第四章:怒りの酸味と予定調和の逆転劇②

 生徒会長……東野は中学校のころからの知り合いだ。


 真面目というよりかはリーダーをやりたがる性格で、中学生のころも高校生になっても、他に誰も立候補していない生徒会選挙で揚々と演説していたのが印象的な男だった。


 押しの強さや自らに自信を持っていることはリーダーの資質として評価出来るが、如何ともしがたく狭量でとにかく人が自分の指示通りのことをしなければ気が済まず、決して自分の頭を下げることも、間違えても非を認めることが出来ない……という印象だ。


 ……ひとつ上の先輩だから、あるいは東野の代わりに謝って回ることが多かったから……正直なところ俺からは好印象を抱ける人物ではない。


 まぁ……同級生とかならまだ印象が違ったりするのかもしれないが、俺にとっては無駄に敵を作るやつというイメージが強い。


 唯一成長していそうなのは……この書記の人も含めて、生徒会メンバーの人選が大人しそうな人ばかりで、年中揉めて生徒会の活動が出来ない中学生時代よりかは幾分かマシそうなところだ。


 ……そういや、この子、シロハと雰囲気が似てるな。俺と一緒にいるときのではなく、教室でひとりで本を読んでいるときの。


 ……当時中学一年生だったシロハも誘われていたし、単にこういう大人しいショートカットの女子がタイプなだけかもしれない。


 そんなことを考えていると、どこか勝ち誇ったように生徒会長の東野の顔が粘着質な笑みを浮かべる。


「なんだよ三船。俺の生徒会の仲間に詰め寄って」

「詰め寄ってはないだろ。……というか、分かってて言ってるだろ。文化祭の件だ。手続きもちゃんと踏んでいないし、文化祭の主旨からもズレてる。……何より、今まで文化祭を目標にしている人がいるんだから、そんな雑に決めるべきじゃないだろ。わざわざ実行委員もいるのにそれまで無視して……」

「予算を決める権利は生徒会にあるだろ?」

「予算以外もズレまくってるだろ。今「金が足りません」って話をしてないんだよ。会場がないという話をして……」


 ポケットに入れているスマホが仕切りに鳴り、ポケットに手を入れてマナーモードにする。


 電話ではなくメッセージアプリの通知音だが……軽音部がよほど焦っているのだろうか。


「とにかく、明らかに生徒会の持つ裁量を大きく超えているし、文化祭の主題から逸れている」

「文句があるなら、来年お前が生徒会長になって理想の文化祭をやればいいだろ」


 面倒くさいとばかりに真新しい椅子にどかりと座る。


「生徒会ってのはあくまでも生徒の持つ権利を代行する役割で学校における権力者じゃねえよ。何勘違いしてんだ」


 語気が荒くなっていることに気がつき、ゆっくりと息を吐き出す。


「三年生は今年きりだ。それにこんな急に、一方的に発表の場がなくなった次の年に文化祭を目標に活動する奴がいると思うか、加えて、高校は三年間しかないんだよ。会場の設営とか段取りとか問題解決とか……一年の時に一回軽く見ただけのことを三年になって主体的に取りまとめられると思うか」

