第34話 玩具の話

 普段は教会の地下にある特別懺悔室で来訪者の九割九分九厘に懺悔を強制しているグレゴリーだが、数少ない『カーディナル』の一人でもあるので、当然悪魔祓いに駆り出される。



 グレゴリーの戦い方にも、慈悲はない。



 ある程度の長さと重さを持つ鞭は、クラッキングができる。何かを叩いて音を出すのではなく、鞭の先端が一定の速度を超えるように振るうことで大きな音を鳴らす技術だ。達人になると、聞いた人間が打たれたと勘違いする程の音を鳴らせる。

 拷問狂と呼ばれるグレゴリーは、鞭の扱いにも長けていた。当てる当てない、傷を残す残さない、肉を抉る抉らないなど、どんな鞭でもぴたりと望みの打ち方ができるのだ。これは異能でも何でもなく、グレゴリーの修練の結果だった。


「じゃあ、楽しく踊ろうかぁ?」


 故にグレゴリーは当然、クラッキングができる。右耳の横、左足の横、頭の上、足の間。毒蛇のように素早く長鞭が撓り、ばちんばちんと乾いた音が鳴り響く。その一挙一動に踊らされているのは、『エクソシスト』であるにも関わらず、悪魔と取引した女。

 彼女は『エクソシスト』になってから何十年と悪魔祓いに携わっていた。しかし、悪魔の誘惑を受け続ける内に心が弱り、堕ちてしまった。『ディアボロス』――悪魔憑きとなった彼女は今や、祓われる側だ。


「はぁい、みーぎ、ひだりぃ、うえー、したぁ」


 そして彼女は、そして、彼女に憑いた悪魔は、よもや『カーディナル』が来るなどと思っていなかったため、逃げるタイミングを完全に見失ってしまった。だから、何とか隙を見つけてと考えているのだが、グレゴリーの鞭捌きには少しの隙もない。


「じゃあ今度は二本に増やすよぉ? 片方は当てる気で打つから、まぁ……痛いのが好きじゃないなら頑張ってねぇ」


 刹那、一際大きい音がした。それは、女の頬に鞭が当たった音。当人からすれば、音よりも衝撃と痛みの方が大きい。脳を揺らされ、ぐらぐらする体を無理矢理押さえつけた悪魔が視線を上げようとした時には二発目が飛んでいた。

 がつん、と顎を跳ね上げられる。悪魔は、右目の端に見えた鞭の先を避けようとしたのだが、そちらはフェイクだったらしい。グレゴリーは両手で二本の鞭を操り、『ディアボロス』を追い詰め――弄びながら、口許だけで嗤う。


「次は両方とも当てる気で打つからねぇ? ここからが本番だからぁ……死ぬ覚悟決めろよぉ?」


 鳩尾と額に激痛、かと思えば先刻とは逆の頬が打たれて奥歯が折れる。両足、ぐるりと巻きついて背中、悲鳴を上げようとした口に一発、前歯が弾ける。

 女は、悪魔と取引したことを心底後悔した。彼女は悟ってしまった――グレゴリーは、一撃で悪魔を殺すことができる。にも拘らず、彼女とまとめて嬲り殺しにしようとしているのは、彼女と同じように、悪魔の誘いに乗りかねない『エクソシスト』たちに対する教育みせしめのためだと。


「懺悔室ってのは、やっちゃった人間しか来ないんだよねぇ……やっちゃわずに済むならそれが一番いいと思わない?」


 彼女が最期に見た光景は、表情だけは慈悲深く、透明な笑みを浮かべたグレゴリーが、大きく腕を振りかぶった姿で。

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