その10 生物濃縮

 東京都千代田区にある私立ケインズ女子高校は本来の意味でリベラルな学校で、在学生には寛容の精神と資本主義思想が教え込まれている。



 ゴールデンウィーク中のある日、私たち硬式テニス部の4人は東京湾の砂浜へと潮干狩りツアーに来ていた。


「東京湾で貝なんて採れるのでしょうかと思っていましたが、これほどざくざく採れるとは驚きですね。後で砂抜きをするのが楽しみです」

「この長い貝はマテ貝かしら? 見た目からして美味しそう……」


 潮干狩りツアーといっても実際には料金を払って旅行会社のバスに乗り、現地で降ろされた後は終了時間まで各自自由に潮干狩りをするという形式なので私、灰田はいだ菜々ななをはじめとする4人はせっせとシャベルで砂浜を掘っていた。


 私は肉アレルギー体質のため表向きは菜食主義者ということにしているものの、海産物は割と食べられるので後で出羽でわののか先輩の自宅で調理するために頑張って貝を採っていた。


「これもしかしてハマグリかな? ののか先輩、帰ったら美味しいバター醤油焼き作りますね!」

「え、ええ……それは美味しそうね……」

「出羽先輩、何かご心配なことでもおありですか?」


 ののか先輩は砂浜に着いてから現在まで潮干狩りに対してどこか腰が引けており、不思議に思ったらしい三島みしま右子ゆうこちゃんはその理由を尋ねていた。


「生物濃縮っていう自然現象があるんだけど、工場とかから排出された海の中の有害物質はプランクトンを通じて動物の体内に取り込まれて、特に貝の中には濃縮されやすいって少し前に知ったの。こんなに沢山の貝を食べたら、ひょっとして人体に有害なんじゃないかって思って……」

「あー、何か聞いたことあります。特にここ東京湾ですもんね……」

「はっはっは、君たちそれは杞憂というものだよ。私は何年もこの潮干狩りツアーに参加しているけど、それで健康を害したことは全くないからね」


 ののか先輩の話した内容に私も少し不安になっていると、先ほどから近くで折りたたみ椅子に座って採った貝をガスコンロの鍋で煮ているおじさんが話しかけてきた。


「というのもこの砂浜では自治体が事前に貝をいていて、ツアーの料金には自治体に支払う費用も含まれているんだよ。天然の貝はそれほど多くないから、生物濃縮には大して心配しなくていいという訳だよ」

「へえー、そうだったんですね。それなら私も安心できたので、今から頑張って貝を採りますね!」


 おじさんの言葉に安心したののか先輩はそれからは全力で貝を採り始め、皆で頑張った結果終了時間の数十分前には持ってきた4個のバケツが一杯になった。



「先ほどはありがとうございました。貝がちょっと採れすぎちゃったので、少し貰って頂けませんか?」


 ののか先輩がお礼を兼ねて先ほどのおじさんに貝を持っていくと、なぜか椅子に座って気絶していたおじさんはふらつきながら立ち上がった。


「ハア、ハア……お姉ちゃん、おじさんと生物濃縮しようや……」

「ギャー変態ーー!!」


 貝毒で正気を失っていたらしいおじさんはののか先輩に抱きつこうとした瞬間に右ストレートで顔面を潰され、私は今日採れた貝は一気に食べないようにしようと心に決めた。



 (続く)

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