第16話 もう二度と

 案内されたのは、体育館裏の人目がつかない薄暗い場所だった。


「……!」


 悪い予感が、当たってしまった。目の前にリーヴァがいる。


「リーヴァ……!」


「! ハルト!」


 リーヴァは俺に気づいて俺の方に来ようとしたが、誰かに動きを封じられていてできなかった。


「やだ……! 離してよ!」


 彼女は抵抗しているが、彼女を取り押さえてる奴の方はびくともしない。


 そしてそいつを見て、俺は愕然とした。


「な、なんで……なんでお前がここにいる!」


「……南原!」


 三年前と比べ体は少々大きくなっていたが、その見るだけで悪たれとわかる顔つきはまさしく南原のものだ。


 彼は遠くの高校に行ったはずだ。なのに、なぜ。


 南原はニンマリと笑い、こう言った。


「久しぶりにこっちに戻ってみりゃあ、ダチから『調子に乗ってる奴がいるから二度とそんなこと思わねぇようにボコしてくれ』って頼まれたんだが、お前か……」


 奴は目を細めて、俺を凝視した。


「へっ、物分かりが悪い奴もいたもんだぜ。あんな目にあっておいて、正気か?」


 明らかに俺を愚弄するような調子で、そう言った。


 どうすればいい。どうすれば、切り抜けられる? 彼女も俺も、傷つかないで済む?


 そうだ。


 結局奴らは俺とリーヴァが恋仲のように見えるから、こんなことをしてるわけだ。なら、そういう関係じゃないと言えばいい。いつもの通り。ただの同居人で、それ以上でもそれ以下でもないと。そうすれば、奴らがリーヴァに危害を加えるうまみはなくなるはず。


 恐れと焦りでバクバク言ってる心臓を、小さく深呼吸をして鎮める。落ち着け、落ち着くんだ、俺。きっとうまくいく。


「……勘違いしてるようだけど」


「お?」


「彼女とは、あんたらが思うような特別な関係じゃない。ただの同居人だ」


 リーヴァが少しショックを受けたような顔をしたが、仕方がない。これは君のためでもあるんだから。


「それで?」


「彼女は巻き込まれるべき人間じゃない。部外者みたいなもんだ。だから放してやれ」


 南原は一瞬面食らっていたが、すぐに大きな声をあげて笑い始めた。


「ククク……ハハハハハハハハ!」


「っ、何がおかしい!」


「ハハハ……必死だなぁ、お前。そもそも関係ないなら黙って見捨てりゃあいいのにここに来るんだ。その時点でバレバレだ」


「ん……」


 マズい。無理があったのは認めるが、これが通じないとすれば打つ手がない。とにかく、何か言い返してこっちのペースにしないと。あぁもう、こうやって焦ると余計に言葉が浮かばない……!


「いいぜ? お前の言うとおり本当に無関係なら、コイツをどうしようが俺の自由ってことだよなぁ?」


 ……は?


「じゃあ俺が貰っちまうかなぁ。こんなにもべっぴんなんだ。お前にゃあもったいない」


 南原が手でリーヴァの腰のラインをなぞる。


「っ、やめて……!」


 リーヴァが苦しそうな顔をして、彼の拘束から逃れようと身をよじる。見ているだけで腹立たしい光景だ。南原はこれで俺がキレると踏んでいたのか、少し驚いたような顔をしていた。


