02 トレントの魔女(2)


セルジュは帰りに市場に寄って、果物やオートミール、卵、ミルクなどを肉と一緒に買い込んだ。


家に帰るとカカシ改めユーディトは、くうくうと気持ちよさそうに眠っている。

その寝顔をしばらく眺めてから、おもむろにセルジュは作業に取り掛かった。



「ああ、よく寝た」とユーディトは目を覚ました。見知らぬ天井、見知らぬ部屋、見知らぬベッド。寝返りを打とうとした。

「動ける」

辛うじて横に向けるだけだが、それだけでも素晴らしい。自分は助かったのだ。あと二、三日遅れていたら、間違いなく逝っていただろう。

それにしても、着ている服が、真新しい寝間着になっているが。


「起きた?」

ドアを開けて、ぶっきらぼうな男が戻って来た。

「ねえ。私の服、知らない?」

「全部捨てた。これ、ポケットに入ってたヤツ」

セルジュは回収してまとめた物をユーディトに見せて、ベッド脇のサイドテーブルに置いた。


「ええと、セルジュさんが私の服を脱がして……?」

「他に誰がいんの? オレ、カカシに欲情しないから」

「何か腹立つわね」

「欲情して欲しいの?」

ベッド脇に立った男が、上から見下ろした。無表情の整った顔が見下ろしている。とても怖い、唇が歪んで更に怖い顔になった。

「いや、結構よ」

かなり場数を踏んでいるように見えた。



考えてみれば、いや、考えなくても彼は命の恩人だった。

「助けていただいて、どうもありがとう、セルジュさん。服もありがとう」

「別に、オレの所為で死んだら、後味悪いし」

「しばらく厄介になっていいの?」

「アンタ、身内いないの?」

その、上から見下ろすのは止めて欲しい。

「も、もちろん、お礼はするわよ」

セルジュはまた「フン」と言って部屋から出て行った。

ユーディトには、よく分からない男だった。態度の割に妙に親切だしツンデレだろうか。


魔女に身内なんかいる訳ない。でも、木の股から生まれて来るというのは嘘だ。ユーディトにも親がいたのだ。

ユーディトが生まれた時、魔力があまりにも多過ぎて体の周りで渦を巻いていたそうな。親がユーディトを年老いた魔女に預けて逃げて行ったと聞いたけど、放り出さないだけましなのだと、そう思っている。


お陰でまだ生きている。年老いた魔女は魔女の薬の作り方も魔女の魔法も、それこそ読み書きから計算などの勉強も魔女の生き方も教えてくれた。

もう何年も前に死んでしまったけれど。

それからずっと街外れの年老いた魔女の家にひとりで住んでいた。



次にセルジュが入って来た時には、手に大きなトレーを持っていた。

オートミールをミルク多めで煮込んだポリッジと、塩コショウで焼いた肉。そして果物。

トレーをベッド脇のテーブルに置いて、またユーディトを胸に抱いて、ポリッジを口に運びながら、自分もお肉を食べて、時々ポリッジも食べている。

変な男だ。同じスプーンで食べているし。平気なんだろうか。

取り敢えず、ユーディトの腕は、まだ力が全然入らない。



  ***



セルジュの看病の甲斐あって、ユーディトは部屋の中を動けるぐらいになった。

「まあ、カカシからトレントぐらいには、なったな」

隣に寝ている男が言う。

トレントは木の魔物である。森の中で木に成り済まして襲って来る。木の枝を伸ばしたり振り回して襲って来るが、堅いし背が高いのでなかなか厄介な魔物だ。


自分を魔物に例えるのが気に入らなくてユーディトは口を尖らせる。

「何で一緒のベッドに寝るのよ」

「ベッド一つしかない」

カカシの頃はどこか他所で寝ていた男は、ユーディトがトレントぐらいになると一緒のベッドに入って来た。ベッドは広くて四、五人が寝れるし、セルジュは襲い掛かってきたりはしないが触るのだ。


「何で私にさわるのよ、トレントって言ったじゃない」

「その内、並みの女になる」

先物買いだろうか。ユーディトの肌は白いので、白樺とかそっち系のトレントなのか。髪は藁色から金色に戻った。目もカカシのまん丸から、緑の猫の目に戻った。

しかし、手も足もまだ細くて、セルジュに引き寄せられて、ジタバタと動かす姿はトレントにそっくりだ。


「女嫌いなんでしょ」

「まあね、蕁麻疹出るし」

変わった男だ。蕁麻疹が出ていないという事は、女認定されていないという事か。それはそれで、なんか悔しいと思う。

「枕にもならないな」

触りまくった挙句に文句を言う。

「胸が欲しい。ずん胴だし」

「……!」

ユーディトは枯れ木の腕で、彼を殴っておいた。




トレントの魔女に殴られてもちっとも痛くない。

セルジュが拾った干からびたカカシだった女はこの頃トレントまで昇格した結果、立派に女に見えた。しかも、いつもの蕁麻疹に、今のところ見舞われていない。

セルジュが触ってもどうも無い女は、年寄りか幼児に限られていた。

こんなにユーディトに触れまくっても、身体が蕁麻疹的な意味で反応しないのは非常に嬉しい。ちょっと期待しているセルジュであった。

セルジュが女性に対して望むことはたった二つ、年齢的に守備範囲の女性であることと蕁麻疹が出ないことであった。

こんな低い望みであるにもかかわらず、この歳まで巡り合わなかった。




セルジュは時々仕事に行っているが、ユーディトはベッドのある二階の部屋からあまり出られないので、置いて行かれている。のんびりゴロゴロ三食昼寝付きであった。


セルジュが出て行けと言わないので、ユーディトは居座りを決めている。

何故かって、居心地がいいからだ。セルジュは口は悪いが、ユーディトを丁寧に扱ってくれる。今日だってお昼用にサンドイッチと果実水、おまけでクッキー迄添えてある。


ユーディトは魔女なので嫌われるか、追い払われるか、悪意を持って近付かれるかだった。

魔女は街の外れに一人で住むものと、みんな思っている。ユーディトみたいに綺麗な魔女になるとそこに雑念が入り込む。たとえ今はトレントだとしても、前は綺麗だったのだ。

そして男に騙されて、ミュンデ伯の肩書で呼び出されて、話をと座った所で呪われて、この体たらくだ。ユーディトは自覚していないが世間知らずの部類に入る。長らく魔女の家で頼まれた薬を作って一人で暮らしていた。

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