第6話 鉄槌

翌日。

いよいよ烈と二人で、麻美たちの無念を晴らすときがきた。

朝から気負って、圭吾さんや朋花、日向にバレないように努めて普通にふるまった。

これがなかなか苦労する。

そんな私の苦労をよそに、烈は休みだった。

どうしたんだろう?

大丈夫かな?


烈とは新宿の歌舞伎町で待ち合わせした。

学校を早退した私は急いで着替えて歌舞伎町へ行った。

「ねえ、お姉さん!良かったらウチの店で飲んでいかない?」

「はあ?……って、烈!?」

どっから見てもチャラいホストにしか見えない。

「いかにも俺だよ」

「どうしたの?その格好?」

「ああ、昨日から体験入店で働いてるんだ。これから乗り込むホストクラブでな」

「ええ!?なんでよ!?」

「おかげでいろいろわかったぜ。奴等のやり口が」

なるほど。

敵を探るためにもぐりこんだわけね!

「烈ってこんなホストファッションもするの?よくこんな服持ってたね」

「ああ?これか?借りてきたんだよ」

「誰に?」

ホストの友達でもいるのかな?

「この辺はホスト多いだろ?サイズが合いそうな奴がいたから借りたんだ」

「え?知らない人が貸すわけないじゃん!なにしたのよ!?」

「気にすんなよ。大したことじゃねえ」

この言い分から、絶対に無理矢理剥ぎ取ってきたんだと理解した。

「それよりこいつを見な」

烈が折り畳んだA4の紙を出した。

「なにこれ?」

「俺が調べた奴等の悪事のからくりが書いてある」

……

……

グシャッ…

「酷すぎるよ…なにこれ!!」

怒りで紙を握り潰してしまった。

「奴等の正体は人身売買稼業だ。クスリの密売はカモを集める手段にすぎない」

「その悪事を防犯課の村沢が握りつぶしてるわけね」

「ああ。奴等は一週間から十日、拉致した女を地下倉庫に監禁して、人数が集まったら港に運んでる」

「どこに……?」

「離島にある売春宿さ。全ての情報はあの店にあるUSBに保管されてる」

「あいつらをやったあとに他の子も助けないと」

「ついでにこれが美波って子が入れ揚げてたホストな。一応№1のタクヤって奴だ」

烈が歩きながらスマホの画面を見せると、急に足を止めた。

「どうしたの?」

「これからおまえは人殺しの場に居合わせることになる。本当にいいんだな?」

「いいに決まってるよ」

「今なら全てを俺に任せて、帰ることも出来る」

烈の気遣いに首を振った。

「私は全てを見て、麻美に伝える義務があるから」

「わかった。じゃあ、これから唯愛がすることを教える。言う通りにしろよ」

「わかった」

烈からこの後、私がやるべき役割をレクチャーされた。


烈の話によると、私は奴等の悪事を細かく知っている人物だとか。

その私が人を使って、今日の開店前に店で話したいと店長に要求してきた。

向こうはこちらの要望を呑んで会うことになった。

私の要求は麻美の治療費をあいつらに出させること。


店に近づくにつれ、私の鼓動がどんどん高鳴る。

対照的に烈は、近所のコンビニへ買い物に行くような風に見えた。

「着いたぞ」

初めて来る店は、ホテル街の奥の路地にあった。

店は地下にあり、地下へ続く階段が暗く続いている。

まるでポッカリと開いた化け物の口に思えた。


「ちわ~♪」

烈があまりにも軽い調子で扉を開けたので驚いた。

「さあさあ、どうぞ」

ニコニコしながら私の肩に手を添えて店内へ引き入れる。

「なにやってんの?おまえ」

店内の一番奥にあるソファーにふんぞり返ったスキンヘッドの男が、こちらを睨みながら言った。

その横に座ってる背広姿の目つきの鋭い男が、たぶん刑事の村沢だろう。

スキンヘッドの左右には三人づつ、計六人のホストが立っている。

その中にはさっき見たタクヤもいた。

「あっ!店長!やりましたよ!そのへん歩いていた子に声かけたら、店に来てくれました!」

