日の夜だからその条件は満たしていると。


「他にも何か聞いたことはあるか?」

「ときおり二足歩行になって、道具を使うらしいこともあるわ」

「なんだと。もしかして人間の生活を理解しているのか? だとしたら非常に知能の高いモンスターだな」


動物が人間に進化した過程において一番重要だったこと。それは二足歩行だ。

人類は二足歩行したことで前足が空いて道具を使うようになってから飛躍的に賢くなった。

このトラも同じ道を歩もうとしている。すでに平日と休日の区別をつけられているあたり、かなり知能が発達した状態にあると考えられる。

人を襲わないこともそうすることで冒険者から狙われないと気づいているから。そう考えれば合点が行く。これは非常に厄介なモンスターだ。


ガサガサッ


フレンと話しこんでいると奥の草かげの方で何かがうごめく。


「出てきなさい!」


とっさに後ろを振り返り剣を抜くフレン。


「ああすみませんモンスターではありません。道に迷ってしまって……。焚き火の煙が見えたのでつい」


草かげから現れたのはくたびれたジャージを身に着けた銀髪ボブヘアーのやや小柄な少女。


「ってあれ? もしかしてフレン様とジュールさんでしょうか?」


その少女は俺たちの姿を視認するなり声を上げる。

俺たちのことを知っている? こっちには覚えはないが。


「あなたは……クラスメイトの」

「はい。ウェルセリア学院1年Fクラス所属アリス・ドウルです。はじめましてですね」


へー。クラスメイトだったのか。クラスメイトの顔はほとんど覚えてなかったからわからなかった。


「アリスさん……ですか」

「アリスと呼んでくれていいですよ」

「あ、ああ」


なんというか普通に素直な女の子だな。背はフレンよりも低いが胸が大きい。ジャージ越しでもわかる。ついそこに目が行ってしまいそうになる。


「やけにあそこに視線が行ってるのだけれど、それはどういうこと?」

「あ、すまんすまん」


フレンに怒られた。

さて、そんな俺たちの様子を気にもとめずアリスが口を開く。


「もしかしてお二人も例の人を襲わないトラをお探しなのですか?」

「そうだけど、お二人もってことは」

「そうです。冒険者ギルドで偶然噂を聞きまして。いてもたってもいられなくなって探しに来ちゃいました」


俺たちと同じ目的なんだな。


「わけあって私もトラモンスターには思い入れがありまして。凛々しい牙、鋭い爪、肉球、そしてモフモフ。素敵だと思いませんか? 思いますよね?」

「ああ。そうだな」

「そ、そうよね」


よくわからないが、この少女がトラが大好きであるということだけは伝わってくる。


「他の冒険者さんに倒されてしまう前にトラさんを助けたいと思い……今日ずっと森の中を探していたのですけれど、見つからなくて」


まあ森は広いしな。簡単に見つかるとは思わない。


「俺たちも同じだ。ずっと探していたが見つからなかった。噂が本当なのかとちょっぴり疑い始めている」

「そうなんですね。あ、そうだ。私もお二人と一緒に探してもよろしいでしょうか?」

「もちろん構わないぞ。人数は多いに越したことはない」

「あ、ありがとうございます!」


それにフレンの話の相手をするのは何かと気を使うからな。同じ女子同士だし、この子にフレンの相手をしてもらおう。



その後、ひと休憩終え三人体制でもう1時間だけ森の探索を行った。しかし、行方の尻尾すら掴むことができなかった。

仕方がないのでこの日は引き上げることにした。




翌日、更に翌々日と俺たち三人は放課後の森の調査を欠かさずに行ったが、トラモンスターを見つけることはできなかった。そして休日を迎えた。

トラ調査はこれで4日目。そろそろ発見したい。

噂はガセだったんじゃないかと疑心暗鬼になっているところだ。


今日は休みの日なのでアパート前で待ち合わせてから出発することになった。待ち合わせ時間は9時。5分前行動を遵守する俺は8時55分ちょうどに部屋を出た。


「お待たせー、ジュール!」


2分後、隣の部屋からフレンが現れる。白のYシャツにチェックのスカート、そしてガーターベルトを添えている。休日のせいか普段よりもカジュアルな服装だ。


「そんな服装もするんだな」

「まあね。どう? 似合ってるかしらー?」


わざわざポーズを決めてアピールしてこなくても。そもそもフレン自体がスレンダーでスタイルいいし、かなりの美少女だから似合わないはずがない。事実なので褒めておくか。


「似合ってると思うぞ」

「ふ、ふんっ。ありがとう! 別に嬉しくなんてないから」


まったく嬉しいのか嬉しくないのかどっちなんだよ。


「あとはアリスだな」


アリスはここから少し離れたところに住んでいるらしい。


「みなさーん。お待たせしましたー。冒険者ギルドに寄ってて、でもなんとか間に合ってよかったですー」


9時ちょうど。大きな革リュックを背負ったアリスがいつものジャージ姿でやってきた。



さて、今日も今日とて森の探索を開始する。

今日は平日じゃないので時間がたっぷりとある。

さすがに今日こそは見つけてやる。

……そう息巻いて森の中をくまなく探し始めたが結局見つけることは叶わなかった。

