霊~ポルターガイスト~

霊~ポルターガイスト~ 其の壱

 土田洋介つちだようすけのビデオ通話が突然切れて、金井章臣かないあきおみは電話を返したが、電源が切れているようだった。

「あいつがいた」

 洋介はそう言っていた。ひどく怯えながら。久しぶりに顔を見たかと思えば、心を搔き乱すことを投げかけてくる。そういうところは昔と変わらない。

 章臣の首筋を悪寒が走り抜けた。暗い部屋の中を見回す。徐々に冬の気配が忍び寄るこの部屋は断熱性能が低く、すぐに寒くなってしまう。章臣は溜息をついてベッドの上で毛布にくるまった。


 ばたばたばたばた。


 天井かどこかで何かを叩く音がする。章臣は耳を塞いで枕に頭を押しつけた。


***


 章臣は大学を卒業してから定職に就かず、バイトを転々としてきた。そのバイトも長続きせず、今は生活保護を受けている。無気力の状態が続き、うつだと診断されたのだ。それがきっかけだったかもしれない。外の世界との窓口は極端に小さくなり、彼の世界のほとんどは、この小さな部屋の中になった。一か月に一度、ケースワーカーがやって来るのと、宅配の荷物が届くのを知るのだけが、社会との接点になっている。

 厚い遮光カーテンを引いた窓の向こうを感じると、途端に胸が酸欠になったように苦しくなる。章臣にとってはこの部屋だけが自分を支える外骨格だ。その外骨格の中で、彼は良心の呵責に苛まれ続けていた。良心の呵責というのは名ばかりの、罪の意識だ。

 毎年、十月十七日が来ると末端から血の気が引く感覚があった。

 だが、今年は違っていた。



 何時に起きたのかは分からないが、遮光カーテンの端から柔らかい光が漏れているのを見ると、日中らしい。章臣はベッドの中で伸びをして、すぐに溜息をついた。枕元でケーブルを挿したままのスマホに手を伸ばす。ロック画面に表示される日付を見て、章臣は吐き気を覚えた。


 かっ、かっ、かっ、かっ……。


 どこかからか微かな音がしていた。耳を澄ませたが、音は消えてしまった。大方、このアパートの上の階の人間の生活音だろう……章臣はそう考えて、また溜息をついた。

 毛布の中で横になったまま、スマホでネットニュースをチェックする。下らない話題ばかりが蔓延した記事に、下らない人間たちの下らないコメントが押し寄せている。

 章臣は溜息をついてスマホを置いた。


 かっ、かっ、かっ……。


 静寂に満たされた部屋の中に正体不明の音が微かに響く。章臣は毛布を被ると舌打ちをして、ノイズキャンセリングのワイヤレスイヤホンを耳につけた。このイヤホンはスマホとは接続していない。ベッドのすぐそばにあるデスクの上のデスクトップパソコンと繋がっている。だが、パソコンの電源は落としているので、周囲の音を消すだけだ。騒音に苛立つ時期もあったが、今ではこうやって外の世界を遮断するだけだ。


 ぼぉん。


 急に、イヤホンが接続された音がした。毛布から顔を出すと、パソコンのモニターからの光で部屋がぼんやりと照らされていた。身体をよじってデスクを見ると、パソコンが勝手に起動していた。顔をしかめてパソコンのモニターを見ていると、突然、パソコンの電源が落ちた。


 ぼろろん。


 イヤホンの接続が切れる。章臣は溜息をついた。パソコンは買って三年ほど経つ。もしかしたら壊れたのかもしれないと思うと、イライラが募る。大事なデータだってあるのだ。それが消えたかもしれない。章臣は舌打ちをして、ゴミだらけの床に足をついて、デスクの椅子に座った。電源スイッチを押すと、パソコンが起動する。イヤホンも接続される。しばらく操作をしたが、何の問題もないようだった。

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