第12話 ついに、ひっくり返す時が来た!
母親が、目の前の箱内に見えるちらし寿司を不思議そうに見つめる。
息子の修氏は淡々としている。
彼の弟の遺影は、寿司飯を前に笑顔でほほ笑んでいる。
「ほな、お母様、あ、石村先生も、まずはこのふたを、いったん閉じてください」
言われるままに、石村母子は先ほど開けたばかりのふたを閉めた。
少し間をおいて、堀田教授がおもむろに、少し勿体つけて述べる。
「それではお二人とも、どうぞ、この寿司の箱、ひっくり返してくださいな」
母に先立ち、息子のほうが箱をひっくり返した。
間髪を入れず、堀田氏が一言。
「シュウ先生、まだ、ふた開けたらあかんで!」
「ええ、大丈夫です。堀田さん、ほな、ボチボチ続けてくださいよ」
堀田教授は石村教授と間を取り合うことで、この演出を盛り上げている。
「ではお母様、どうぞご遠慮なく、この箱、ひっくり返してみてくださいませ」
幾分の間を置いた後、少しニヤリとしながら、堀田教授がすすめる。
「はぁ。しかし、どこの世界に弁当のふたを閉じてヒックリ返せ、なんて言う人が、おらはりますのや?」
やわらかい京都弁で要領を得ない返答をしつつも、老母はその箱を逆さにした。
その瞬間、もう一人の息子の遺影が、さらにニッコリと表情を変えたかのように見えた。
「ほな、お母さま、そのふた、取ってみていただけますか?」
少し間をおいて、覚悟を決めた石村教授の母は、その蓋を、開いた。
そこにはシイタケ、レンコンなどのちらし寿司につきものの野菜のほか、タケノコや枝豆、ママカリの酢漬けや鰆(さわら)の炙りといった岡山名物の魚、さらには焼穴子まで添えられている。四隅の端の一角には紅ショウガが鮮烈な赤色を添え、その対角線上には茶色の貝の干物も添えられている。そしてそれら具材の下には、裏にもあった金糸が、米粒一つ見せまいと、しっかり敷き詰められている。
先程まで表側だった金糸パラパラの酢飯は、この寿司弁当の裏側だったのである。
「盆と正月が何年分もやってきたような、素晴らしく豪勢なお寿司ですなぁ!」
老母は、腰を抜かさんばかりにびっくりしている。
隣の息子も、先程の酢飯とのあまりのギャップに、驚きを隠せないようである。
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