一本道+脇道=○○○

葵染 理恵

第1話 学校の都市伝説

「お兄ちゃん、今日ね友達から訊いたんだけど、黒いサンタって知ってる?」

「黒いサンタ?知らない。何それ?」

「あのね、黒いサンタは悪い子を見つけると手や足を千切って持っていくんだって!」

「なんで?」

「小さい子の手や足が好物なんだって」

「へぇー、じゃお前も、持っていかれるかもしれないな。気を付けろよーあっははは」

「やだー怖いよーーお兄ちゃん助けてよ!」

「はあ?なんで、俺がお前を助けなきゃならないんだよ」

「だって僕のお兄ちゃんでしょ!弟の為なら命だっていらないでしょ?」

「どういう意味だよ!だから、俺を縛って殺そうとしているのか?!」

「僕だって、お兄ちゃんを殺したくないよ…だけど、黒いサンタをやっつけてくれるのは赤いサンタだけなんだよ。赤いサンタを呼び出すには、大量の血が必要だって言ってたんだもん。だから…」

「だから、じゃねーよ。大量の血で呼び出すのは、サンタじゃなくて、サタンだ!サ・タ・ン!」

「サタン?」

「サタンは悪魔の王様だ!そんなのを呼び出したら、黒いサンタどころか、お前も殺されるぞ」

「………僕も殺されるの?」

「そうだよ!だから、包丁を床に置いて、早く縄をほどけ!」

「………じゃ…赤いサンタは、どうやって呼び出したらいいの?赤いサンタが来なきゃ、黒いサンタに手足を持ってかれちゃう……やっぱりお兄ちゃんを殺さなきゃ!」

「いや!待て待て待て待て!早まるな!黒いサンタは来ないから安心しろ」

「なんで、そう言いきれるの!?僕は悪い子だから、きっと黒いサンタが僕の手足を持っていっちゃうよ!」

「大丈夫だ!お前は悪い子じゃないかは安心しろ。そもそもなんで、自分が悪い子だ思うんだよ」

「……僕ね、お兄ちゃんが大切に取っていたプリンを食べちゃったの…」

「えっ?……それだけ?」

「ごめんなさい…やっぱり僕は、悪い子なんだよ……お兄ちゃんを殺して赤いサンタに助けてもらうよ…」

「なんで、そうなるんだよ!俺を殺すよりプリンを食べた事の方が悪いって思う神経、どうかしてるぞ。それに大事な事を1つ教えてやる」

「なに?」

「この世にサンタは、いねよ!!」

「えっ!」



「何分だった?」

と、弟役をしていた男が訊いた。

「1分20秒…」

「後10秒か…意外と1分半って長いよな」

「先輩からもらったチャンスなんだ。きっちり1分半でネタをやりたい…」

「分かってるよ。俺だって同じ気持ちだよ。後10秒、どう伸ばす?」

「ん…最後のオチの【えっ!】のタイミングが早い気がするんだよ。もう少し間を置いてからの【えっ!】でやってみてくれ」

「分かった」

誰もいない深夜の公園で男たちは、先輩が開催する回転お笑い屋というステージに出る為にストップウォッチを片手にネタの練習をしていた。

冷えて澄みきった空気に乗せて、男たちの声が響き渡る。

大きな公園で、近くに住宅もない為、男たちはいつも公園でネタの練習をしていた。

「ストップ!1分28秒…」

「おしい!あと2秒か!」

と、弟役の男が悔しそうに叫んだ。

「2秒なら、お前の【僕も殺されるの?】って部分も、間を作るか?」

「あー【お前も殺されるぞ】って言われて、考える間って事か。いいんじゃない」

「じゃ次は、それでやってみよう!」

「分かったけど、5分だけでも休憩しない?もう1時間以上、ぶっ続けでやってるから、喉も乾いたし、一服したいよ」

「そうだな、少し休憩するか」

と、兄役の男が言い終わる前に、弟役の男は、東屋に向かって駆け出した。

そして鞄から煙草を取り出し火を付けた。

「ふーぁ、うめー、体中に染み渡るわー」

「大袈裟だな」