「あんたらに用があるっていうのは私。この人、なんか勘違いしてるみたいだから説明しなよ」

私が言うと店長と村沢が顔を見合わせた。

「あれ?お知り合い?」

烈が私と店長たちを交互に見る。

ホストがスキンヘッドの店長に耳打ちする。

店長は一瞬「は?」って顔をしかめたが、すぐに笑を見せた。

「おまえ、昨日から入った新人のヒカルだよな」

烈はこの店ではヒカルなのか。

チラ見してしまう。

「はい」

「なかなか頑張ってるな!見所あるぞ!」

「ありがとうございます!」

「ただな~その人はもともと俺に用があって来たんだよ」

「えっ!そうなんですか!?」

マンガみたいなポーズで驚く烈。

相手をバカにしてるようにしか見えない……

「で、言い忘れたけど今日は幹部ミーティングで店は休みなんだよ」

「あちゃ~それじゃあ帰りますね~」

烈はそのまま帰ろうと背を向けてから立ち止まった。

「ん?どうした?」

店長が問うとゆっくり振り向く。

「おまえらの悪事を全部知ってるのは俺だ。この女と一緒にそれを伝えにきた」

「はあ?」

「じゃあてめえらグルか!?」

店長とタクヤが顔を歪める。

「おまえたちが美波を殺して、麻美を嬲りものにしたことはわかってんだ!!地下に監禁してる女の子を売ってるのもね!!」

「みなみ?だれだ?」

「この前、港から逃げようとして抵抗したから、殺して海に捨てたガキですよ」

タクヤが店長に言うと店長は手をポンと叩いた。

「ああ!あれね!殺る前にマワシたけど良かったよな!!」

「てめえ!!」

私が叫ぶと店長たちは笑った。

「あの麻美ってガキはいろいろ嗅ぎ回っててな、地下の監禁に気が付きやがった」

店長に続いて村沢がタバコを咥えながら話し出す。

「こいつらに頼まれて俺が人芝居打って誘い出したのよ」

「なんか生きてたみたいだが、今日か明日には死ぬだろうなー!あの傷じゃあなあー!!」

タクヤが腹をかかえて笑いながら言う。

「麻美はまだ生きてるよ」

私が言うと全員笑った。

「生きてようがあれだけ痛い目に合わせれば怖くて俺らのことなんか言えねーよ!」

「ヒャハハハハ!」

こいつらが、これからどんな目に会おうと、酷い殺され方をしようと、私の心は微塵も痛まないだろう。

「で?俺たちを集めてなにを話したいんだあ?どうせ金だろう?強請ってやろうって算段なんだろう?」

「返り討ちだけどなあ~バーカ」

タクヤが舌を出して小馬鹿にするとソファーの下から釘バットを取り出した。

他のホストも懐から警棒やナイフを取り出す。

「残念だったな。金にならなくて」

村沢が笑うと、返すように烈が笑い出した。

「あん?なに?恐くて頭がおかしくなった?」

店長が首を傾げる。

「金だけで済むわけねーだろう。おまえたちには死んでもらう」

烈が言うとタクヤと村沢、店長が爆笑した。

「ヒャハハハハッ!!なに言ってんだよガキ!!」

「ガキ二人で俺たちを殺す?」

「あんま笑わせんなよ!腹いてえー!!」

醜悪な顔で笑うこいつらを見ていて震える麻美の姿が頭に浮かんだ。

「殺してみろ!オラァーー!!」

タクヤが釘バットを振り上げて烈に殴りかかる。

烈は腰の後ろに交差して差した鉈のようなナイフを左右同時に抜いた。

閃光が煌めきタクヤの振り下ろした釘バットを豆腐のように切断した。

「うそお!?」

目を丸くして間抜けな声を上げるタクヤの心臓にもう一本のナイフが根元まで突き刺さる。

「か…かはっ……」

「うあああああーーっ!!」

「てめえーー!!」

村沢が懐から拳銃を抜くよりも早く、烈の投げたナイフが村沢の眉間に突き刺さった。

そのまま床に崩れ落ちる村沢。

瞬きをするような間に二人を仕留めた。

「ガキイィィーー!!」

四方から残りのホストが襲いかかる。

烈はタクヤからナイフを引き抜くと、襲いかかるホスト達の間をナイフを振りながらすり抜けざまに全員の首を斬った。

血を噴きながら倒れる五人のホスト。

