29 勇者召喚

 ━━勇者視点



「目覚めよ……勇者よ、目覚めるのです……」

「んあ?」


 なんか頭がボーっとする。

 そんな靄がかかったような頭に、すげぇ綺麗な声が浸透してくる。

 有名声優なんて目じゃない、癒やし系ボイスだ。

 脳がとろけそう。

 そういう音源でも流したまま寝ちったんだったか?


「目覚めよ、勇者。目覚めるのです」

「ほげっ!?」


 と思ったら、パシン! と何かで頭をぶっ叩かれて、強制的に叩き起こされた。

 混乱しながら目を開けると、そこには目の覚めるような美少女の姿が。

 二次元のキャラのように整った顔立ちと、スラッとした抜群のプロポーション。

 胸部装甲は大きすぎず小さすぎず、大小に貴賤はない、どっちもエロいと思ってる俺の好みにドストライクだ。


 そんな美少女が微笑みを浮かべながら、何故かハリセン片手に俺を見下ろしていた。

 ハリセン……。

 さっき俺をぶっ叩いたのはこれか。


「目覚めたようですね、勇者よ」

「あー、えっと、あなた様はどちら様でしょうか? というか、ここどこ?」


 たしか昨日は、大好きな『ブレイブ・ロード・ストーリー』をやり込んで、うっかり徹夜しちゃって、フラフラとした頭のまま学校に向かって、それで…………その後の記憶がない。

 しかも、今いるこの場所、よく見れば目の前の美少女含めて、この世のものとは思えない空間だ。

 星空の中とでも言えばいいんだろうか?

 暗闇の中に銀河っぽい輝きがいくつも浮かんでて、それが俺達を照らしている。

 察するに、この状況ってまさか……。


「私はとある世界の神『メサイヤ』。ここは『世界の狭間』とでも言うべき場所です。あなたは寝不足のままトラックに跳ねられて亡くなり、魂のみの存在となってここに辿り着いたのですよ」

「やっぱりか、ちくしょぉおおおおお!!」


 なんてこった!?

 俺はまだ女の子と手を繋いだことすらなかったのに!

 せめて、せめて童貞を卒業するまでは生きたかった……!


「まあまあ、そう悲観したものでもありませんよ。あなたは選ばれたのですから。あなたが望めば、記憶も肉体も持ち越したまま、異なる世界で第二の人生を送ることができます」

「マジっすか!?」

「ええ。おまけに絶大な力まで手に入りますよ」


 それってあれか!?

 流行りの異世界転生ってやつか!?

 チートで俺tueeeeなセカンドライフ始まっちゃう!?


「ちなみに、異世界送りのついでにイケメンに転生させてもらえたりとかは……」

「そんなサービスはやってませんね」

「……そうっすか」


 さすがに、そこまで都合良くはないか。

 いや、俺の顔だって捨てたもんじゃないはず。

 イケメンじゃないが、決して醜くて吐き気がするってほどでもない。

 平均だ平均だ。

 頑張れば彼女くらいできるはず!


「ちなみに、あなたを送る世界は、あなたの大好きな『ブレイブ・ロード・ストーリー』の世界です」

「え!?」

「あなたは選ばれたのですよ。あの世界を救う勇者としてね」


 うぉおおおおお!!

 神展開きたぁたあああああ!!

 そういやこの人、さっきから俺のこと勇者勇者って言ってたな!

 大好きな世界に、チートをもらって、主人公として行かせてもらえるなんて最高じゃねぇか!

 あざっす神様!


「いや、驚きましたよ。あなたの勇者として適性はぶっちぎりです」

「おお! 俺の秘められた才能的な?」

「全然違いますね。勇者適性は『どれだけあのゲームとの関わりが深い』か。正確に言えば『どれだけあの世界と共鳴することができるか』なので、ブームを過ぎても狂ったようにあのゲームをやり続けた、あなたの無駄な情熱のおかげです」

「無駄な情熱て……」


 言い方ぁ。

 いや、確かに嫌な現実から逃避するように、あのゲームに没頭していったけどさぁ。


「というか、ゲームの世界なんてホントにあったんですね」

「違いますよ。数多ある平行世界の中で、たまたまあの世界と、あなたの世界のゲームに大きな類似性があっただけです。無限に等しい並行宇宙の中なら、探せばこういう現象も多々起こるのですよ」

「は、はぁ……」


 無駄の情熱うんぬんから話題を変えるために他の話を振ってみたら、全く理解が及ばない話が飛び出してきた。

 俺の顔はきっと、突然宇宙の話をされたみたいになってるだろう。

 この例えがこんなに適切な場面はそうそうない気がするぜ。


「しかし、あの時代の地球、特に日本は便利ですね。かなりの数の平行世界で『創作物』という概念が生まれているおかげで、あそこを探せば私の世界と共鳴してくれる人材が簡単に見つかる。中には勝手に共鳴して、一時的な憑依状態という面白いことになってる子までいますし、本当に大助かりです」


 なんか、美少女神様が語り出した。

 全然理解できないが、あっちも俺に理解させるつもりはないっぽい。

 ただ、面白いことがあったから、とりあえず誰かに話したかった感じか?

