邪神について

 邪神、それはこの世界に生きる物の恐怖の根源ともいえる存在だ。


 この世界を創造した六柱の神の元へ異界からやって来た一柱の神。異界の神、すなわち邪神はこの世界を滅ぼそうとする破壊の神だった。


 邪神は魔物を生み出した。魔物は邪神の意に沿ってこの世界へ侵略した。元々この世界は争い無き平和な世界。戦う術の無い生き物は命を奪われるしかなかった。


 そこで神々は戦う術としてステータス、スキルを授けた。


 世界に生きる物と六柱の神々は協力して異界の神を封じた。


 しかし神々はその代償としてこの世界を去らなければならなくなった。


 理由は知らん。


 だが、この世界を去った神々はお告げや眷属を遣わせることで未だこの世界において強い影響力を持っている。


 前世とは違い、この世界では神という存在が広く認識されている。それは遥か昔の物語から近年の戦争に至るまで様々だ。基本的には神の教えは「争いはやめましょう」、というもの。


 だがどんな世にも争いを望む思想というのは生まれてくる。彼らは異界の神、邪神を崇拝し世界を混沌に導くべく活動をしている。


 まったく迷惑な話である。


 数十年前、戦争に敗れそうになったとある国が起死回生とばかりに邪神を呼び出す儀式をしたそうだ。


 贅を尽くされた王城は儀式の影響で一夜にして禍々しいものへと変貌した。白亜の宮殿とも言われた純白の壁は乾いた血に似た色の石材に変化し、美しい女神を模した装飾は捻じれ、まるで悪魔のように。王城の半分を囲うように作られた湖は底無しの毒沼となり、王都に住む者は皆、禍々しい城から産み出された魔物の餌となった。


 封印の解かれた邪神は世界を滅ぼさんとした。


 しかし神の力を授かった勇者たちにより再び封じられ、世界に平和が訪れたそうだ。


 これ、結構有名でこんな田舎の農民の子供も知っている話だ。


 そして俺が知っている邪神についての全てでもある。


 この世界に転生して早十年。邪神イコール悪という図式が刷り込まれていた俺があのステータスで驚いたのがわかるだろう。そしてこれが発覚したらどうなるか。


 邪神を崇拝する集団に保護を求めることも一瞬頭をよぎったが、世界を混沌に導く活動をしているやつらだ。絶対にまともな集団じゃない。


 ここで疑問が浮かんだ。邪神が封印されたという数十年前の出来事と俺の転生との時間のずれ。


 つまり勇者たちによる封印から数十年後、邪神は何かをしようとして俺の死の原因となったってことか?


 あと気になるのはあのクヴァーブという神様は、邪神を自分の眷属だと言っていた。そして邪神は異界の神でこの世界を滅ぼそうとしたというこの世界に伝わる伝承。ということは、クヴァーブはこの世界を滅ぼそうとしたってことか?


 うーん、よくわからん。そして俺の第六感が告げている。これ以上の深入りはいけないと。まあ、俺も最短で五十年、いやあと四十年しかこの世界にいないし、どうでもいいか。


 尚、邪神の城は現在立ち入ることは出来ないが、遠目からは見ることができるので人気の観光スポットとなっている。



 ◆◆◆



 チュンチュンと小鳥のさえずりが聞こえる。いつの間にかカーテンの隙間からは朝日が差し込んでいる。


「おっと、いけない」


 各スキルについての説明文を読んでいたり、ステータスの偽装について考えていたりしていたら、いつの間にか随分と時間が経ってしまっていたようだ。


 そろそろ、メイド長のヘンリエッタと執事のサブルスが起きる時間だ。


 開きっぱなしにしていたステータスに向かって、魔法を唱える。


「【隠匿】」


 魔法の使い方は何故か知っていた。どうやら魔法スキルを授かると自然と使えるようになるみたいだ。


 とりあえずこれで一安心かな。


 まだまだ検証したいことはあるが、ほとんどが魔法についてだ。魔法を扱うことの出来る人が多いこの屋敷では魔法の使用がバレてしまう恐れもあるためそれは出来ない。


 【隠匿】の魔法を発動するのも内心ビビりまくりだが、せめて皆が寝ているうちは大丈夫だろうと高を括ってのことだ。


 …大丈夫だろう、そんな甘い希望はすぐに打ち砕かれることとなる。


 パタパタと廊下を急ぐ足音が聞こえ、俺の部屋の前でその気配止まる。


 コンコン、とドアをノックする音。


「レイブン? 起きているの?」


 それは魔導士としての経験と、水魔法と風魔法のスキルを持つ我が母の声だった。


 こちらの返事を待たずに開けられるドア。


 俺はベッドの上で腰掛けながらステータスを開いている状態だ。


「お、おはようございます、お母様」

「今、魔法の気配がしたのだけど、あなたまさか?」


 げっ、バレてるじゃねーか。おいおい誰だよ。寝てるから大丈夫だろうなんつったのは? あ、俺か。


 つーか、同じ屋敷内とはいえ寝ていたのに魔法の発動に気が付くって敏感すぎやしませんかね!? この家にはそれなりの数の魔道具があるし、いくつかは起動状態、つまり魔力を放っている状態だ。それなのに魔法の発動に気が付いた上、発動場所まで特定するなんて…。この屋敷、いや、この母親の近くでは隠れて魔法を発動させるのは無理だな。


