第1話 中の中のそのまた中

 季節外れの雪が降った。現在は五月中旬で、夏への入り口に差し掛かったところである。テレビでもネットでも異常気象だ何だと大いに話題となっている。


 地域柄、四月まで雪が降り積もることは稀にあるが、五月中旬に降り、ましてや溶けることなく積もることなど例のないことだろう。


 学力テストの自己採点を終えた野仲恭平のなかきょうへいは、眠い目をこすりながら窓の外の街を眺めていた。学年が上がり2階の教室の窓際の席になってから早1ヶ月半。見慣れてきた雪解けの景色もすっかり時間が巻き戻ったような銀世界だ。


「野仲! 自己採点、何点だった!?」


 野仲がうつらうつら外を眺めている間に休み時間になっていたようで、後ろから急に声をかけられた。野仲が外の景色から視線を外し振り向くと、複数人のクラスメイトや他クラスの男女がひしめくように押し寄せており、声はそのうちの誰かからの問いだったようだ。


 野仲はまたかと眉間にしわを寄せてこめかみをかき、名前も知らない生徒の問いに返答する。


「多少前後はすると思うけど、3教科で176点だったよ。教科別の点数は——」


 野仲が教科ごとの自己採点の結果を言う度に、それを聞く生徒たちから様々な反応が放たれる。ある者は「小遣いがぁー!」と頭を抱えて崩れ落ち、ある者は「よっしゃゲームゲット!」とガッツポーズをし、またある者は「携帯取り上げられちゃうよぉ」と涙ぐむ。まさに阿鼻叫喚といった様相だ。


 野仲の自己採点結果をひと通り聞いた一同は散り散りに自分の席、教室へ帰って行き、その先々で野仲の点数と共に阿鼻叫喚が伝播していく。


 慣れはしたし遅かれ早かれ同学年の全生徒に知られることではあると理解しながらも、テストの点を自分の口で発表するのは何回してもいい気しないなぁ、と遠い目をしながら野仲は椅子に浅く座り深いため息をついた。


「よっ、有名人」


 また後ろから声をかけられたが、野仲には今度は誰かすぐにわかった。振り向きながら友人である蓮乃要はすのかなめに苦笑いを浮かべて問いかける。


「そっちも見慣れたものでしょ。で、蓮乃は僕の点数聞かないの?」

 

「おいおいキョウ、俺が平均点を知る必要、あると思うか?」


「全く思わないね」


 蓮乃は野仲を『キョウ』とあだ名で呼びながら悪戯な笑みを浮かべた。交友関係は決して狭くない野仲ではあるが、あだ名で呼ぶ友人は多くない。蓮乃は野仲にとって、かつては悪友であり、今となっては無二の親友と呼べる存在だ。


「だろ? んまぁ、毎度毎度お前も大変だよな、あっちこっちから点数聞かれてよ。そういやなんか、学校の七不思議の一つにランクインしそうとかなんとか聞いたぞ、妖怪ミスター平均点って」


 茶化すようににやける蓮乃に、「ネーミングが酷すぎる」と野仲は吹き出して腹を抱えた。



『平均点が知りたかったら野仲に聞けばいいよ、野仲恭平』


 そんな噂が広がり出したのは、野仲の知る限り小学校からだろう。色々なことを横並びで評価されるようになった、野仲にとっての転換期。


 人の能力値を表現する際に、彼の成績は中の下だ、彼女の見た目は上の下だ、いやいや中の上くらいだろう、などというものさしが様々な場面で使われるが、野仲はそのものさしで言うところの『中の中のそのまた中』と言えるだろう。


 学力テスト、体力テスト、身長、体重などなど様々な能力・特徴で、その時々の年齢・学年ごとの平均値を記録する。学校内の平均値であったり、全国平均であったり場面によってまちまちではあるが、おおよそ全てにおいて平均値となる。


 ——本人の努力など度外視して。


 そうしていつからか、テストの平均点が知りたかったら野仲恭平へ、という噂が広まり、テスト後には成績を楯に親と損得契約を結ばされた生徒たちに囲まれるようになった。


 ひとしきり笑った野仲は目尻の涙を拭いながら、「いい迷惑だしみんなやめてくれないかなぁ。毎回テストの点数広められる僕の身にもなってほしいよ」とぼやいた。


「ちなみに俺は今回60点だったぜ、3教科300点満点のうちな。補習だ補習」


 カッカッカ、と蓮乃が腕を組んで笑う。野仲もつられて笑いながら、「蓮乃は少し勉強しろ」と蓮乃の背中を叩いた。


 季節外れの雪が降る街で、野仲恭平は日常を過ごしていた。

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