あっという間に午前の探索が終了し、昼休憩をはさむため俺たちは例の川辺の拠点に集まった。


「中々見つからないな」

「本当に存在するのかしら? ここまで探しても手がかり一つ見つからないなんて。怪しくなってきたわね」


フレンも疑心暗鬼になり始めている。


「あのちょっといいですか?」


アリスが恐る恐る挙手をする。


「実は今月の生活費に困ってまして。午後は日課のクエストを並行しながらの探索でよろしいでしょうか?」

「クエスト?」

「はい。朝冒険者ギルドで受注してきまして」


そういえばさっき冒険者ギルド寄ってたとか言ってたな。


「別に強制してるわけじゃないからな。アリスの好きにしてくれていい」

「ありがとうございます。それじゃ早速失礼しますね」


アリスは持ってきたカバンの中をガサゴソし、衣服のようなものを取り出す。


「私これないと戦えないんですよね。暑いですけど」


そんなことを言いながら衣装に袖を通していく。


「最後はこれを被ってっと……完成しました!」


白の縦縞模様のモフモフな体毛に覆われたアリス。

頭部の被り物は、口の部分に穴が空いていて、そこからアリスの可愛らしい顔がぴょこんとのぞかせている。

耳や鬚、尻尾までついていて、トラの姿をかなり再現している。

アリスは亜人を通り越してトラそのものの格好に扮装した。


「ねえアリス。それって……トラの着ぐるみ?」

「はい。私モンスターのコスプレが好きなんですよ。特に気に入ってるのがこの白虎でして」


4足歩行の動きをしながら自慢げに語るアリス。

だけど、モンスターのコスプレといえど毛むくじゃらで暑く苦しそう。


「暑くないのか?」

「暑いですよ。汗もかなりかきます」


なるほど、だから汗の吸いやすいジャージを着てたのか。


「すごいモフモフだわ。ああ気持ちいい〜」


一方でフレンは気に入っているらしい。手をスリスリさせながら満足げな表情を浮かべている。


「ありがとうございます。そうですね、これただのコスプレではないのです。端的に言いますと白虎の能力をコピーできます。ま、ちょっと見ててください」


アリスは地面に這いつくばって、鼻を地面に当てる。そしてクンクンと匂いを嗅ぐ仕草を始める。


「クンクン……向こうの茂みにオークの群れがいますね」


鼻が利くようになるらしい。


「今日の討伐対象なので行ってきます! ガオオオーー!!」


そういうとアリスは雄叫びを上げながらとてつもないスピードで駆け出す。

茂みをかいくぐり、オークたちを引きずり出す。

そして鋭いパンチ、かみつき、切り裂き攻撃を打ち込む。一瞬にしてオークたちを蹂躙した。


そんな獰猛な彼女の姿を見て俺たちの中の全てが繋がった。


「なあフレン。ようやく見つけたな」

「ええ……みなまで言わなくても」


そりゃいくら探しても見つからないわけだ。

知能の高いモンスターなんかじゃあない。

平日の夜と休日の昼に活動するのも納得だ。


俺たちが探していたのは――人を襲わないトラの正体は白虎のコスプレをしたアリス自身だったのだから。犯人はコスプレ好きのクラスメイトだった。


「見てくださいましたかお二人とも。これが私の特技です。ってあれ? そんな疲れ果てた目で私を見てどうかされましたか?」


俺は彼女の肩をポンと持つ。


「とりあえず冒険者ギルドと先生のところに謝りに行こうか」


その後俺たちはことの経緯を説明しに行った。



「それにしてもモンスターの正体がコスプレをしたうちの教え子だったとは。報告ありがとうな、ジュール君」

「いえいえシルバー先生。問題が解決できてよかったです」


あの後アリスに話を聞いた。

アリスはシルバー先生と同じ亜人の国、サウン共和国の出身だそうだ。亜人の両親から生まれた彼女だったが不思議と彼女だけは純粋な人間だったらしい。

自分以外の周りがみな亜人。そんな環境で育ってきた彼女はいつしか亜人に憧れた。それでモンスターのコスプレを嗜むようになったそうだ。


それとアリスは白虎の他にも一角兎やミノタウロスなどの様々なモンスターのコスプレを制作しているらしい。

衣装を作成するのに貴重なモンスターの素材が必要らしく、それは市場で購入することで集めているそうだ。素材には結構値の張るものが多く、1体製作するだけでもかなりの費用が飛ぶという。つまり、常に金欠状態に追われているということ。学院から支給されるお金だけではまともに生活できないため、毎日放課後にクエストをこなしているらしい。

アリスとしては今後もクエストを続けていきたいそうなんだが……。


「それで? アリスさんはこのあとどうするつもりなんだい? 今後もそのコスプレで森に出てしまえば、他の冒険者たちに勘違いされかねないよね?」

「ああそれについては大丈夫です」

「というと?」

「彼女が外に出るときは俺たちがついていくことになりましたから」


アリスの友人となった俺たちが彼女のクエストに付き添うことで他の冒険者たちに誤解を与えないようにすることを再発防止策として先生に報告した。


そうして王都近隣の森に起きた奇妙な事件は解決するのだった。

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