銀河宇宙のサムライ・ソルジャー

川越トーマ

第1話 プロローグ 

『司令部より各艦へ。大和皇国(やまとこうこく)移民船は第六惑星の軌道まで後退する。全艦、総力を挙げ、これを支援せよ。繰り返す、大和皇国移民船は第六惑星の軌道まで後退する。全艦、総力を挙げ、これを支援せよ』

 若い男の凛とした声が狭く薄暗い階段状のコントロールルーム内に響きわたった。

 コントロールルームにいる誰かの声ではなく通信装置から流れてきた声だ。

 すでに、敵の亜光速ミサイルにより我が軍の前衛艦隊は全滅し、残るは我々の乗る強行偵察艦『朧(おぼろ)』ほか一〇隻の後衛艦隊だけになっていた。


 そこは、敵の本星から遠く離れた赤色矮星グリーゼ六六七Cの第五惑星の軌道上で、敵の本星から見れば我々は第五惑星の陰に隠れているポジションだった。

 第五惑星は、圧倒的な存在感を放つ巨大なガス状天体で、漆黒の宇宙空間を背景に白や茶色の縞模様を浮かべ、妖しく輝いている。

 我ら後衛艦隊は、そんな宙域で幅数百キロの横列に展開し、後方を航行する直径三キロの円筒形の移民宇宙船を護衛していた。


 コントロールルームには室内全体を照らす直接照明はなく、空間に投影された光学モニターが映し出す第五惑星の妖しい光やスイッチパネルのランプなどが室内を彩っていた。

 ちょうど黄昏時のように、近くにいる人間の顔が識別できる程度の薄暗さだ。

 コントロールルームにいたのは、俺も含めた七人の男女だった。

 皆、金色に輝く桜の花の徽章と赤い階級章を襟につけた黒い詰め襟の軍服を身につけている。

 そして、強烈なGに耐えられるように設計された如何にも頑丈そうな黒い座席に、四点式のシートベルトで身体を固定して座っていた。

 皆、緊張した面持ちで、堅苦しい雰囲気を漂わせている。

 座席は階段状に段差を設けた床に、中央に正方形のスペースをあけるように配置されており、一番前の段には二人が並び、段数は全部で四段、俺の席は二段目でスペースの左側だった。

 室温は二十二度、湿度は五十パーセントに設定されていて、暑くも寒くもなかったが、人間の体臭と殺菌用のオゾンの匂いが狭い空間にこもり、何とも言えず息苦しい。


「敵機動兵器接近! 距離三六〇〇〇。数量十二。二時の方向です!」

 三段目右側の席に座っていた索敵担当の葉隠治忠(はがくれ・はるただ)先輩が、彫の深い整った漆黒の横顔を緊張でこわばらせながら叫んだ。襟の階級章は銀色の星二つ、一等兵だ。

 葉隠先輩の声を合図にしたかのように、各人の目の前に空間投影されていたレーダーの画像の横に光学カメラの望遠レンズがとらえた敵機動兵器の姿が映しだされた。

 暗黒の宇宙空間で赤色矮星グリーゼ六六七Cに照らされ赤銅色に輝く敵機は大雑把に言えば十字架のようなフォルムだった。

 神聖さよりも、死をイメージさせる不吉なデザインだ。

 敵機は、その十字架の一番長い部分をこちらに向け、上下左右からこちらの艦隊を取り囲むように接近していた。

 光学映像を見る限り、光を完璧に反射する鏡面装甲の機体であるようだ。

 そして、鏡面装甲であるならば、光学兵器に対する耐性は高くてもステルス性は皆無のはずで、もっと早く接近に気が付くはずだった。

 距離三六〇〇〇キロといえば高速航行を行う宇宙戦闘艦にとっては至近といってもいい距離で、光学兵器はおろか下手をすれば電磁誘導砲など実体弾の有効射程だ。

 味方の戦闘艦が高出力レーザー砲による迎撃を慌てて開始したが、無人機としか思えない急激な回避運動とレーザー光を乱反射する外装のため、撃墜には至らなかった。

 俺たちの乗る強行偵察艦『朧』はステルス性を重視した全長一〇〇メートル程の小型艦で、火力は重視されておらず、残念ながら高出力レーザー砲のような長射程の兵器は装備していない。そのため、手をこまねいて推移を見守るしかなかった。 