 わかる。

 俺も『ブレイブ・ロード・ストーリー』の話を、あんまり興味なさそうな相手に一方的に喋り倒して、悪くない関係だった女子に「うわぁ、オタク……」とドン引きされたことがあるからな。

 あれで俺の童貞卒業が遠ざかったような気がする黒歴史だ。


「まあ、そういうわけで、あなたには勇者としてあの世界に行ってもらいます。勇者の目的はわかっていますね?」

「ういっす! 魔王の討伐ですよね?」

「その通り。人類を滅ぼそうとしてるあんちきしょうの手先の討伐です。あのわからず屋、こんな不毛な戦い、あと何万年続ける気なんですかねぇ」


 お、それってもしかしてあれか!

 あの世界の神話にある『天神』と『地神』の話!

 結構気になるけど…………聞いたが最後、さっきみたいに理解不能の話が、愚痴のごとく長々と出てくるという未来を俺の勘が察知した。 

 触らぬ神に祟りなし。

 それよりも今は!


「で、俺のチートってなんなんすか!?」

「ああ、それは簡単ですよ。別に私が与えてるわけじゃなく、世界の共鳴があなた側の概念を引きずり込み、それが力になります」

「すみません、全くわかりません!」

「平たく言うと、あのゲームでのステータスが、そのままあなたの力になるということです」


 マジで!?

 あのゲームでの俺っていうか、主人公の勇者は『最強』を追い求めたガチビルドのレベル99だぞ!

 無敵じゃねぇか!

 ゲームの鬱イベントをぶっ壊して、ハーレムを築いてやるぜぇ!


「あ、でも、さすがにそのままだと力が大きすぎて、この狭間の道を通れませんね。半分くらいは削げ落ちて、レベル50くらいになるでしょう。もちろん、アイテムとかも持っていけません」

「えぇ!?」

「前の子はやたら尖ってるというか、細長い形の力だったせいで普通に通過しましたけど、万能型はこういう時に辛いですね」


 細長い?

 よくわからんが、とりあえず、俺はレベル50の状態で送られるらしい。

 レベル99じゃないのは残念だが……まあ、許容範囲内か。

 レベル50でも本編終盤並みの力だし、隠しダンジョンの魔導書で覚えたチートスキルの数々もある。

 それにレベルなんて、魔獣倒してればすぐに上がるはず。

 アイテムが無くても、手に入る場所は覚えてる。

 どうにでもなるだろう。


「では、行きなさい、勇者よ! 魔王を倒して人類を救うのです!」

「了解! 任せてください!」

「よろしい! って、あ!? あのバカ、また暴れて……」


 美少女神様が別のことに気を取られながらぞんざいに腕を振り、俺の意識はボヤけるように遠くなっていった。

 そして……






「ハッ!」


 気づいたら、どこかの石造りの部屋に立っていた。

 足下では魔法陣的なものが淡く輝き、周囲には白い神官服を着た人達がひざまずいている。

 その先頭、俺の正面には、見覚えのある銀髪美少女の姿が。


「ああ、勇者様。どうか我らをお救いください」


 銀髪美少女……ゲームでの勇者の最初の仲間である『聖女』アリシア(2Dと3Dの違いでわかりづらいけど、俺には一発でわかった)が、すがるような目で俺を見ながら、そんなことを言った。

 庇護欲を誘うような表情。

 ズキューン! と心臓を撃ち抜かれたように、胸がドキドキする。

 これが……一目惚れ!


 だが、落ち着け!

 ここでキョドったらマイナスイメージを持たれる!

 こういうのは第一印象が大事!

 どっかの本にそう書いてあった!


「話は神様から聞きました」


 俺は胸のドキドキを隠してクールにそう言いながら、胸をドン! と叩いた。


「任せてください! この俺、勇者『ハルト』が世界を救ってみせましょう!」

「「「おお……!」」」


 アリシアを含めた神官達が、感動したように涙ぐんだ。

 自己紹介をしておこう。

 俺の名前は『高橋たかはし遥人はると』。

 元はそこらにいるカースト底辺の冴えない男子高校生であり、今はこの世界を救う者。『勇者』ハルトだ!

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