45 星将の間

 人類にとっての諸悪の根源『魔王城』にある、とある一室。

 円卓と、その周囲に並べられた八つの席のある大部屋。

 『星将の間』と呼ばれるその場所に、現在、七つの影があった。


『以上! オクトパルスさんの壮絶な最期に関する報告でした〜! チャンチャン!』


 影の一つ、半透明のピエロのような男が、戯けた様子でそんな言葉を放つ。

 いや、半透明なのはピエロだけではない。

 この場にいる全員がそうだ。

 何故なら、彼らの本体は大陸中に散らばっており、ここで話しているのは、魔王城という超高位ダンジョンの機能によって呼び出された精神体。

 文字通り、彼らの影に過ぎないのだから。


『タコちゃん死んじゃいましたか。寂しいです』

『あのバカめ。知恵の五将の中でも随一の能力を持っていたくせに、それを大雑把にしか使わないから死ぬのだ』

『ガッハッハ! そう言うお前も、勇者に負けて死にかけてたじゃねぇか! 負け犬同士、少しは冥福を祈ってやったらどうだ?』

『黙れ、クソザコ。目標地点に欠片の損害も与えられない分際で』

『誰がクソザコだ!? やんのかコラァ!?』


 ピエロ、『奇怪星』トリックスターの報告を聞いて、三つの影がそれぞれの反応を示す。

 安っぽい泣き真似をしながら寂しいと言う、可愛らしい少女。

 敗死したオクトパルスを蔑む、不定形の何か。

 不定形の何かを嘲笑い、逆にクソザコと呼ばれて喧嘩腰になる二足歩行の獅子。


 彼らこそは、魔王軍の幹部たる知恵を持つ魔獣達。

 八凶星、知恵の五将の残る三人。

 『傾国星』『変容星』『軍傭星』である。


『うるさい。静かにしろ』

『『ッ!?』』


 無機質な、されどとてつもない威圧感を持った声音が、口喧嘩を始めた『変容星』と『軍傭星』の二人を硬直させた。

 その声を発したのは、精神体でありながら凄まじい覇気を放つ存在。

 知恵の五将とは比較にならない、圧倒的な力を持つ三人の中の一人。

 中身の無い、和風の鎧兜だった。


『ヤシャの言う通りやなぁ。お前ら、毎回毎回やかましいでホンマ。

 そんな元気があるんやったら、人類どもにぶつけんかいアホ』

『す、すんません、姉御!』

『……ふん』


 続いて言葉を発したのは、これまた三人の強者の一人、九本の尻尾を生やした独特な口調の女性。

 彼女に対して『軍傭星』は即行で謝罪し、『変容星』もバツが悪そうに視線を逸した。


『トリックスター、報告ご苦労』


 そして、最後に。

 力ある三人の中でも更に別格のオーラを放つ、筋骨隆々の老人が口を開く。

 彼はこの場の議長であるかのように、話し合いを前へと進めた。


『さて、アンノウンの失敗に続き、オクトパルスが逝った。

 加えて、玄無とまともに戦えるような強敵が出現した。

 お前達はどうする?』


 その質問に真っ先に答えたのは、二人の強者。


『ウチはこのままやらせてもらいますわ。

 八凶星が欠けるなんて珍しいことやないし、玄無を相手にした女騎士とやらも、『倒した』ならともかく、『まともに戦った』止まりやったら、恐れるに足りん』

『同じく』


 強者達は、己の力に自信があるからこそ、迷わずに現在の作戦を続行することを決めた。

 小細工など不要。

 向かってくる敵は全て叩き潰すと言わんばかりに。


『私も作戦続行ですかねー。っていうか〜、今のカレと別れるなんて考えられないですし〜!』

『惚気かいな。いくらそれがあんたの能力とはいえ、人間ごときにそこまで夢中になれるんは、同じ女として、ちょいと正気を疑うで?』

『愛は狂ってるくらいでちょうどいいんですよ! 正気じゃ辿り着けない領域にあるラブ♡パワーこそが人類を滅ぼして世界を救うんです!』

『ああ、うん、そうかぁ……』


 『傾国星』もまた作戦続行を決定。

 彼女の決断に、それ以上のツッコミは無かった。


『俺もこのまま行くぜ! 舐められっぱなしじゃ終われねぇからな!』

『脳筋め。力の三将ほどの戦果を上げているならともかく、そうでないのなら、もう少し考えて動け』

『なんだとぉ!!』


 またしても喧嘩になりかける『軍傭星』と『変容星』。

 しかし、今回は『軍傭星』の怒りを無視して、『変容星』は会議を進めることを選んだ。


『ワタシは傷を癒やしつつ、プランBを進めます。人類の業は深い。利用できる闇など、いくらでもありますので』


 自信ありげに、『変容星』は不定形の体に顔を作って、不敵な笑みを浮かべた。

 勇者にやられっぱなしで終わるつもりはない。

 手札はまだまだあるのだ。

 自分を仕留め損なったことを必ずや後悔させてやると、敗戦を経験した将は心の内で静かに闘志を燃やす。


『私はまた各地を渡り歩いて適当にやらせてもらいますね〜。今回みたいに思わぬ収穫があるかもしれませんし』


 『奇怪星』トリックスターは、相変わらず飄々とした態度で行動を決める。

 しかし、態度とは裏腹に、彼の言う適当とは『適切に当てはまる行動を取る』という意味なので、誰も何も言わなかった。


『結構。儂もそろそろ、あの小生意気な小娘との決着をつけるとしよう。

 各自、オクトパルスの死を乗り越え、人類滅亡に向けて邁進せよ!

 全ては、魔王様と我らが神『地神ガイアス』のために!』

『『『ハッ!』』』


 老人の言葉で会議は終わり、精神体はかき消えて、八凶星の意識はそれぞれの肉体へと戻っていった。

 星の一部が欠けようとも、彼らには微塵の動揺も無い。

 全ては創造主たる魔王のため、神のため。

 人類とは違い、そうあれと定められて造られた生命として、生まれ持った己の使命を全うするために、仲間の死になど頓着せずに進み続ける。

 だからこそ、魔王軍は強く、そして厄介なのだ。

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