14 セルジュの昔話


「ふははは……、見つけたぞセルジュ。待っていろよ、直ぐ駆け付けてやるからな、ふふふ……わあははははーーー」


 ゾクッ、寒気が。

「どうしたのセルジュ。風邪でも引いたの?」

「いや、風邪は引いていないが」

「噂かしら?」

 ユーディトが猫の目のような緑の瞳を光らせる。



  * * *


「ミュンデ伯領都にセルジュという冒険者がいるんだ。そいつをこの屋敷に連れて来てくれ。どういう手段を使っても構わん」

 王弟殿下グレッシェル公爵が依頼して、セルジュの居所が知れた。

 グレッシェル公爵は、セルジュを連れて来い(攫ってでも)と依頼したが、男はそんなことはどうでも良かった。

 昔の因縁、昔の恋心、昔の恋敵、ただの恨みが凝り固まって、もはや煮こごりになっていた。



 男は真っ直ぐセルジュの家に来て、どんどんとドアを叩く。

「うるさいな、何か用か」

 あまりにうるさいので追い返そうと、セルジュはドアを開けた。

「こんな所に隠れていたとは」

「別に隠れていないぞ」


 丁度お茶の時間だった。お預けを食らったユーディトが後ろからついて来て、男を覗き見る。

「何? コイツ」

「おい、何だその女は」

 男はべったりとセルジュにくっ付いた女を見て咎めた。

「オレの嫁だ」

「嫁──、何でお前に嫁……!?」

 男はしばし呆然と二人を見る。そして掴みかからんばかりにセルジュの肩に手を置いて凄んだ。

「おい、どういう事だ」

「どういうもこういうもこういう事だ」

 セルジュは男の手を跳ね除けて、ユーディトの腰を引き寄せる。


 しかし、お茶の時間だったのだ。テーブルにはアツアツのお茶が良い香りを放っていて、この前、薬草の森で見つけたラズベリーで、セルジュがタルトを作ってくれたのだ。それはもう、宝石のように赤くて艶々で綺麗で美味しそうなのだ。

 ラズベリーの下に敷いてあるカスタードクリームも、その下のタルト生地も、セルジュのお手製で、とおーっても美味しそうなのだ。


「ええいもう、サッサとしてよ。私はラズベリータルトが食べたいの。それとも、あっちでやってくれる?」

 ユーディトは男がうだうだして、なかなか帰らないので業を煮やした。

「何と、こんなのがお前の嫁だと!? 許せん!」

「あんたに許せんとか言われる筋合いはないぞ」

「おお、セルジュよ、そんな可愛い顔で、そんな可愛い姿で何を言う」

「ねえ、セルジュ。コイツどうして欲しい?」

 頭にタコマークを幾つも付けたユーディトが睨む。

「任せた」

 面倒くさいセルジュはサッサと降りた。

「アンタ、セルジュは私のものよ、一昨日おいで!」

 ユーディトは男の額にお札を貼った。お札は男の頭に吸い込まれて行った。

「一昨日……か。失礼した……」

 男は出て行った。



 二人でお茶にして、ほくほくとタルトを口に運んだ後で、ユーディトが聞く。

「一体何だったの、アイツ。一昨日だから、もう二度とこないと思うけど」

「さあ、よくあるから面倒で、時々河岸を変えているんだ」

「名前は」

「知らん」

「まあいいわ」

 ユーディトは目の前のタルトに集中した。



 二人でタルトを平らげて落ち着いてからユーディトが聞く。

「そういや、あの黒髪のやんちゃ皇太子から、結婚式の招待状が来ていたわね。あの皇太子と、どういう知り合い?」

「そっか、やっと結婚式か。俺、アルバイトで魔法の講師をやったんだ」

「へー」

「あいつが悪戯ばっかしして教師を皆追い出すから、その頃ギルドにいた俺に依頼が来たんだ」

「へー、そうなの」

 ユーディトはちょっと考えて聞く。

「迫られなかったの?」

「あいつはまだガキだったからな」

「えー? ちょっと、あんた幾つなの」

「お前は幾つだ」

「んー。まあいいわ」

 お互い、齢の事で話し合う気はないようだ。お前ら一体幾つなんだ。

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