「ひ、ひいいいいーーっ!!」

目の前で仲間七人をあっという間に殺された店長は失禁しながらへたりこんだ。

村沢からナイフを抜き、ゆっくりと烈が店長の前へ行く。

「うあああー!す、すいませんでしたー!!」

急に土下座する店長。

「みんな、この刑事とタクヤにそそのかされたんですー!協力しないと殺すって脅されてたんですーー!!」

「嘘つけ!!さっきまで楽しそうに悪事自慢してただろう!!」

私が怒鳴ると店長は顔を上げて弁解する。

「演技です!演技!おちゃめしただけなんですー!!」

烈がいきなり店長の顔面を蹴飛ばした。

「げぶあっ!!」

言葉にならない悲鳴を出して床に転がる店長。

「おい。ハゲ野郎」

「ハゲ?わ、私?これねえ、剃ってるだけなんです。ハゲじゃないんです…ぶげぇ!!」

烈が店長の顔を踏みつけた。

「どっちでもいーんだよハゲ」

「は…はひ……」

店長の顔は前歯が今の蹴りでボロボロ、口からは血がダラダラの悲惨な状態に。

「この下の倉庫に女を監禁してるだろう?鍵を出して床に置け」

「はひ…」

「ゆっくりだ」

烈に言われるまま、店長は鍵を床に置いた。

「おい」

烈が私に鍵を取るように促す。

私は床に置かれた鍵を拾うと握りしめた。

「それから治療費な。事務所の金庫にいろんなヤバイ売り上げを隠してるだろう。出せ」

「わ、わかりました!出します!出させてもらいます!」

店長が床に置いた金庫の鍵を私が拾う。

やっぱり金もきっちり取るのね。

「た、助けてください!!どうか殺さないで!!」

「助かりたいか?」

「は、はい!!」

「いいよ。これから"助けてください"って命乞いしたら殺さないでやるよ」

「えっ!ほ、ほんとう!?た、たすーー」

店長が命乞いを口にしかけた瞬間、烈の左右のナイフが鋭く走った。

店長の目と喉が切り裂かれる。

「ーーーーッ!!!」

血をまき散らしながら店長が床に転がる。

烈は麻美と同じ目に店長をあわせた。

「どうしたハゲ野郎、命乞いしないのか?」

烈の問いかけに店長は口をぱくぱくさせて手をバタつかせる。

喉を切られて声が出ないから必死に訴える。

「聞こえないな。なにが言いたいんだ?」

「~~!!」

もがく店長。

「早く命乞いしないと出血多量で死ぬぞ。おまえら素人が適当に切った麻美の傷と比べて、俺のは致命傷だからな」

「~!~!!」

だんだんと店長の手の動きが鈍くなってくる。

その様を見ていた烈は私の方を向いた。

「これでいいか?」

私はもはや死体となったタクヤと村沢を見る。

そして目と喉を切り裂かれ、血塗れになりながらもがく店長を見た。

やったよ……

麻美!

美波を殺して、あんたを嬲りものにした奴等をやっつけたよ!

烈を見てうなずく。

空を掴むようにもがいていた店長の手がパタンと床に落ちた。

ピクリとも動かず、真っ赤な血溜まりが広がる。

このときになって、室内に充満する血の臭いに気がついた。

「死んだの?」

「ああ」

烈はナイフをしまうと私に先に帰るように言った。

「烈は?」

「俺は地下の監禁部屋の鍵を開けてから行く」

そう言いながら懐から出した黒いスカーフで顔の下半分を覆う。

「金庫のお金は?」

「それも回収して後で麻美の家に届けとく。上手くいけば手術で目も喉も治るかもな」

「わかった」

後のことを烈に託して一足先に店を出た。

店の外は、あたりまえだけど普通の日常だった。

さっきまでいた凄惨な光景の店内と扉一枚隔てただけの外は、罪なほど平和だ。

新宿から地元に帰り、近所の公園に寄った。

ベンチに座り、もう暗く、冷たい空を見上げながら麻美を思った。

麻美……

見ていた?

あれで晴れたかな?

冷たい空のはるか彼方を見ながら語りかけた。


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