第8話 ふるさとの味


「最後さ紅しょうが入れるど、二度楽しめるんや。試しに食ってみれ」


「えっビックリ。はい、そうします」


 素直にうなづいていた。主人は他の客に聞こえない小さな声で話していた。


「紅はうぢの母っちゃみだいに、気強ぇがら最後にしろ。選ぶのはゆっくりでえーがら。タマゴ料理には薬味大切なんや」


「それなら、お勧めにしてください」


「あいよ、ノリノリで」


 面白い人だと思い注文をするが、彼から駄洒落だじゃれが戻されてきた。


 暫しすると、いぶりがっこや海苔まで載るどんぶりが出されてきた。紅しょうがは小皿に別添えである。男は三十代後半の歳だろうか。「母っちゃ」の言葉と共に、なぜかふたりの関係が気になってくる。


 ふたを開けた時の卵のほんのりする香りに我を忘れて妄想ばかり浮かんでしまう。食欲に勝る欲望は脳裏から消えてしまいそうだ。


 もう料理の能書きは聞きたくない。


 耳もとに届く音色はいつの間にかグウグウから濁点が消え失せ、今すぐに食わせろとクウクウと囁いてくる。垂涎すいぜんはおろか生唾まで喉元に出かかっている。もはや一刻の猶予もない。迷うことなく、箸をつけていた。


 鶏肉のジューシー感に続いて、大根の燻製くんせいの香りが口いっぱいに広がり、後から海苔らしい海の風味が追いかけてくる。ごはんにかかるだし汁もコクがあり美味しい。もちろん、紅しょうがを入れて奥深い味覚を二度楽しんでいた。

 

「また、来てくださいね」


 温かい女性の言葉に見送られ、店を出てくる。懐かしい言葉と味に、自分の故郷、秋田をさらに思いだしてしまう。メニューは親子丼しかないのに、これから先、昼飯にどんな味が楽しめるのかワクワクしてきた。

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