4 彼女は問い詰められ、虚言を口にする



「共犯関係にないのなら、どうしてその女に手紙を書き換える必要がある? アイリスの誘拐を手助けしようとしていたという理由以外、考えようがないじゃないか!」

「……ちが……ます……」


 強い断定の言葉に追い詰められたように、再び、私の目からぽろぽろと涙の滴が零れ落ちる。

 

「言い訳ができるなら、してみろ」


 ヴィルヘルム王子の冷え切った眼差しを一身に浴び、私はひっくひっくと呼気を引きつらせる。

 女性慣れしたルーカス・アマッツィアが「嘘泣きだろう」と忌々しそうに吐き捨てるが、アイリスに睨みつけられて口を閉ざした。


「大丈夫だから。言ってみて?」


 アイリス・ミラルディアは私の背を擦りながら、猫撫で声を出す。私はそれによって、少しずつ口を開いた。


「……あたくし、その、内緒で……相談に、乗って貰って……いたんです。……ハリステッド、様に……」

「アイリスを陥れる相談か?」

「ヴィル!」


 突き放したような合いの手に、アイリスの鋭い叱責が飛ぶ。

 私は唇を噛み悲しげに目を伏せたけれど、再度言葉を紡ぎ始める。


「それで……、教えて……もらって。……あの場で、ヴィル、ヘルム様が……アイリスに……求婚するって……」


 それを耳にした途端、王子殿下は顔を真っ赤にして固まった。


「だから……その前に……、小半刻だけでも……時間が欲しくって……」


 私は深く俯き、ぽろぽろと涙を零していく。


「シャーリン、あなた……ヴィルの事が好きだったの!?」


 驚いたような声を出すアイリスの胸の中で、私は力なく首を振った。


「無理なのは……分かってました……。でも、せめて……気持ちだけでもって……。なのにまさか、こんな大事になるだなんて……」


 顔を赤くしたまま「あー」だとか「うー」だとか意味のない言葉を発していたヴィルヘルム殿下だったが、気を取り直すと手で顔を覆い、肩を震わせる私に向かって声を掛けてきた。


「その、すまなかった、シャーリン。どうやら俺は、とんだ早とちりをしていたようだ」


 私はおずおずと上目づかいに殿下を見上げると、小さくかぶりを振る。


「殿下のお怒りはもっともです……。あたくしが、手紙を盗み時刻を書き換えたことで、アイリスを危険に晒してしまったことは事実ですから……」

「いや、それは……!」


 ヴィルヘルム殿下は気まずそうに声を張り上げた後、幾度かあらぬ方向に視線をさまよわせた後、小さく嘆息して続ける。


「被害者であるアイリスが気にしていないのなら、もういい。……俺は怒っていない」

「もちろん、わたしは気にしてないわよ!」


 教師の質問に答える幼児のように、アイリスははいはいと手を挙げる。


「それとだな」


 ヴィルヘルム殿下は、改まったように一つ咳をする。


「シャーリン。お前の気持ちは嬉しいが想いに応えることはできない。俺が愛しているのは――、」

「いいんです、分かってます。許して頂けただけで、充分です」


 私はくすんと鼻を鳴らし、精一杯の笑みを浮かべる。


「シャーリン・グイシェント、自分からの謝罪も受け取って欲しい。君にしたことは女性に対して不適切であり、男として実に恥ずかしいことだった。本当に申し訳ない」


 切羽詰まったように私の前に跪いたのは、テオドール・ヨゼフだった。将軍を父に持ち、騎士道精神に溢れるこの男は、誠心誠意という言葉がぴったりの態度で深々と頭を下げる。


「詫びは如何様にもする。何だったら、この場で殴ってくれてもいい」


 そして首を差し出すかのような体勢のまま身動き一つしない男に、私はか細い声で顔を上げて欲しいと頼む。


「あたくしのしたことは、疑われて当然です。犯してしまった浅はかな行いも、消えません。そんなあたくしに、ありがとうございます……テオドール様」


 視線を上げたテオドール・ヨゼフに、私は涙を滲べたまま楚々とした微笑みを浮かべる。テオドールは顔を赤くして、再び深々と俯いた。


 周囲の視線に気が付いて、ああと一つ頷いたのは残りの一人、ルーカス・アマッツィアだった。

 彼はテオドールを押しのけると、目の前に立って私を見下ろす。


「私はまだ、君に対する疑いを晴らしてはいないよ」

「ルーク!」


 アイリスが驚いたように声を上げるけれど、ルーカス・アマッツィアは黙ったまま首を振ってみせる。


「だから私だけは君が、再びヴィルやアイリスに危害を加えようとしないか見ている。それだけは覚えておいて」

「はい、分かりました……」


 素直に頷く私に、彼は真新しい手巾ハンカチを取り出して差し出した。私はおずおずとそれに手を伸ばす。


「ああ、それと――さっき君に言った暴言は取り消す。すまないね」


 ルーカスは伸ばした私の手を掴むと、素早く甲に唇を触れさせた。私は手巾を取り落しそうになりながらも、慌てて手を引っ込める。そして顔を真っ赤に染めて俯いた。



 そうした一連の流れを経て、アイリス・ミラルディアは満足そうにうなずいた。そして、床に座り込んだままの私の手を引いて、立ち上がらせる。

 私の手を握ったまま、彼女は顔を覗き込み、言った。


「ねえ、シャーリン。まだわたしの友達でいてくれるわよね?」


 その言葉に、私がおずおずと頷くとアイリス・ミラルディアは満面の笑みを浮かべて私に抱き付いてきた。


「ありがとう! シャーリン、大好きよ!」


 すっぽりと彼女に抱き包まれた私を、周囲の男たちは羨ましそうな目で見ている。


「では、話も纏まったようですし、そろそろ我々はここを辞ましょう。シャーリン・グイシェントも、気持ちを落ち着ける時間が欲しいでしょうからね」


 これまでずっと口を閉ざしたままだった宰相子息エミール・クレッシェンが、周りを見回すとそう言った。


「そうね。シャーリン、目が真っ赤。ただでさえ桃色の目なのに、もっとウサギみたいになっちゃってる」


 アイリス・ミラルディアがそう頷いたのを契機に、彼らはぞろぞろと退室していく。

 部屋に押し入ってきた三人は、それぞれバツが悪そうに一言二言謝罪の言葉を残しながら。アイリスは、またねと屈託のない笑みをむけながら。エミール・クレッシェンは、卒ない仕草で礼をして出て行った。

 それを私は、深々と頭を下げたまま見送る。そして、扉が閉まり、賑やかな彼らの足音が遠く聞こえなくなった時、私はようやく深い深い溜め息を漏らした。


 これでやっと、――くだらない茶番が終わった。





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