第9話 盗賊討伐。装備回収。そして少女との出会い

 テオドールは悪党を殺して痛む心など持ち合わせていない。

 特にこの盗賊団は強盗殺人を繰り返しているらしい。慈悲をかける必要性は皆無だ。

 それでも憂鬱だった。

 手応えがなさ過ぎて、途中で飽きてきたのだ。


「てめぇ、この野郎! 一人で正面から殴り込んでくるとはいい度胸だ! 俺たちが誰だか知ってやが――」


 防御障壁で覆った木の棒は、鋼鉄よりも硬くなっている。それをテオドールの膂力で振り下ろせば、人間を左右に斬り裂くなど容易いことだ。


「よくもアニキを! アニキは仲間思いのいい人なのに……飽きた女をいつも俺にお下がりしてくれた……女をシャブ漬けにして風俗に沈める方法を手取り足取り教えてくれた……そんなアニキをよくも!」


 今度は横一文字に振って、上下に分けてみた。

 血の噴き出し方まで計算して斬っているので、テオドールは血しぶき一つ浴びない。


「あいつ、木の棒で人間を真っ二つにしやがるぞ……!」


「そんなことできるわけがねぇ! あれは普通の木の棒じゃない……木の棒に見せかけた伝説の剣に違いない。高く売れる。ボウガンで蜂の巣にしてやれ!」


 離れた場所から攻撃すれば、なんとかなると思ったらしい。

 洞窟の奥にいた五人の盗賊は、一斉に矢を放ってきた。

 テオドールは木の棒を振って、風を起こす。

 それによりボウガンの矢は百八十度回転し、射手へと帰っていく。

 四人の頭部を貫いた。しかし残る一人は狙いが外れ、頬に当たった。


「ちっ……まだ全盛期には及ばないか。やはり慢心は身を滅ぼす。ハルシオラ大陸に行く前に、調子を取り戻しておこう」


「化物だぁぁ!」


 生き残った盗賊は、奥に逃げていく。

 その叫びを聞いて新たな盗賊が仲間を助けに現われる。そいつらはテオドールの一振りで数を減らし、生き残った奴が叫びながら奥に逃げていく。

 単調すぎる作業だ。これでは調子を戻すための練習にもならない。

 とはいえ仕事だ。ちゃんと皆殺しにしないと。


「……隠し倉庫を作ったのは、この辺りだったな」


 テオドールはふと立ち止まり、洞窟の壁に触れた。

 間違いなく、前世の自分が刻んだ魔法を感じる。この奥に倉庫があるのだ。

 土魔法で洞窟を塞ぎ、盗賊たちが逃げられないようにした。それから倉庫を開ける作業に取りかかる。


「幻惑、解除」


 岩壁だった場所に、鉄の扉が現われた。しかしドアノブも鍵穴もない。

 開けるには、決められた波長の魔力を正しい手順で流す必要がある。

 開け方を間違えればトラップが発動し、呪いが吹き出し、大抵の者は即死する。


 テオドールは魔力を流す。すると扉に亀裂が走り、音を立てて崩れた。

 魔法の明かりを出して、奥を確認する。


「あった。懐かしい。これがあれば、少しは剣技の勘を取り戻せるか?」


 地面に突き刺さっているのは、両手持ちの剣。

 父親の形見とはまた別物。弟子のヘルヴィが何本か作ってくれた魔法剣の一本だ。

 世界のどこに転生しても大丈夫なように、武器の隠し場所を分散させた。ここはそのうちの一カ所にすぎない。

 大切な父の形見は、目的地であるハルシオラ大陸に残してきた。


「それと……」


 壁に黒いコートがかけてある。ベヒモスの革で作ったコートだ。ベヒモスはもともと物理衝撃にも魔法にも高い耐性を持っている。それをヘルヴィが更に強化してくれた。ハルシオラ大陸でも通用する防具だ。この辺りなら無敵と断言していいだろう。