「ご、ごめんなさい。嬉しかったのでつい」


 困ったときは子供ムーブでやり過ごすしかない。どんな魔法を使ったか、流石にそこまではわからないと信じたい。


「!! ということは魔法のスキルを授かったのね!! まぁ! 早速ステータスを見せて頂戴! いえ、私だけ先に見たりしたらあの人が拗ねてしまうわね。あなた―!! あなたー!!」


 そういって足早に部屋を去った母はすぐに寝ぐせがついた状態の父を伴って戻って来た。


「レイブン、おめでとう。魔法のスキルを授かったそうだな」

「で、いったいどんなスキルだったの? 水魔法かしら? 風魔法かしら? それともハンナと同じで神聖魔法とか?」


 いえ、どちらかというとその正反対にあたる邪悪な魔法です。


 そんなことを言えるはずもなく。


 ステータスを父と母にも見えるように念じる。


「これで見えますか?」



---------------------

名前:レイブン・ユークァル

年齢:10

※隠匿で偽装中


生命力: 100/100

魔力: 110/110(+30)

力: 90(+30)

精神: 90(+30)

素早さ: 70(+30)

器用さ: 60

運: 60


スキル:

剣術(Lv1)…剣を用いた攻撃に補正。力に+30。

体術(Lv1)…体捌きに補正。素早さに+30。

生活魔法(Lv1)…生活魔法が使用可能。

植物魔法(Lv1)…植物魔法が使用可能。魔力、精神に+30。

---------------------



 と、まあ、こんな感じに偽装してみた。


 加護とユニークスキルは項目自体が表示されないようにしている。スキルは転生が関係していないものは表示するようにしている。だがスキルが四つというのは多いはずだ。ここの表示については迷った。一つ上の姉が十歳の時に授かったのは光魔法、神聖魔法、体術の三つだ。神聖魔法が非常に珍しくまた重宝されるスキルの為、上に下への大騒ぎだった。


 だから今生で得たと思われるスキルも一部は隠そうかと思ったのだ。姉の三つを上回る四つ。だが姉の場合は神聖魔法という非常に稀なスキルというのも関係している。片や俺のスキルは比較的ありふれたスキルだ。今後のことを考えても、多才だと思われていた方が今後都合がいいのではないかという思惑もあり、四つとも表示したままだ。


 ステータスも一般人よりは高めにした。


 これは、俺は既に父との訓練によってその辺の村人よりは強いという事実を踏まえてだ。


 一般的なステータスは


---------------------

生命力:100/100

魔力:40/40

力:30

精神:20

素早さ:30

器用さ:40

運:20

---------------------


 だが、俺のステータスは補正抜きにしても、


---------------------

生命力:100/100

魔力:80/80

力:60

精神:60

素早さ:40

器用さ:60

運:60

---------------------


 とかなり高くした。


 さぁ、どうだ!


 俺のステータスを見ている両親の顔を見る。


 父は非常に嬉しそうにしている。


「凄いじゃないか! スキルが四つもある、それにステータスの値も随分と高いな。日々の鍛錬の成果だな」


 これは鍛えがいがありそうだ、とつぶやいた父。しまった、これであの虐待じみた稽古がさらに厳しくなってしまう。


 それに対してやや曖昧な返事をする母。


「え、えぇ」

「うん? どうした?」


 浮かない表情の母に気が付いた父が訝しむ。俺もついつい不安な顔で母の顔を見つめてしまう。もしや、なにか違和感を与えてしまったのだろうか。


 俺の不安な顔を見て、ハッとしたように頭をふり俺を優しく抱きしめる。


「ごめんなさい。折角魔法のスキルがあるのに水魔法でも風魔法でもないんだもの。あなたは剣術を教えられるからいいけど、わたしだって子供たちにスキルの使い方を教えたかったわ」


 拗ねたような表情の母。よかった、どうやら自分の魔法を誰も受け継いでいないのが残念なだけのようだ。


「お母様、お母様の魔法とは違いますが僕も植物魔法を授かりました。魔力の使い方など教えてはくださいませんか?」


 十歳の男の子の甘えん坊な声色で母に乞う。まあ、心にもないが。むしろそんな自分が気持ち悪いが仕方ない。


「まぁまぁ、えぇもちろんよ。魔力の使い方をみっちり教えてあげる。そういうことであなた? 剣術のお稽古は減らして魔法の練習もこの子にはさせるわよ」

「いや、しかしだな」

「なに? なにか問題?」

「…なんでもないです」


 母の機嫌を損ねない。これが我が家の鉄則なのだ。


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