「大袈裟でもなんでもないよ。頭の先から足の先までビリビリビリとニコチンが流れてくる感じ、分からないかなー」

「分からねーよ」と、言って、兄役の男が笑った。

「それにしても、お前、お化けとか心霊が苦手なのに、よく黒いサンタの都市伝説なんって考えついたな」

「黒いサンタは俺の学校で、本当にあった都都市伝説なんだよ」

「そうなの?俺の所は、そんな都市伝説なかったし、訊いたこともなかったよ」

「それは…たぶん俺んとこの地域だけで広まった都市伝説だからだよ」

「どういうこと?」

「もう20年以上前の事なんだけど、俺の地域で、全身黒ずくめの男が子供を誘拐しては、バラバラにして遺棄する事件が立て続けに起きたんだよ。犯人は捕まらず未解決なんだけど、その事件が起きた時期が12月でさ、遅くまで子供たちを遊ばせないように、大人たちが黒いサンタの都市伝説を作って広めたんじゃないかと思ってるんだよ」

「なるほどね。じゃ手足を千切って持っていくって部分は、お前が考えたの?」

兄役の男は、頭を横に振った。

「バラバラで見つかったって言ったけど、何故か、手足だけが見つかってないんだよ…」

「マジで……じゃじゃ赤いサンタが助けてくれるって話は創作?」

兄役の男は頷いた。

「実は、俺の弟も誘拐されてバラバラに…」

「えっ!!うそだろう!?」

兄役の男は、ニヤリと笑った。

「嘘だよ」

「だよな!びびったー!お前、たしか一人っ子だったよな」

「そうだよ」と、答えて、大笑いした。

「お前、そういう冗談はやめろよ」

「悪い悪い。じゃ、そろそろ練習の続き、始めるか?」

「だな」と、言って、備え付けの灰皿に吸い殻を捨てた。

二人はいつも誰もいないベンチの前に立ってネタの練習をしていた。それはお客が居ると想定する為だった。

だが、二人が向かう途中で、弟役の男が「ちょっと待って…」と、兄役の男の腕を掴んだ。

「ベンチに誰か座ってない?」

「は?誰もいないけど……お前、やめろよ。さっきのお返しで、俺を怖がらせそうとして言ってるんだろ?」

「いや、違うって。ボヤけてるけど全身真っ黒い人が座っているんだって」

兄役の男は、10メートル先にあるベンチを、目を凝らして見ている。

「ほんとに、やめろって。誰もいないから!」と、兄役の男が怒ると、何処からともなくシャンシャンと鈴の音が聴こえた。

二人はその場で固まる。

「今の…聴こえた…?」

と、弟役の男が言った。兄役の男は、ゆっくりと返事をしながら、辺りを見回す。

「誰も…いないよな…今のって、鈴の音だったよな…」と、兄役の男の表情が強張る。

「あっ!」

「な…なんだよ!急に大きな声出すなよ!」

「いや、さっきまで居た人が居なくなってたから……」

兄役の男は、弟役の男の腕を取って、強引にベンチまで引っ張った。

「ほら、始めから誰もいないんだよ。変なこと言わずに練習するぞ。分かったか」

「…あぁ…分かった」

「じゃ、いくぞ。よーいスタート!」

と、同時に、ストップウォッチを押した。

そして「お兄ちゃん、今日ね友達から訊いたんだけど、黒いサンタって知ってる?」と、ネタを始めた。

そして兄役の男が「この世にサンタは、いねよ!!」と言うと、弟役の男は驚いく表情をした。その時、弟役の男の耳元で「いるよ」と、憎しみのこもった声が聴こえた。

「えっ!」

「ストップ!おお1分30秒!やったー!お前、最後の驚きの【えっ!】めちゃ良かったよ!やるじゃん」

と、手放しで喜んでいる隣で、弟役の男は、真っ青な顔で「もう…帰ろう…」と言って、逃げるように走り去った。

「えっ…」

兄役の男は、訳も分からず立ちすくんだまま、走り去る姿を呆然と見送った。

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