『死んだ人』のいない家

宇部 松清

第1話 ナカノさんの話

 これは、私の職場のナカノさんという女性から聞いた話だ。


 ただそのナカノさん自身が当事者というわけではない。ナカノさんの従姉妹いとこの嫁ぎ先の方の話で、ナカノさんもその従姉妹――アカリさんから聞いたのだそうだ。ナカノさんは、その家とは特にそこまで深いかかわりはなく、冠婚葬祭などでちらっと顔を見たことがあるとか、一言二言会話をしたかもしれない程度の関係らしい。


 昨今では、片親で育った人なんて特に珍しくもない。けれど、アカリさんはこれまで、特にそういった家庭の方と関わる機会があまりなかったらしい。とはいえ、「実は私、母子家庭で」などといちいちカミングアウトする必要なんてないし、もしかしたら仲の良かった、だけれども家を行き来するまではいかない友人の中にはそういうご家庭もあったかもしれないとのこと。


 その家――A家とするが――は母子家庭だった。家族構成は、祖母、母親、その子ども(兄妹)。その二人の兄妹のうち、妹の方は嫁いで家を出た。実家も同じ市内にあるため、妹さんは子どもを連れてちょいちょい顔を出すのだという。


「その家ね、なんかおかしいんだよね」


 ナカノさんの言葉だ。

 

「私も聞いた話だからさ、アカリちゃんが大袈裟に話してるだけなのかもしれないんだけど」


 ナカノさんは普段からあまり人の悪口を言うタイプの人ではない。だから、「だけどほら、その家その家の常識みたいなものってあるし、ウチだって当たり前と思ってたことが実は当たり前じゃなかった、なんてこともあるしさ」と言葉を選びつつも、「でもなんか、私もおかしいと思ったっていうか、違和感があるっていうかね」と表情を曇らせる。


「そう思うの私だけかもしれないんだけど、なんかむずむずして落ち着かないから、聞いてくれない?」


 そう言われれば、私だってまぁ、気にはなる。それで、その日の仕事終わり、ファミレスでドリンクバーを注文し、どっかりと腰を落ち着けて、話を聞くことにしたのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る