ep4/双罪紋のリゼータ(前編)


 ――獣災発生の八時間前――



『ワアアアアアアアアァァァァァッ!』

 帝都ドルガーナ。その中央通りは、大観衆の熱狂に沸き返っていた。

 千を超える観衆の視線は、悠々ゆうゆう凱旋門がいせんもんくぐる四名の冒険者に向けられている。


 小型の地竜に引かれた右方の荷台には、巨岩のような霊素結晶れいそけっしょうが火色に輝いている。これだけで帝都中の三月分のエネルギーを維持できるだろう。

 左方の荷台には、角や毛皮といったレアモンスターの希少部位。高級食材として知られる益獣えきじゅうや植物。自然金やサファイヤ等の原石なども山のように積まれていた。

 あまりにも圧倒的な戦果を前に、観衆のボルテージは上昇していく。

 

 難攻不落と云われる深淵魔獄アビスロックの一角、雷乱禁域サンダーガーデンを攻略し、目もくらむような財宝や戦利品をひっさげて、堂々たる帰還を果たした彼等こそが――帝都最強との呼び声高い探獄団ダイバーズである空猫ノ絆スカイキャッツだった。


「よくぞ帰って来てくれた空猫ノ絆スカイキャッツ! お前たちこそが真の英雄だ!」

雷乱禁域サンダーガーデンを攻略したのはお前たちが初めてだ! 全くとんでもないヤツらだ!」

「がははははっ、めでてぇめでてぇ! 今日は俺のおごりでパーッと飲もうぜ!」


 空前絶後の大偉業の達成を受けて、ある者は新たな英雄の誕生と酔いしれ、またある者は明日は我が名を上げようと奮起し、空猫ノ絆に羨望せんぼう眼差まなざしを注ぐのだった。


 こうまでも大衆を熱狂させる探獄者ダイバーとは、どういった存在なのか?

 一言で言うならば、深淵魔獄アビスロックに命を懸けて挑み、希少な食料・原料・資源などを採取し、社会に供給する者たちの総称だ。


 魔獄資源に依存するこの社会において、探獄者ダイバーという存在は必要不可欠となっており、今や彼等がいなければ人々の生活は成り立たない。

 必然的に探獄者は社会的な地位を強めていき、その過程でギルドや商会といった様々な関連組織が作られ、今をも世界中で影響力を拡大し続けていた。


 魔獄時代ロックエイジを生きる者にとって探獄者というのは、生活と密接した重要な存在であり、そして憧れのヒーローなのだった。

 そして帝都の民衆の関心は――空猫ノ絆スカイキャッツの未来に向けられていた。


雷乱禁域サンダーガーデンを踏破したんだ。あいつらなら絶対に神還騎士団セイバーズにも入れるだろう!」

「違ぇねぇ! 今の帝都にいる神還騎士団は貴族のぼっちゃんばかりだからな」

「あんな気取った奴等よりも、俺たちの空猫ノ絆の方が百倍頼りになるぜ!」


 帝都市民の空猫ノ絆に対する熱狂的な人気には裏があった。

 近年の魔獄資源による文化革命によって、産業が発展したのは喜ぶべきことなのだが、労働者たちはその恩恵をろくに実感しておらず、むしろ貧富の差は拡大していくばかり。

 決して声を大にしては言えないが、皇帝や王侯貴族に対する市民の反感は日を追う毎に高まっていたのだ。


 そんな折に空猫ノ絆スカイキャッツが現れた。

 探獄者ダイバーの最高地点とされる神還騎士団セイバーズには、教会の長である大司教に任命権があるのだが、様々な背景があり貴族出身者が選ばれ易い傾向にあった。既得権益と貴族的思想に縛られる彼等は、市民にとっては鼻持ちならない存在だった。

