第6話 チュートリアルの決着



「……へ、へへっ、やった、ぜ」



 ブルルと心が震えた。自分の勘だけを信じ、自分の命を懸けた賭けに勝った。

 だが、まだ終わっちゃいない。まだ無詠唱スキルを会得しただけ。次は魔法スキルだ。



 ニタニタと、気持ちの悪い笑みを浮かべて近付いてくるゴブリン。そのつらを睨み付けながら拳を握りこむ。あのムカつくつらにくれてやる一発は、何が良い? 



「……やっぱ、アレしか、ないよな?」



 憧れでしかなかった物語の主人公を模倣するかのように、頭の中にイメージを作り上げる。



 ──それはラノベの挿絵で、

 ──コミカライズされたマンガで、

 ──動きのあるアニメで、



 これまで数え切れないほど見てきた、火魔法の代表格。



 すると、【スキル一覧】に、それまでは無かった【火魔法(フレイムマイスター)】の文字が浮かび上がる。──やっぱり、この方法で間違って無かった!


 途端、今まで一回も扱った事が無い魔力が何の苦労も無くアッサリと支配下に入り、握りこんだ拳へ濁流の様に流れ込む。そして拳に熱が湧き上がった! これはイケる!!



「ゲギャッ!?」



 それまで無警戒に近付いてきたゴブリンが、何かを感じ取ったか突如足を止めると、顔を顰めた。だがもう遅ぇ! 




「──ファイアボールっ!!」




 不細工な死神に向け、掌を大きく開き力を解き放つ。

 と、何も無かった空間に揺らぎが生まれ熱と色を形作られ、ゴウッ!と音が弾けた! 俺のイメージした通りの拳大の火の玉が、己の存在を主張するかの様に、表面の火を荒立たせる。



「行けぇえ!!」



 祈りにも似た言葉と期待を受け、真っ直ぐ飛んで行く火の玉! それがみるみるゴブリンへと押し迫る! 




「食らいやがれっ、ゴブリン野郎!」

「グギャッ!?」



 火の玉がゴブリンを直撃──する瞬間、なんとヤツは驚愕の声を上げつつも身体の向きを変え、あろう事かギリギリの所で避けやがった!



「マジかよ!?」



 ゴブリンに当たらなかった火の玉が、射線上にあった木の幹に当たり、ゴォ!と小さな火柱を上げる。その熱と衝撃で、近くの木に留まっていた鳥が一斉に空へと避難していくが、気を向ける余裕は無い。



「なに躱してやがんだよっ!」

「グギャア? ギャハァッ!」



 二つのスキルで生み出したファイアボールをあと一歩の所で躱され、悔しがる俺と対照的に、まるで世紀末の住人の様な奇声を上げて、こちらに走り向かってくるゴブリン。その顔は、今まで見た事無いほどに、ニヤついていやがった。


 そうして一気に距離を詰めたゴブリンは、その口端を凶悪に釣り上げると、強く握り締めたこん棒を振り上げ跳び上がる! 魔法を避けた喜びと、俺を殺す悦び一杯ってところか!



「──だが、甘ぇよ!」

「グギャア!?」



 俯いていた顔を上げる。その手には、もう一度産み出した火の玉。

 それを見たゴブリンが、今度こそ本気の驚愕で顔を歪める。



「悪ぃな。魔法名を叫ばなくても使えるってのが、無詠唱のデフォなんだよっ!」



 開いた拳からブワリと炎が零れ、絶望を浮かべるゴブリンに向けて掌を向ける。



「空中じゃ躱せねぇよなぁ! ──ファイアボールッ!!」

「グギャアアァ!?」



 至近距離で炸裂したファイアボールが、ゴブリンの顔面を捕え爆ぜる! そしてそのまま面に広がっていくと、ゴブリンの頭を丸々と飲み込んだ!



「グギャッ! ガァ!?」



 ドサリと地面に落ちると、こん棒を放り投げゴロゴロと転げまわるゴブリン。肉の焦げる臭いと音が辺りに広がる。

 転がりながら、自分の顔に点いた火を消そうと溺れた人間の様に顔を掻きむしるが、やがてその動きも緩慢になっていき、暫くすると動かなくなった。



「……や、ったか?」



 時おりピクリピクリと震えるだけで、起き上がる気配すらないゴブリンの体。が、警戒を解く事はしない。初めて会った魔物だ。コイツがどれだけの生命力を備えているのか判らないし、何より俺も限界に近い。油断して反撃を食らえば、今度こそ間違いなく、死ぬ。


 そうして、ゴブリンの顔を焼いていた火がチロチロと弱くなり、ジュッ……と悲しげな音を立てて消えるまで警戒する。

 その後も動く事すらなく、ブスブスと煙を上げる爛れて原型を留めていない黒焦げのゴブリンの顔。それを見て俺はようやく警戒を解くと、地面にどさりと尻もちをついた。



「へ、へへ……。やってやったぜ……」



 頼りの無い勝鬨かちどき。これが、今の俺に出来る精一杯だ。参ったな、体に力が入らない。もしかすると、これが有名な魔力切れってやつか。魔力が少ないのに、ファイアボールを二回も使ったせいかもな。


 が、どうにも締まらないので、せめて腕くらいは上げようとする。しかし──、



「……なんだ俺? 震えてんのか?」



 見れば、俺の腕は小刻みに震えていた。いや、腕じゃない。見れば全身がブルブルと震えていた。

 俺を殺そうとした醜い魔物を返り討ちにしただけだと言うのに、俺の心は身体以上に消耗したって事らしい。はンっ。たかがゴブリンを一匹倒した位でなんだ、このざまかよ。



「……はっ」



 自分の心の弱さを、鼻笑いで軽く飛ばす。

 そうして少しだけ治まった震えに気付かない振りしつつ、ただのになったゴブリンへと這って近付く。まぁ、お前も俺を散々殺そうとしたんだし、お互い様だよな? だってそうだろ? これは正当防衛だ。殺さなきゃ殺されていたんだからよ。


 魔物であるゴブリンを殺した。それに関して特段何も感じないと思っていた。

 だが実際は、こうして居もしない誰かに対する言い訳を述べている。なんてチキン野郎なのだろう。勇者ともあろうものが、これでは情けないな。



「……あばよ」



 これ以上、自分の弱さと向き合いたくはない。そんな感情に押されるまま、俺は身近にあった木の幹に身体を預け立ち上がろうとする。が、フラリと身体から力が抜け落ちた。

 忘れていた痛みがドッと押し寄せ、あまりの痛みに吐き気が止まらず、視点も意識も定まらない。



「……あれ……。まずいな……。こいつは……──」




 視界を黒が支配すると同時に、ドサリと遠くで音が鳴った。

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