 キレてはいるんだ。だが、それを表に出してないだけ。


「おや? いいのか? ホントにいいのかぁ?」


 煽るように、南原が言う。


「……」


 俺は黙って、南原を睨んだ。彼はそんな俺を面白がって、ニヤニヤと笑っていた。


「そうかそうか。お前はなんにもしないわけだ。無関係らしいからな。なら……」


 南原の手が動く。そして彼が、掴んだのは。


「っ! 嫌……!」


「っと、俺がこんな風なことをしたって、なんにも問題はないわけだよなぁ?」


 彼女の、胸。


「っ、やだ……放してったら!」


 無論彼女は喜んでいない。


 もはや、見過ごすことはできなかった。


「リーヴァを、離せ……!」


 気づけば、俺は奴を目掛けて駆け出していた。


 そして、横からの鋭い蹴りが俺の脇腹を突く。


「ぐっ……!」


 痛ぇ。


 体勢を崩して地面に転がる。蹴ったのは奴の取り巻きのうちの一人だった。


「おうおう。ただの同居人じゃあなかったのか!」


 南原が近づいて、顔を殴った。


 一撃が、重い。


 頭がジンジンして、立ちあがろうとしても立ち上がれない。


「お前は物分かりが悪いようだから、あの時と同じにしてやるよ。覚えとけ。お前がこういう風に調子に乗る限り、何度も何度もこうしてやる」


 俺がひるんだ隙に、南原はそう言いながら取り巻きに俺を取り囲ませた。


 面々は少し違う。だが、あの時と同じ……


「ハル……ト……」


 リーヴァと目が合った。すごく絶望したような、そんな顔。


 そうだ。違う。ここにはリーヴァがいる。奴らに良いようにされちゃあ、何が待ってるかわからない。俺は、負けるわけには……!


「ハァ……ハァ……う、うおあああああああ!」


 出せる力を出し切ってなんとか立ち上がり、南原に飛びかかろうとする。


 が。


 目前に来たところで、膝で蹴りを入れられた。


「ま、お前のその頭じゃあ、忘れるだろうがよ」


 受け止め切れるわけがなく、俺が地面に転がると取り巻きたちが一斉に俺を攻撃し始めた。


 まさしく、三年前と同じように。






「ふぅ。ったく、情けねぇったら、ありゃしねぇよなぁ!」


 蹴られた。もうどこが蹴られたかはわからない。痛いんだろうが、痛みも感じない。視界も朧げだ。俺は相当、ヤバいんだろう。


「うし、ずらかるぜ」


「こいつ、どうするんすか?」


「なぁに、あれぐらいそのままでいりゃあ治る。んじゃあ、ずらかるぜ」


 あぁ、行くのか。奴ら。さっきのが最後の一発か。どうやら命までは勘弁してもらえたらしい。だけど駄目だな、こりゃ。目を開けているだけでやっとという有様だ。


 奴らの声が遠くなっていく。

 

 このまま、意識を捨てて——




 三年前と同じように、惨めを晒して終わるのか?




  ——否。


 それは。それだけは。


 嫌だ。


 彼女を、見捨てるわけにはいかないんだ。


 一人の女も、自分の信念さえも守れない人間のままで、終わりたくない。暴力に屈して足かせをつけられたまま、ずっと生きていくなんてごめんだ。


 ならば、どうする。


 決まっている。抵抗するんだ。最後の力が尽きるまで。


 この状態で無理をしたら多分死ぬ。なんとか生きながらえたとしても、後遺症とかが残るだろう。


 だがここで、俺のせいで捕まったリーヴァを見捨ててのうのうと生き残るのは、人間の屑がするような、恥ずべき所業だ。そんな罪を背負ったまま生きるなら、ここで一つ根性を見せてから逝ったほうがいいに決まってる。


 だから、動かなくちゃいけないんだ。


「……!」


 動かない。体が動かない。頭の言うことを聞いてくれない。


「う……! ん……!」


 動け。動けって言ってるんだ。今じゃなきゃ遅いんだ!


「う、あぁ……!」


 痛みが走る。ズキズキと骨にくる。そんなんにへこたれるわけには、いかないんだよ。


「はぁ……うぅ……!」


 立てなくてもいい。這えばいい。今は何がなんでも、奴に追いつかなくちゃいけないんだ。じゃなきゃもう永遠に、手遅れになってしまう。


 そうなったらどうなるか。少し考えるだけで恐ろしい。


 だから動け。動け! 動くんだ! 今!


「うぅ! ううぅごげえぇええぇええええぇえええ!」


 気づけばろれつも回らない口で、そう叫んでいた。


 刹那。


「!?」


 心臓が大きく鼓動したかと思えば、なんだか不思議な感覚が、俺の体を包んだ。

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