 対照的に、庶民出身である空猫ノ絆は親近感が湧きやすく、彼等こそが我々の英雄であるという空気が醸成じょうせいされていた。それを合わせてのこの熱狂ぶりなのだ。


『スカイキャッツ! スカイキャッツ! スカイキャッツ! スカイキャッツ!』


 波紋のように広がっていく、祝福のシュプレヒコール。

 止めどない歓声が通りを包み込み、中空には色とりどりの紙吹雪が舞った。


 熱狂に応えて四人が大きく手を振る。そしてリーダーとみられる美丈夫びじょうふが黄金の大剣を掲げると、観衆のボルテージは最高潮に達した。

 その輝かしい光景は、新たな英雄の時代を予感させるものだった。



 空猫ノ絆スカイキャッツに向けて、止め処なく湧き起こる歓声。

 そんな渦中の四人を、厚手の外套コートに身を包んだ男が遠巻きに見詰めている。

 男はフードを目深まぶかに被り、人目を避けるように群衆に混ざっていた。


「おとーさん! ぜんぜん見えないよ~!」


 男の足下から、唐突とうとつに子供の叫び声が上がる。

 横に視線を流せば――せっぽちな口髭くちひげの男と、そばかすが目立つ栗毛の少女――仲睦なかむつまじく騒いでいる父親と娘がいた。


「我慢しろ。お前が寝坊したのがいけないんだぞ?」

「だってぇ~! 昨日は楽しみ過ぎて眠れなかったんだもん!」


 人垣ひとがきに視界をふさがれてべそをかいていた娘を、父親は「しょうがないな」と億劫おっくうそうに肩車する。だが、よろめくその立ち姿はどこか頼りない。


「やった! 見えたよ! かっこいい~~~っ!」


 視界が高くなり御機嫌になった娘は、父親の肩の上で小躍こおどりしている。

 しばらく目を輝かせて騒いでいた少女だったが、ふと思い出したように父親にたずねた。


「ねぇ、お父さん。確か空猫ノ絆スカイキャッツって五人だよね? 何で一人いないの?」

「ああ、そのことか……どう説明したものか」


 父親は険しく顔をゆがめると、苛々いらいらした様子で口髭くちひげをいじりつつ語り出した。


「空猫ノ絆には、確かに五人目の団員がいる。しかし、そいつは皆に嫌われているろくでもない奴でな……『双罪紋ダブルカースのリゼータ』と呼ばれてる。リサは絶対に近づいちゃダメだぞ?」


 父親の聞き慣れない言葉を聞いて、リサと呼ばれた少女は小首をかしげる。


「ねぇねぇ。双罪紋ダブルカースってなぁに?」

「あ~、そうだなぁ……リサは幻罪紋カースマークって分かるか?」

「よく知らないけど……悪い人がつけてる印の事だよね?」

「なるほど……まず、幻罪紋について説明するか。その昔に、デストールっていうとんでもなく悪い魔王がいてな。おっかないモンスターが棲む迷宮を作って、そこに優しい母神様をさらって閉じ込めちまったんだ。やがて迷宮からモンスターがあふれ出して世界は大変なことになった。幻罪紋を持ってる奴は、そのデストールの血を引く末裔まつえいなんだ。リゼータって奴は、その幻罪紋を二つ持っててな……だから双罪紋ダブルカースって呼ばれてるのさ」

「じゃあ、そのリゼータも……悪い人だからここに居ないの?」

「ああそうさ。盗み、たかり、強盗、放火、人殺し……悪い事はなんだってするらしい。狡猾こうかつ卑劣ひれつ残虐ざんぎゃくな最低野郎。とにかく空猫ノ絆スカイキャッツの面汚しなんだ。このめでたい晴れ舞台に、あんな寄生虫のゴミ野郎は相応ふさわしくないからな。きっと仲間はずれにされたんだろうよ」

「な、なんかよく分からないけど、とんでもなく悪い人なんだね……」


 興奮する父親に、どうしていいか分からない様子で相槌あいづちを打つ娘。

 そんな時だった――酔っ払いが足をもつれさせ、後方にいた父娘へと勢いよくもたれかかった。あえなく細身の父親がバランスを崩し、はずみで肩車を解かれたリサが空中に放り出されてしまう。


 栗色の髪を振り乱して「きゃああぁぁ!」と叫びながら落下するリサだったが、はたして少女が石畳いしだたみに叩き付けられる事はなかった。

 状況を瞬時に察知したフードの男が、素早く動いて抱き止めたからだ。

 ふわりと優しく地に下ろされた少女は、混乱しつつも礼を言おうとする。


「あ、ありがとう。おにーさ…………えっ!?」


 しかし男の手元を見たリサは絶句する。

 そして目を皿のように見開くと、一瞬で顔を真っ青してガタガタと震え出した。

 何故ならば、男の両掌にはそれぞれに罪幻紋カースマークが刻まれていて――つまり彼こそが、双罪紋ダブルカースのリゼータだったのだ。


「みぎゃあああぁぁぁ~~~~~~~~~ッ!!?」


 恐怖のあまり、乙女の尊厳そんげんを身体中の穴という穴から噴出するリサ。

 仰天ぎょうてんした父親がなだめるが、リサのパニックは収まらず現場は地獄絵図となる。

 そうこうしているうちに、いつの間にかリゼータは群衆の中から姿を消していた。






 凱旋がいせんパレードが終わり、だいぶ陽が傾き始めた頃になっても、興奮冷めやらぬ群衆はあちこちで大騒ぎしていた。

 凱旋パレードは庶民にとっては最高の娯楽だ。外で陽気に酒を酌み交わしながら、延々と空猫ノ絆を賞賛しょうさんしているのだろう。


 にぎやかな喧噪けんそうは、帝都外れのさびれた宿屋までも届いていた。

 古びた石造りの壁にはつる繁茂はんもしており、屋根に使われる粘板岩ねんばんがんは老朽化でボロボロと崩れ落ちそうになっている。

 もはや閑古鳥かんこどりが鳴きそうな気配すらするが、そんな宿屋の二階の窓際に、客であろう男が半裸で佇んでいた。


 その筋骨隆々きんこつりゅうりゅうとした上半身には、いくつもの歴戦の傷跡が刻み込まれ、うれいを宿すくれないの瞳は遠くを見詰めている。ただならぬ空気をまとうその男は――名をリゼータといった。


