第4話 ラストワン

 

 力の籠った声がゴブリンを通り越し、闇夜の森の中に溶ける様に消えていく。

 その瞬間、あれだけ騒いでいた夜鳥の声も不気味なほど静まり、シンとした空気に包まれた。



【ステータス】

 ──それは、ファンタジーを愛する者が抱く、永久不変な憧れの象徴。それを紡ぐだけで、個人の各種能力が正確に読み解ける、異世界の一般常識である魔法の言葉。



 ここは異世界。なら、憧れのステータスも絶対ある!

 そのステータスに載っているであろう勇者である俺の力が解れば、この状況を一変する事が出来るはずだ!



「おい、待ってろゴブ公! 今から俺の隠された力で、お前を倒してやるからな!」



 赤顔必至の中二病全開な台詞を吐きながら、ビシッとゴブリンを指差す。今まで散々バカにしてくれやがって! された分を倍返しにしてやるかんな!



 復讐心をメラメラと燃やしながら、自分の目の前に半透明のウインドウ画面が現れるのを今か今かと待つ。──が、



「……あ、あれ?」



 いつまで待っても何の変化も生まれず、俺の目には、相も変わらず鬱蒼とした森と、不審者でも見るかの様な視線を送るゴブリンしか映らない。



「ステータス! ステータスっ!」



 繰り返し叫ぶ。が状況は一向に変わらなかった。


 おいおい、嘘だろ! まさか、この世界にはステータスが無いのかっ!? 冗談じゃねぇ! ステータスが無ければ、勇者である俺の強さが解らないじゃねぇか! 



「クソ、どうなってんだよ!? ステータスだよ、ステータス! 俺のステータスを見せてくれよ!」



 だが、それを認める訳にはいかない。必死に、考えもしなかった最悪の現実を否定するかの様に、何度もその言葉を繰り返す。が、一向に俺の望む変化は現れてはくれなかった。



「もしかして言葉が違うのか!? ステータスオープン! オープン! 開けステータス!」

「ギャギャア?」



 気が狂った様に同じ言葉を繰り返す俺を見て、肩を竦めるゴブリン。「コイツ、おかしくなったんか?」とでも言いたげだ。いや、言葉が解るなら、実際に言っているかもしれん。もしそうなら、チュートモンスターとバカにしていたゴブリンに同情される現実。目も当てられないが、そんなの気にしている余裕はこっちには無い。



「あれか!? 形が違うのか!? なんか、ポーズでも決まってんのか!?」



 色々とポージングしながら、「ステータス!」と叫ぶ。見ればゴブリンのアホが、そんな俺を見て腹を抱えて笑い転げていた。おい、見せモンじゃねぇぞ!



「お願い! 開いてステータスちゃん! いや、さん! いや、様ぁ!!」



 眼をギュッと瞑り叫び続ける。一心不乱にただただ願う。願う先は、自分をほったらかしにするここに居ない誰か。ソイツに責任を取らせたかった。こうなったのは、オマエのせいだろう、と。



 ──その叫びが届いたのか、『ギシッ』とナニかがきしむ様な音。その音で目を開けた俺の視界に、熱望したモノが浮かび上がっていた。



「で、た……」



 視界の下に半透明で現れた、待望のステータス画面。



 ゲームのステータス画面に類似したソレは、俺の願望と欲求を丸ごと満たす様な、RPGゲームさながらに数字で事細かく表示されていて、堪らずかぶり付く。

 名前に性別、お、レベルもあるな。やっぱり1かよ。あとは──ジョブ!? ジョブもあるのか! でも空欄だ。なんで? そこは勇者で良いんじゃね? まぁ良いけどよ。 ……あとは、STRに、DEX、INTに……お、魔力!



 ──っと、興奮している場合じゃねぇ。細かい数値とかは後でゆっくり確認するとして、今はゴブリンを倒す方法を見つけないと!



 ステータス画面をさらに見ていくと、右端に矢印にあるのに気付いた。お、次のページがあるのか?


 矢印を意識する。と、それに応える様にステータス画面も切り替わり、そこにあったのは、【スキル・魔法】の文字。



「ビンゴぉ!」

「ガギャ!?」



 思わず声が出た。

 するとゴブリンがビクリと体を震わし、ジリジリと離れていく。さっきまで散々ビビりまくってた相手が無防備どころかガン無視を決めた挙句に騒ぎ始めたら、そりゃビビるわな。アブないヤツには近付かないってのは、万国共通を飛び越え異世界共通なのかも知れない。まぁ、ゴブリンヤツは放っておこう。



「スキルも魔法もあるなんて、解ってんじゃねぇかよ!」



 ステータス画面を切り替えた時と同じ様にスキルの欄を開く様に念じると、『ピコン』と機械的な反応を示した後に、【スキル一覧】とタブ分けされた小さなウインドウ画面が開く。だが肝心のスキル名は画面のどこにも載っていなかった。おいおい、そりゃねぇだろ!──って、待てよ。次があるな。



 下にあった矢印に意識を向けると、タブが入れ替わった。そのタブには【取得可能スキル 1/1】と書かれていて、たくさんのスキルが載っていた。



「……もしかすると、取得可能って事は、もしかしてここに載っているヤツが取得出来るって事か? なら1/1は回数か?」



 ワクワクしながらスキル名を確認していく。だが、【釣り】とか【採取】、【栽培】や【園芸】と、どれもこれも戦闘に使えそうにないスキルばかり。しかもその言葉尻には微だの初歩だの低級だのが付いている。なんだよ! もっとマシなの無いのか!


 いや、イライラしてもしょうがねぇ。今はビビッてるゴブリンだが、いつ襲ってくるか分からねぇんだ。ちまちましてもいられないが、だからって焦って見逃したらそっちの方が笑えねぇ!



 だが、スキル欄を読み進めても一向にまともなのが出てこない。こうなったら【言語理解】のスキルで、ゴブリンと交渉しようかと本気で思い始めた時──、



「……なんだ、これ?」




 最後の最後にあったのは、【異世界を識る者(ディープダイバー)5/5】の文字だった。


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