「面倒だな。もっと手短に話せないのか?」


 東野は馬鹿にした態度を隠そうともしない。


 苛立ちを覚えながらも落ち着こうと努める。


 ポケットの揺れが一向に収まらないことが少し気になり、丁度頭を冷やすのに都合がいいので一度スマホを取り出して廊下に出ることにする


「……連絡が来たから一回外に出る」

「もう戻って来なくていいよ」


 誰からだ……と思ってそれを見ると、見ている間にも通知が増えていく。

 それはひとりやふたりからではなく、多くの人が先程の話を聞いて慌てているようだった。


「……あのアホ会長、どんだけ煽りに行ってんだよ……。というか、なんでわざわざ煽りに言ってんだよ……」


 性格が悪すぎてめちゃくちゃやってる。


 ……これだけの人が困っている。

 いや、俺の知り合いじゃない奴も多いだろうし、そもそも土曜日なのだから学校に来ていないやつの方が多いだろうことを思うとこれどころじゃないだろう。


 どう説得したものか……と思っていると扉が開いて書記の子の姿が見える。


「……今日は少し忙しいので、失礼します」

「ああ、うん。無理はしないようにね。お疲れ」


 書記の子と東野が挨拶を交わす。

 東野……俺のときと全然声色が違うな。と、考えていると書記の子が俺の方を見て歩いてくる。


「あの、いいですか?」

「……忙しいって言ってなかったか、今」

「あ、いえ、それは……」

「まぁいいけど……あー、別に謝罪とかはいいぞ。そもそも、俺自身は文化祭とかどうでもいいしな」

「えっ……でも、実行委員なんですよね……?」

「俺の当日のやること、ゴミ袋を取り替えて運ぶ作業とかだぞ。テンションの上げようがないだろ。今からもう面倒くささでいっぱいだ」


 ため息を吐いて頭をガリガリと掻くと、書記の子は「え、ええええ……」と困惑した様子を見せる。


「あ、あんなに怒ってたのに……ですか?」

「……俺、去年も実行委員に無理矢理入れられて、こういう雑用させられてたから、マトモに文化祭を見て回れてないんだよな」

「え、ええー」

「打ち上げみたいなのもあったらしいけど、後始末のせいでそっちも不参加だし」


 じゃあなんで、と、ばかりの視線を受けて、スマホを操作してからちょいちょいと手招きして、隣にきた彼女に写真を見せる。


「俺が見たことないってことは、一年だろ? 去年の文化祭、結構みんな楽しそうにしててさ、コイツとか、普段斜に構えた感じなのにはしゃいで服にソースつけて……。それに、こっちの二人って普段あんまり話したりしてなくて……」


 と、説明をしているうちにまたメッセージが届いてしまったのでスマホを閉じてポケットにしまう。


「……月並みな言葉だけど、こういうことは大切なんだと思う。もちろん高校の実利として、文化祭で中学生が高校の雰囲気を掴んだりとか、保護者が子供の様子を見て安心したりとか、そういうのはあるけどそれ以上にな」

「……プロは入るべきじゃないと」

「いや、それはそれでいいんだけど、文化祭は文化を享受する祭りじゃなくて、継承なり実践なりする場ってことだと思う。まぁ教科書通りの答えだけど、俺はそれが正しいし必要だと思う」

「継承、ですか」

「まぁ大層な話でもなく、軽音部は毎年メンバー変わってるけど文化祭のライブは続けてるし、実行委員会も毎年ノウハウを先輩が後輩に伝えてって感じで残ってる」


 なんとなく窓を開けると軽音部らしい音楽の音が聞こえる。

 それから風に背を預けるように窓の方にもたれかかった。


「三年で卒業するから、入れ替わりが激しいせいで一年やらないとそこのノウハウがなくなってしまうんだよ。地震で文化祭が中止になったあとの年の後、明らかに規模が縮小してる。それからなんとかここまで盛り返した感じだ」

「地震って……かなり前ですよね」

「生徒会室にも資料あると思うから暇なときにでも見てみたらいい。……まぁ、なんだかんだ言っても……仲良い奴が頑張ってるのを、急に梯子を外されたから怒ってるってだけの話だ」


 俺がそう言うと、書記の子は落ち込んだように俯く。


「…………すみません。何も考えてなかったです」

「いや、まぁ入ったばっかりで生徒会長にどうこう言うのとか無理だろ。……というか……あー、平気か?」

「……会長は悪い人ではないんだと、思ってます」

「いや……俺はさっき流れ弾で責めるみたいなことを言っちゃったことを聞いただけで、会長がどうとかは……。アイツ、何かしたのか?」


 書記の子は答えない。


「……知らずのうちに誘導尋問みたいになったな」

「……あ、あの」

「何かあったのか? ……俺相手には言いにくいか?」

「……大したことじゃないので」


 大したことじゃないって風には見えない。……無理に聞き出すのは難しいかと考えていると、彼女は小さく口を開く。


「その、告白されまして」

「え、ええ……入学したばっかだろ。入学してすぐに生徒会に誘われて、入ってすぐに告白されたのか? スピード感すごいな」

「……その、告白なんてされたの、初めてですし、気まずくなって辞めようとしたんですけど……辞めさせてもらえなくて。無理矢理付き合うみたいなことはないですし、勝手に気まずくなってるだけですけど」


 ああ……まぁ告白すること自体は悪いこととは言えないし、後輩が辞めるのを引き留めるのも程度の問題はあるが同様だ。


 けれども……合わせ技はダメだろ……。考えるだけで気まずいというか、この子の立場的に怖いだろ。


「……あー、どうしたい?」

「……いえ、その、相談というわけではないので」

「そうか。……あー、連絡先教えとくから、何かあったら連絡くれ。面倒見のいい女友達もいるから、俺に話しにくいことがあるならそっちに話を通してもいいから」

「あ、えっと、ありがとうございます」


 ……ああ、あまり人にこういう印象を持ちたくないが……東野、本当にしょうもないやつだ。


 二人で連絡先を交換していると生徒会室な扉が開き、東野が俺達を見て表情を怒りのものに変えていく。


「……忙しいと言ってなかったか。もう、部屋から出てかなり時間が経っているけど」

「えっ、あ、こ、これは、その……」

「俺が無理言って引き留めてたんだよ。長々と悪かったな、またな」


 そう言って書記の子を帰そうとすると、東野は露骨に舌打ちをする。

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