#13 人の運命(4)
ここには、不安のない無限のおもしろさがある。
だから、最後に残った唯一の疑問は、
「天国にあるものを計測して
その大きさと幅と高さを知るには
永遠では物足りない
そこには常に新しい喜びがある」[10]
おそらく、キケロの辞世の言葉は決して大げさではない。
「ああ、栄光の日よ! この騒がしく汚れた光景から離れて、スピリットが集まる神聖な国へ旅立つときが来た。偉大な先人たちだけではない、私の最愛にして最高の息子カトーのもとに行くのだ。息子の体は私が火葬したが、私の体はカトーに火葬されるべきだった。しかし、息子の魂は私を見捨てたのではない、しばしば振り返って、この父の運命を見抜いて先に旅立ったのだ。私にとって息子の死は苦痛だったが辛抱強く耐えてきた。無関心で耐えていたのではなく、私たちの間にある隔たりと距離が長く続かないと思って、ずっと自分を慰めていたのだ。スキピオよ、(君はラエリウスとともに、このことを不思議に思うと言っていたが)これが理由なのだよ。老いは私にとって許容範囲で、不快でないばかりか、むしろ愉快でさえある。『魂は不滅』だと信じることが間違いだとしても、私は喜んで自分を欺く。私が楽しんでいるこの間違いを、私が生きている限り、私から奪おうとは思わない。もし、心の狭い哲学者が想像するように死後に意識が残らないとしても、私の妄想を嘲笑されることを恐れない」
(※)キケロの死:カエサルの後継者になろうとしたアントニウスが放った刺客に粛清された。キケロはレトリック(弁論術)に優れていて、その文体はラテン語(散文)の模範とされる。
(※)スキピオとラエリウス:キケロの友人。
また、プラトンが師の最期について著した『ソクラテスの弁明』から、アテナイ人の前で演説した印象的な一節を省くことはできない。
「死とは、完全に意識不明となり無になるか、または人が言うように、この世からあの世へ魂の変化と移動があるかだ。もし、意識がなくなり夢も見ない睡眠のようなものだとしたら、死は言いようのない利得となるだろう。というのも、『熟睡した一夜』と人生の他の日々を比べて、熟睡した一夜よりも楽しい日がいくつあったかを選ぶとしたら、どんな人でも、私人でも大王でも、そんな日はあまり見つからないと思うからだ。さて、死がこのような状態だとしたら、私は死ぬことは利得だと思う。なぜなら、死がもたらす永遠の眠りは、熟睡した一夜と同じだからである。しかし、死が別の場所への旅であり、すべての死者がそこにいるとしたら——、私の友人と裁判官よ、これ以上の幸福があるだろうか?」
「旅人があの世に到着したとき、この世の正義の信奉者から解放され、あの世で裁きを下す真の裁判官たち、すなわちミノス、ラダマンタス、アイアコス、トリプトレモス、それぞれの人生で正義を貫いた神の子たちに会えるなら、死の旅路には価値がある。オルフェウスやムサイオス、ヘシオドス、ホメロスと会話できるなら、人は何を差し出すだろうか? もしこれ(死後の世界)が本当なら、私は何度でも死のう。私自身も、パラメデスやテラモンの子アイアスなど不当な判決で死んだ『いにしえの英雄たち』と会い、語り合うことに大きな関心を持つだろうし、自分の苦しみと彼らの苦しみを比較することも、少なくない楽しみがある。そして何より、知識の探求を続けることができる。この世でもあの世でもやることは同じだ。誰が真の賢者で、誰が見せかけの賢者かを突き止めるだろう」
(※)ミノス、ラダマンテュス、アイアコス:ギリシャ神話に登場する冥界の審判者。,神々に愛された人が死後に住む楽園「エリュシオン」の長。
(※)トリプトレモス:ギリシャ神話に登場するエレウーシス人の王子。 豊穣の女神デメテルから有翼の蛇の戦車を授かり、各地に農耕の術を伝える。
「裁判官たちよ、トロイア遠征の指導者やオデュッセウスやシジフォス、その他無数の人々、男も女も調べることができるとしたら、人は何を差し出すだろうか! 彼らと会話して質問することは、どんなに無限の喜びがあるだろう。あの世では質問しただけで人を死刑にすることはない。あの世は現世よりも幸福で、その上、もしこの話(死後の世界)が本当なら、彼らは不死身なのだから」
「だから裁判官たちよ、死について前向きであれ。善良な人間には、生前も死後も、どんな災いも起こらないと信じるんだ。私もあなたも神々に見放されたわけではないし、私の死期が近づいたのも単なる偶然に過ぎない。それに私は、死んで解放される方が自分にとって良いことだとはっきり分かっている。だから、神託は何も示さなかった。だから、私は告発者も有罪宣告した者にも腹を立てていない。彼らは私に害を与えなかったが、私に良いことをするつもりもなかった。この件で、私は彼らを穏やかに責めることができる。さあ、旅立ちの時が来た。私は死に、あなたたちは生き、それぞれの道を歩む。どちらが良いかは、神のみぞ知る」
(※)ソクラテスの弁明:古代ギリシャの首都アテナイで、異分子を糾弾・排除する動きがあり、ソクラテスは「国家の信じない神々を導入し、青少年を堕落させた」罪で告発・処刑された。のちに、弟子のプラトンらが民衆裁判から処刑までのいきさつとソクラテスの言動をまとめた。
(※)なお、ソクラテスは幼少期から「ダイモニオン」という超自然的な神霊の声(幻聴)を受け取り、人生の指針としていた。
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