 剣とコートを装備したテオドールは、洞窟を塞いでいた土魔法を解除し、また奥へ進む。


 受付嬢の説明では、この盗賊団は三十人いるらしい。二十人殺した。洞窟の奥に十人待ち構えていた。

 計算が合う。

 こいつらを葬れば今日の仕事は終わりだ。


「ボス、あいつです! あのガキが仲間を次々と――」


 そう叫んだ盗賊に木の棒を投げつける。と、棒は頭部を貫通して岩壁に突き刺さった。


「拷問のジョー! な、なんてこった……ジョーが死んじまった……拷問して金庫の番号を聞き出すのが上手な奴だった……剥がした爪を綺麗に磨いて瓶に入れてコレクションする律儀な奴だった……てめぇ、どうしてジョーを殺した!」


 その男は本当に悲しそうに叫んだ。

 手配所の似顔絵と同じ顔。どうやらこいつがボスで間違いないらしい。


「お前たちには賞金がかけられている。冒険者ギルドに紹介されたんだ」


「つまり金目当てか!」


「いや。生活のために金も欲しいが、一番の目的はギルドの評価を稼ぐことだ」


「評価だと……他人の評価を気にして生きて、なにが楽しい! 金が目的ならともかく……そんな理由で俺の仲間を大勢殺しやがって……許せねぇ!」


「まあ、そう言わずに死んでくれ。俺の評価に繋がるし、お前らはこれ以上罪を重ねずに済む。お互い、得しかないぞ」


「うるせぇ。お前はミスをした。俺の部下を殺せたのは、伝説の木の棒のおかげだ。それを投げた! お前にはもう武器が……って、なんだ、その凄そうな剣は!」


「凄そうなだけじゃない。実際に凄いぞ。今からお前らの体で実演してやる」


「……けっ! 凄い剣なら俺も持ってらぁ! 見ろ。この国一番の鍛冶職人と言われた男が作った剣だ! 妻と子供を人質にして打たせたんだ。鍛冶職人と妻と子供で試し斬りしたが、まるで溶けかけのチーズみたいに真っ二つだったぜ。お前も俺の部下を大勢真っ二つにしたみたいだな……お返しだ!」


 ボスが向かってくる。

 テオドールは一閃し、剣とボスの首を同時に斬った。

 それから一秒もしないうちに、残る盗賊も皆殺しにする。

 哀れな鍛冶職人が打った剣に手を合わせて黙祷を捧げてから、ボスの首を持ち上げる。


 あとはギルドに報告し、宿を探して寝るだけだ――。

 そう思っていたのに、洞窟の出口に人影があった。

 盗賊がもう一人いたのか。

 テオドールは身構える。

 ボスなどとは比べものにならない、強者の気配がした。


「あれ……賞金目当てに来たのに。先を越されちゃったみたい」


 小柄なシルエットだった。

 そいつは被っていたフードを取る。

 腰まである銀色の髪が風になびいた。アイスブルーの瞳がこちらを見つめてくる。

 似ている。否。そのものだ。

 記憶にある姿よりもずっと幼いが、他人とは到底思えない。


「師、匠」


 テオドールはかすれる声を絞り出した。

 理解が追いつかない。

 だが自分でさえこうして転生しているのだ。ならばアンリエッタに同じことができても不思議ではない。とはいえ自分は準備に準備を重ね、ヘルヴィの助けを借りて、ようやく転生魔法を成功させた。アンリエッタといえど、いきなり死んでどうにかできるものだろうか。しかし師匠ならば――。

 色々な思いが渦巻き、固まってしまう。


 ところが目の前の少女は、なんら動揺を見せず、真顔で小首を傾げるだけだった。


「師匠じゃないけど。初対面だけど? えっと……新手のナンパ?」


 抑揚のない、舌っ足らずな声。

 ほがらかだったアンリエッタとは確かに違う。

 声色も。表情も。

 容姿はアンリエッタそのものなのに、まとう気配が別人だ。

 ならば。この少女は誰だ。

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