「何故、接近に気付かなかった!」

 瓜生右近(うりゅう・うこん)副長の声が鋭利な刃物になって葉隠先輩を切りつける。

 振り返って様子をうかがうと、黒い髪を短く刈り上げ猛禽類のような雰囲気を漂わせた眼つきの鋭い痩せた士官が、四段目の席で激しい苛立ちの表情を浮かべていた。

 襟の部分の小さな赤い階級章には黒いラインが二本入っており星は金色で二つ、中尉だ。

「レーダーに感なし」

 もう一人の索敵担当、武者小路雅春(むしゃのこうじ・まさはる)が、ふてくされたような声で応じる。座っていたのはスペースを挟んで俺の右隣に当たる二段目右側の席だ。

 彼は色白で長い前髪からのぞく目は細く涼し気だったが、気性は激しそうだった。

 階級章はラインなしで銀色の星一つ、俺と同じ二等兵だ。

「空間跳躍の技術でも持っているのか、奴らは」

 瓜生副長の左側に座っていた流川瑠偉(るかわ・るい)艦長が、ウェーブのかかった茶色の髪をかき上げた。                          

 彼一人だけ階級章のラインは銀色だった。星は金色で一つ、少佐だ。

 多少年齢を感じさせる垂れ目気味の甘いマスクは困惑の色を浮かべていたが、すぐに自分がなすべきことを思い出したようだった。

「ミサイルによる攻撃準備」

 流川艦長によるその声で、瓜生副長もようやく冷静さを取り戻した。

「ステルス航行堅持。ミサイル発射管、すべて開け」

 副長は、艦長の指示を具体的な内容にブレイクダウンする。

「ミサイル発射管、開きます」

 俺、鍛冶賢人(かじ・けんと)二等兵は復唱しながらコンソールに指を走らせた。

 我が大和皇国のほとんどの艦艇も、敵の機動兵器同様、原則、光学兵器をほぼ無効化できる鏡面装甲が施されている。

 しかし、俺たちの乗る宇宙船『朧』は偵察が主任務であり、ステルス性を重視したが故に鏡面装甲は施されておらず、光学兵器に対する耐性は皆無といってよかった。

 だから、攻撃に転じるにしても、なるべく相手に捕捉されないようにする必要がある。

「ミサイル十八本放出後、仰角六〇度に転舵」

「ミサイル十八本放出します」

 ミサイルは発射ではなく放出だった。

 低温ガスの圧力でミサイルを射出し、時間をおいてリモートコントロールで点火する。敵に居場所を捕捉されないようにするためだ。

 相手が赤外線センサーで攻撃元を特定しようとしても『朧』はすでに転舵していて、そこにはいないという寸法だった。

「ミサイル放出後、仰角六〇度に転舵します」

 最前列の俺に近い方に座っていた操艦担当の真田小夜(さなだ・さよ)二等兵が、復唱しながら小さな顔をこちらに向けた。小動物のような雰囲気のおかっぱ頭の少女だ。

 黒い髪、黒い瞳に、白磁のような白い肌、桜色の唇で化粧っけは全くない。

 こんな状況なのに、ひどく落ち着いて見えた。

 彼女は言外に『ちゃんと合図して』と俺に目で訴えた。

 俺が黙ってうなづくと、彼女は何故か少しだけ嬉しそうな表情を浮かべたように見えた。

 俺も一瞬、胸の中が温かくなる。

 しかし、今は非常時だ。

 俺は気を取り直して火器管制システムの操作に集中した。

 ミサイル発射管は全部で六門、コバンザメのようなフォルムの『朧』の艦体の下部、前の方に左右三門づつ設けられている。

 三連続の放出はすぐに終わった。

「ミサイル放出完了!」

「転舵!」

 俺の声にかぶせるように小夜の声が響き、Gが俺たちの身体をシートに押し付けた。 

「敵機、ミサイル発射、数量、三〇、六〇、いや、一〇〇を超えます」

 転舵した直後、葉隠先輩の声が響き、俺の身体に緊張が走る。

「リモートミサイル点火! 敵機を叩き落とせ!」

 流川艦長の声を受け、俺は火器管制コンピューターが仮設定していたターゲットを震える指で確定させた。

 十八本のミサイルが獲物を求めて鷹のように飛翔する。

 俺たちの艦隊と敵機の間でミサイルが交錯し、超電磁砲の砲弾が飛び交い、パルスレーザー砲の火線が煌いた。

 虚空に閃光の花が咲き、ミサイルが切り裂かれ、敵機が粉々になり、味方艦艇が爆発した。

 闇の中に光の饗宴が開かれる。

「重巡航艦『知多(ちた)』被弾、駆逐艦『信濃(しなの)』大破。畜生!」

 雅春の声の最後の部分はかすれていた。

 敵機の大半を撃破したものの、撃墜しきれなかったミサイルと、電磁誘導砲の砲弾が味方を抉り、食いちぎり、引き裂いていく。

 電磁誘導砲は、電磁力を使って金属製の砲弾を発射する兵器で、遠距離攻撃は苦手だが至近距離での破壊力は侮れず、おまけに我が艦隊が誇る鏡面装甲では防ぐことができない。

「敵機接近! 距離二〇〇〇〇。数量十八。十一時の方向!」

「何!」

 先ほどよりもさらに近距離だった。

 あんなに目立つ機体が、どうやってレーダーによる索敵から逃れているのか全く分からない。

「ミサイル放出、数量十八。放出後の転舵任せる」

「ミサイル放出します」

「ミサイル放出後、転舵します」

 疑問が何も解決しない中、流川艦長の短い指示に俺と小夜が素早く反応した。

「ミサイル点火!」

 敵の機動兵器に俺たちの発射したミサイルが襲い掛かる。

 敵もミサイルを発射しはじめたが、こちらの対応が早かったこともあり、その数は第一陣のものを大きく下回った。

 味方の電磁誘導砲も次々に火を噴いて、俺たちは味方の駆逐艦一隻と引き換えに第二陣の敵機動兵器の撃退に何とか成功した。

「くそ、どうなってる!」

 雅春の吐き捨てるように叫んだ。

 それと同時に、今度はレーダースクリーンに表示されていた俺たちの艦隊の旗艦である宇宙戦艦『出雲(いずも)』の敵味方識別信号が突如消失した。

「えっ!」

 雅春が慌てて光学カメラの映像を拡大表示した。

 すると、そこには艦体の中央部分を引き裂かれ、金属片をまき散らしながら爆発四散していく大和皇国最大最強の宇宙戦艦『出雲』の残骸が映し出されていたのだ。

 俺たちは、一瞬言葉を失った。

 絶望感に打ちひしがれた俺の脳裏には、ここに至るまでの一連の経緯が、フラッシュバックしていた。

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