12 黒の魔女の頼み(2)


「今日の用事は何なのですか、黒の魔女様」

 先輩の黒の魔女を一応は持ち上げるユーディトは、新参者で一番下っ端の魔女であった。魔女に序列など無いに等しいが。

「実はね私のアンテナにあんたが引っかかったのよ」

「どういう」

「毛生え薬なの」

「そんなの無理ですわよ。失ったものは取り戻せませんわ」

 首を横に振るユーディトにニャリと笑う黒の魔女。

「根毛が元気になったら、また生えて来るわよ」

「人に寄りますよね」

「そう、まだ失われていない根毛を元気にする薬よ」

「私には出来ませんわ」

 やっぱり首を横に振る。

「そうじゃなくてアンタの知り合いに誰か居ないの? 私のアンテナにかかったのよ、ピンクのチューリップが」

「ああ、アニエスちゃんね」

「そう、その子」

「じゃあ行ってみましょうか」

「行けるの? すぐに?」

 これは黒の魔女の烏が、国を跨いだ隣国の烏に聞いた又聞きの話だった。

「ええ」

 軽々とユーディトは答えると立ち上がってセルジュを見る。セルジュは頷いて隣の部屋からベランダに出た。三人がベランダに出るとセルジュが呪文を紡ぐ。

 黒の魔女はやばいと思った。風を受け、轟々と空を飛んでいる自分が見える。

「ちょっと、待って──」と言ったが間に合わなかった。

『風よ、我が意を聞け。飛翔』

 セルジュの魔法で飛ぶ。最近、風魔法で飛べるようになったので練習中であるが調節が難しい。黒の魔女はバランスを崩しそうになったが、ここは意地でも「ふん!」と踏ん張った。

 アニエスの屋敷に着いた時には、黒の魔女はヨレヨレであった。大人しく地に潜ればいいものを、誰がウィンドサーフィンなんかしたいものか。まだ烏に乗った方がマシだが、アレがまたびっくりすると四方八方にバサバサと飛び散る。

 どちらにしてもこの嫁にしてこの旦那アリだ。コレが済んだら暫らく彼らに近付きたくないと黒の魔女は思った。



「あら、ユーディト様。いらっしゃいませ」

 時ならぬ訪問者にも慌てず対応するアニエスは、ある意味大物であった。

「こんにちは。紹介するわ、この人黒の魔女なの、それでこちらがアニエスちゃん」

 ユーディトの紹介はとても簡単であった。仕方がないので黒の魔女がアニエスに尋ねる。

「あなたが毛生え薬を作ったと私のアンテナに引っかかりましたの」

「まあ、情報の早い。実は一昨日出来たんですの」

 アニエスがナスタチウムの葉から養毛剤を作ったという。

「前に魔女様に作って頂いた薬がありまして、頭の上にお花が咲きますの」

 アニエスが頭の上に手を持って来てパカと手を開いて見せる。

「もう薬効は消してあるそうなのですが、魔女様に薬を作るのに使ってもいいかとお伺いした所、わたくしの魔力で作るのであれば大丈夫だと仰っていただけて──」


 セルジュはあの薬の材料を思い出す。

 食虫魔草のビュンビュンと蔓が飛んで来る魔草ウツボカズラの蔓と、人を惑わせる胞子を噴き上げる幻想茸の夜光胞子と、飛んで何処ちゅうとこなく卵を産み付ける昆虫魔物の猩々蜻蛉の羽と──。

 言わない方がお互いにとって幸せだろうと、セルジュはだんまりを決め込んだ。



「ナスタチウムの葉の濃縮液と、あの薬を溶かした聖水で作ったエキスを、わたくしの魔力で、ゆっくり溶かしながら混ぜましたところ、一昨日やっと育毛剤というものが出来ましたの」

 アニエスは薬の瓶を十本ばかり取り出した。

「化粧水みたいに毎日頭に振りかけて使いますと根毛が元気になるんですの。まだこれだけしか出来ておりませんが、魔女様に頂いたお薬は、滾々と聖水の中で魔法エキスを作り出してくれますので、たくさん作れます。でも……」

 アニエスの顔が曇る。

「何かありましたの?」

「ナスタチウムの根に問題があるとか言われて……」

「あら、根を使わなければよろしいのでは」

「それはもう、葉しか使いませんのに」

「まあ、本当に根も葉もないとはこの事ね」

「どういう問題があるのですか?」

 ユーディトの言葉を無視してセルジュがアニエスに聞く。


「殿方がお食べになると、子種が薄くなるそうですの。お子が出来なくなったと……、そういう方がいらっしゃるようで」

「まあ、そうなのですか」

 黒の魔女は額に手を当てて考える。そういう噂があるのは困る事である。風評被害という奴であろうか。余計な因縁をつけられたら困る。

「どなたか不妊なのかえ?」

「王弟殿下が」

「毛生え薬の所為で?」

「いいえ」とアニエスは首を横に振る。

「前にナスタチュームの根を食べられたと聞いています。この薬が必要な方は大体お年を召していて、子種などもう必要ない方が殆んどなのですが──」


「んー、仕方がないわねえ」

 ユーディトは乗り掛かった舟だと思った。放って置くのはどうにも気にかかって気分が悪いのだ。

「行く気か。まあ仕方がないか」

 セルジュも行く気になった。

「あんたたち物好きねえ」

 黒の魔女は行く気が無いようだが、二人に無言の圧を受けて行かない訳にいかない。

 それで翌日アニエスとその旦那フォントネル公爵に案内されて、横槍を入れた王弟、今はグレッシェル公爵になっている男に会いに行く。

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