5.港町アシュトン
大変なことになった。
取り急ぎ、王都の騎士の詰め所へ行き、フィンが上官に報告をすると王に進言することになった。
フィンは王の前に出たことがあるのだろうか。緊張の面持ちがそれはないだろうことを語っている。
「今の話はまことか、フィン=サクセサー」
「はっ、間違いはありません。彼らは大晶石に何かしら干渉しようとしていたようでした。それに我々に『滅びよ』と」
壮年の、どこか精悍な雰囲気すら漂わせるエクエス王は、眉間に深い皺を寄せて何事か考えているようだった。
「まさか、他国の……?」
呟きがもれる。
可能性はあるだろう。エクエス以外はほんの三年前までエルブレスを巡り戦争をしていた国なのだ。今度は矛先がこちらに向いたと考えれば想像はたやすい。
が、そんな憶測で国が動くわけには行かなかった。疑心は疑心を呼ぶ。王はそれを心得ているようだ。
「相分かった。いずれ、結論を出すには早急すぎる。だが、大晶石は護らねばなるまい。騎士団を派遣することにしよう。サクセサー領にも協力を得ることになると思うが……」
「御意に」
含みを持って王はフィンを見るが、その返事を聞いて満足そうに顎をなでた。
「……隣国には直接探りを入れてみてはどうでしょう」
「何?」
「テールディなら情報網に心当たりがあります。私が参りましょうか?」
シンは僭越ながら、と付け足して王に意見を伺う。フィンがぎょっとしたような顔をしたが今さらだ。
エクエス王は興味深そうにシンを眺める。
「そなた、記憶喪失だそうだが心当たりとは?」
「心当たりと言うか、伝手がある人物を知っている。と申せばいいのでしょうか……その伝手を使うにあたってお願いがあります」
「聞こう」
「リンドブルムのメンバーを一人、お貸しください」
ざわり。
賊の名前が挙がり、騎士たちが動揺を見せた。賊の伝手を使うなど王国騎士としては考えもつかない。だが、それが最も効果的な手段であるなら王は応じるだろう。
シンの予想は当たっていた。
「なるほど、空賊の情報網か。確かに国境を越えた先の情報収集は彼らのほうが秀でているであろう」
再び熟考の間が落ちる。騎士や側近たちはただ、王の言葉を待った。
そして、沈黙は破られる。
「一人と言ったな。一人で良いのか」
「はい。それ以上動かすことは御身もご心配でしょう。もちろん、素性の知れない私に任せることも心配とお察しいたします。ですので、その他に見張りとして騎士の一人もつけていただければ……王の憂いも減り、私としても安心なのですが」
「なるほど、ではフィンよ」
「はっ」
「その役目、引き受けてくれるか?」
フィンの視線がシン を捉える。どういう意味でか軽く笑顔を見せるシン 。
「謹んでお受けいたします」
フィンは深々と頭を下げ、拝命した。
* * *
とはいえ、接収されたホワイトノアがそうそう簡単に動かせるわけではない。イーヴを加えた彼らはまず、テールディに渡ることになった。
テールディとエクエスの関係は悪くない。身分証と渡航証さえあれば国境を渡るグレートアーチを通過することも難しくはないだろう。
エクエス側のチェックをパスして海峡にかかる大きな橋の石畳を踏みながら、シンは潮の香を嗅ぐ。
「あのね、私は確かにこの子を保護してって頼んだけど、こんなことに巻き込めとは言ってないわよ」
「仕方ないじゃないか。あいつらの顔を見たのは俺とシンだけなんだし」
王都を出てからフィンとイーヴは始終、この調子だ。考えようによっては、巻き込んだのはシンの方なのだが。敢えて、黙殺することにする。
「あたしを牢から出してくれたことには感謝するわよ。でもね……ってちょっとシン、聞いてるの?」
「聞いてない」
どこ吹く風でシンは遠くに見える帆船を眺めた。あれはテールディの港へ向かう船だろうか。行く手は南東だ。
「あんたね……」
「イーヴ、うまくすれば船長たちも放免になるかもよ。頑張らないと」
「……とってつけたのか、始めから計算尽くなのかいまいちわからないけど、ま、頑張るわ」
諦めたようにイーヴはため息をつきながらそう言った。
「それで、アシュトンに行けばなんとかなりそうなのか?」
フィンが聞いてくる。三人はまずはグレートアーチの先にある港町を目指していた。もともとエクエスとも交易が盛んな町なので自然、発展している。なかなか大きな町だ。
シンもリンドブルムが健在のときは何度も立ち寄ったことがあった。
「なんとかなるかどうかは行ってみないとわからないよ。人が多いから情報は集まりやすいと思うけど……」
グレートアーチを挟んだ町はもう目前。旅券を見せるとこちらもなんなく通してくれる。
「フィンは、この町に来るのは初めて?」
「いや、小さなときには何度か来たことがあるけど」
親に連れられて、だろう。以来、来ることはなかったのか記憶を辿るようにフィンは町を見渡している。海へと向かう道を辿る道には市が立って混雑している。それを避けて、高台にある町の中心部へとイーヴは足を運ぶ。
「はい、あんたはここまで」
「?」
「王国騎士に情報網握られたらたまらないわ。ちょっと時間つぶしててよ」
石畳の整った道にさしかかるとイーヴは言うが、フィンは納得できない様子だ。
それはそうだろう。まがりなりにもシンの護衛とイーヴの目付け役を引き受けておいて、一人だけ蚊帳の外とは酷い話である。
「大丈夫だよ、フィンは。……仮にリンドブルム御用達の情報屋がいたとしても、わざわざ後から報告したりしないよ。それに関しては内緒にしてくれるって、約束できるよね?」
「うっ……」
騎士と言う立場と己の間で揺れ動くフィン。
「できるよね?」
にこやかに念押しすると観念したらしい。こくりと頷いた。いずれにしても国外のことなので、空賊がらみの人間がいたところで捕まえるのは難しいだろう。意味のないことと気づいてくれたろうか。
「あんたがそう言うんじゃ、仕方ないか」
イーヴは両手のひらを天に向けるように広げて肩をすくめた。
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