第17話 風の向くまま(3)

 ミケは、マタザブローと一緒に旅に出たことを、さっそく後悔していた。

 まず、出だしから怪しかった。

 マタザブローは、住宅街の道路際に停車していた、幌のついた軽貨物にいきなり飛び乗って、ミケに手招きした。考える間もなく後を追って飛び乗ったら、すぐに荷室の奥に潜り込み、身を隠すように言われた。

 マタザブローによると、この車は荷物を運び終わったら、に戻る、という。

「そこには他の車がたくさんあって、より大きな車に潜り込めば、遠くまで運んでくれるんだ」

 なるほど、確かに物流拠点までたどり着けば、大型トラックに乗り換えて、高速道路を使って遠くまで移動も可能だろう…と考えていた矢先、乗っていた軽貨物の積み荷は集荷することもなく減る一方で、あっというまに二匹の隠れる場所がなくなった。仕方なく信号待ちの間に飛び降りて、別の軽貨物を待った。

 だが、やってくるのは扉のついた大手の配送車ばかりで、乗り込む隙がない。仕方なく、ミケは記憶を頼りに、管内の物流拠点への徒歩による移動を開始した。

「歩くのか、旅のロマンがないぞ」とぼやくマタザブローを宥めつつ、歩道をスタスタと歩いていく。歩道とはいえ普通の猫は広い道の真ん中を歩かないので、二匹が歩くさまはとにかく通行人の目を引いた。

 やがて物流拠点に近づいたところで、二匹は少し手前の信号のそばに身を潜め、乗り込めそうな貨物車が通りすがるのを待った。少しすると、先ほどの軽貨物がやってきたので、信号待ちの隙に乗り込んだ。完全に荷台は空になっていたが、物流拠点のゲートを抜けた後、搬入口についたところで飛び降りて、なんとか身を隠した。


「巣の中まで来たぞ。次はどうするんだ」

 ミケはマタザブローに尋ねた。ここから先、大型トラックに紛れ込むうまい方法が思いつかなかった。

「大きいのが来るまで待つんだ。なあに、あとは何とかなる」

 やがて、長距離便の大型トラックが来て、積み荷をフォークリフトで下ろし始めた。こうやって工場や港から運ばれてきた商品を、物流拠点内で仕分けして、地元のトラックで地域の店舗に運んだり、個人事業主の宅配業者が家庭に運んだりする。だから、より大きなトラックに乗れば、遠くの拠点に移動するのは自明だ。マタザブローは、それを経験から学んだのだろう。

 やがて荷物を下し終わり、確認のサインを交わしている運転手を見て、マタザブローは「いくぞ」と言うなり、運転手の足元に歩み寄った。ミケはぎょっとして、とっさに動くことが出来なかった。


「おい、ヒト」

 マタザブローは、運転手に話しかけた。

「お前は、これからニイガタに行くのか?」

『うわっ!でっけえ猫。え、なんで猫がこんなとこにいるの?』

 運転手はマタザブローをみて、ただびっくりしていた。

「もしニイガタに向かうのなら、我々も連れて行ってくれまいか」

「おい、マタザブロー。なんでその口調なんだ」

 ミケは少し遠くから呼びかけた。

「この口調は何故かヒトにウケがいいんだ。ミケも早く、こっちに来てお願いしろ」

 ミケには、マタザブローの言葉が人間からどんな鳴き声で聞こえているかがわかる。マタザブローの今の口調は、人間の耳には、どうにも媚びた鳴き声に聞こえる。マタザブローはどちらかと言うと見下した話し方をしているので、そのギャップにミケは吹き出しそうになった。

「はやく。お前だけ置いて行かれるぞ」

 ミケは渋々とマタザブローの隣にやってきた。

 マタザブローよりもさらに甘えた声を出しながら、運転手の足に体をこすりつける。

 猫好きには効果的なはずだ。

 マタザブローもそれを見て、真似をする。

 運転手は困惑しながらも、搬入口の係員と顔を見合わせて苦笑いした。

 そして乗り込もうと運転席のドアを開けたときを見計らって、二匹は運転席に強引に飛び込んだ。

『アハハ、なんだこいつら』

 このドライバーもいい加減神経が太いな、とミケは思ったが、厚意に甘えることにした。

 運転手は二匹を助手席に乗せたまま、物流拠点を出て運転を始めた。上機嫌の運転手が、何かブツブツと自己紹介らしき独り言を言い始めたが、ミケとマタザブローは無視して二匹だけで会話を始めた。

「何とかうまくいったな」

「マタザブローがなかなか地元に戻ってこない理由が分かったよ」

 ミケは心底呆れていた。

「そういうなよ。これでも毎回ちゃんと戻ってきてるんだから」

「それが不思議だ」

 ともあれ、ヒッチハイクなんて、人間の頃でさえしたことがない。

 ミケは気分が高揚するのを感じていた。

 運転手は不潔そうなおっさんだが、旅の道連れとしては悪くない。

 あとはこのまま、ニイガタに着くのを待つだけ。

 そう思ってフロントガラスから外を覗くと、「東北道」と書かれた緑の標識が見えた。ミケが思い切り顔をしかめたのを、マタザブローが不思議そうな顔で見つめていた。


 ◇◇◇


「え?ミケちゃんいないの?」

 駐在所を訪れた静香が、事務机で書類を書いている姫川に聞き返した。

「なんか、旅に出たらしいわよ」

 昨晩のPCの画面を撮影した画像をスマホで見せると、静香は爆笑した。

「あはは、ね、猫が置き手紙残して失踪してる…!」

 あたしが打ち込んだと思ってるんだろうなあ…、と思いながら、姫川は静香を見てため息をついた。

「…で、なんで旅に出たのよ?」

「それ分かったら苦労しないわよ。ああ、あたしも旅行行きたい…」

「駐在員だものねえ。で、任されたチャコちゃんは?」

 静香は周りを見回すが、チャコの姿も見当たらない。

「二階にいるわよ。ミケがいなくなって寂しいのか、最近鳴き声が大きいのよねえ。変なポーズとるし」

「変なポーズ?」

「なんかこう、お尻を高く上げて」

「お尻を…」


 二階に様子を見に行った静香は、戻ってくるとスマホで何やら検索を始めた。

「なるほどねえ…ミケちゃんが逃げ出すわけだわ」

 静香が姫川に検索したWebページを見せる。

 なるほど、これは兄として困るだろう。

 

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