 「すぅ……すぅ……」後ろには静かに寝息を立て、ベッドに横たわる女の姿があった。

 リゼータはパレードを観覧した後に、宿屋で情報交換を約束していた同業の女と出会い、いくらか会話を交わしてから情交に及んだ。

 それから火照ほてった身体を冷ましがてら、ゆっくりと思案にふけっていたのだった。


「それにしても……みんな立派になったもんだな」


 帝都の空を見上げながら、感慨深かんがいぶかげに独りごちる。

 舞い散る紙吹雪の中で、大衆に祝福される四人の仲間の姿を思い出す。

 誰もが彼等を英雄とたたえ、その英名は日に日に高まっている。今夜もどこぞの貴族か豪商に招かれ、晩餐会ばんさんかいで盛大にもてなされるのだろう。


(あれから十年か。運が良いのか悪いのか……よくもまぁ生きびたもんだ)


 遠き日の情景が、リゼータの脳裏に蘇る。

 かつて死の森に置き去りにされたリゼータだったが、雪に埋もれていた所をとある人物――後に師と呼ぶ男――に助けられて九死に一生を得た。


 だが、それからも大変だった。

 師に連れられて来たのは、廃棄域ソゴルと呼ばれる巨大なスラム街。

 数年は師に守られながらどうにか暮らすことが出来たが、師が亡くなってからは幼い身一つで生き抜いていかなければならなかった。


 しかし、スラムでリゼータは空猫ノ絆スカイキャッツの仲間たちと出会う。

 一癖も二癖もある彼等だったが、いつしか家族と呼べるほど大切な存在になった。

 そして一念発起いちねんほっきしてスラムを抜け、空猫ノ絆を結成して探獄者ダイバーになった。


 それからも、ずっと必死でけ抜けてきた。

 時には大怪我や大病にかかり、死にかけたことだって何度もある。

 それでもくじけずに、何度も何度も冒険に挑み続けて――そしてやっと、英雄と呼ばれる地位にまで辿たどり着いたのだ。



(……だが今。俺の存在があいつらの足枷あしかせになっている)


 リゼータの野性的で端整たんせいな顔が、苦悩に染まった。

 その脳裏には、昼間に出会った父娘の会話が蘇っていた。


“ああそうさ。盗み、たかり、強盗、放火、人殺し……悪い事はなんだってするらしい。狡猾で卑劣で残虐な最低野郎。とにかく空猫ノ絆スカイキャッツの面汚しなんだ”


 それはあまりにも酷い誹謗中傷ひぼうちゅうしょうと言えた。

 むろん、リゼータも自分を聖人君子せいじんくんしなどとは認識していない。

 生きていく為に犯罪をしたこともある。不本意だが人を殺めたこともある。

 しかし誓って、汚い欲望を満たす為に非道を働いたことなど一度も無い。


 忌み嫌われる罪紋者でありながら、探獄者として名を上げたリゼータ。

 そんな彼へのねたみや風当たりは大きい。嘘でもデタラメでも構わないから、とにかくおとしめてやれと叩く者達がいて、それが黙認される風潮ふうちょうが出来上がってしまっている。


 リゼータとしては、自分に悪評が立つ事はもはや仕方が無いと思うが、それによって空猫ノ絆スカイキャッツに迷惑をかけてしまう事が悩みの種だった。

 罪紋者である自分がいる事で、受けられないクエストがあったり、各所で嫌がらせをされたりした事は一度や二度ではない。


 リゼータにとって、空猫ノ絆は何よりも大切な仲間だ。

 彼らと共にることが生きる希望であり、出来ることならば、これからもずっと一緒に冒険をしていたい。

 しかし自分がいることで、輝かしい彼等の未来に影を差してしまっている。

 どうするのが最良の道なのか――まだ答えは出ていない。


「………ままならないな」


 今日一番の大溜息おおためいきを吐く。

 リゼータは雲一つ無い青空を見上げた。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


〈作者コメント〉

どうも。クレボシと申します。

応援・感想・評価などをつけて頂けると嬉しいです。

誤字脱字の報告もしていただけると助かります。

※タイトル(ABYSS×BLAZER)はアビスブレイザーと読みます。ブレザーじゃないですよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る