第5話 君たちちょっと落ち着いたらどうだろうか


「この辺りなんだけどなぁ……、オリヴァーとカイ、移動しちゃったかな?」


「もしかしたら、私たちを探しているかもしれないですね」


「全く、迷子になったら動かないのがセオリーなのに! あいつらったら!」


「いや、罠を作動させちゃって迷子になったの私たちなんですけどね……」


「細かいことは気にしない〜。――雷精トールっ!」


 アリサは歩きながら、ソフィアと極めて真面目な顔で掛け合いを続けている。


 一応言っておくが、ここは迷宮ダンジョンの中である。

 魔物、わんさか出るのである。


 だが、大抵の魔物は僕たちに近づく前に、アリサが雷の魔法で処理していた。


 何故かトマスを狙ってくる魔物だけは時折撃ち漏らしているようだが、トマスはこう見えて元狩人だ。

 空を飛ぶ鳥のような魔物は弓矢で、それ以外は短剣で、危なげなく対処している。


 僕も、いつでも護身用の短剣を抜けるように準備だけはしているのだが、ありがたいことに全く出番がない。


 ソフィアも同様に、ランタンを持っているだけで、特に何もしていない。

 はぐれた仲間が心配で、それどころではないようだ。


「はぁ……オリー……無事かしら」


「うーん、オリヴァーは頭いいし、大丈夫でしょ」


「……でも、もし彼に何かあったら……」


「心配性だねぇ、ソフィアは――雷精トール! ――大丈夫だって、今頃必死になってソフィアのこと探してるって」


 アリサは、話しながらも、魔法を放つ手は止めない。


「アリサ……ありがとう。でも……ここは、厳密には森ではないと思いますから、オリヴァー様が『森』の加護を借りられるかどうか……」


「まぁ、それでも平気でしょ。脳筋カイの『盾』があるからね」


 ソフィアは、少しだけ落ち着いたようだ。

 オリヴァーという人物は、ソフィアにとって大切な人なのだろう。


 僕は、今のうちに気になっていることを質問した。


「あのさ、精霊が魔物化して迷宮ダンジョンを作って、周りの動植物も魔物化するんだったっけ? そもそも、どうして精霊は魔物化するんだい?」


「うーん、一説によると、人間が精霊の領分を侵したせいだとか、はたまた加護を授けた人間が悪意をもって精霊を使役し続けると魔物化するとか……まだ原因ははっきりしてないんだよね」


「ええ。そして、そうなってしまった精霊は、攻撃して力を削ぐことで鎮めることが出来ます。力を失っても精霊は死ぬわけではないのですが、しばらくの間、その精霊は顕現出来なくなります」


「へぇ……じゃあ、魔物化した精霊を退治してもバチは当たらないの?」


「うん、むしろ感謝されるぐらいだよ……あ、ねえ、あれ見て」


 アリサは話している途中で何かに気がついたようだ。

 彼女が指差す方向を見ると、辺り一面にこけがびっしりと生えていた。

 岩肌をくり抜いたような乾いた迷宮ダンジョンの中だというのに、そこだけ緑で覆われているのだ。


「まあ……! あれは……!」


「間違いないね」


「ええ。オリヴァー様が近くにいます! オリー!」


「ちょっ! ソフィア! 一人で行かないで!」


 ソフィアは、オリヴァーという人物のことが心配すぎて、ここが迷宮ダンジョンの中だというのは忘れているらしい。アリサの静止も聞かずに、走り出してしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る