第2話「買い物と気づき」

第二章


「おーっす」

「あ、おはようございます。」

 次の日、約束通り駅前で待ちあわせた僕たち。

 バスを待つ間、何となく聞きたかったことを聞いてみた。


「未来って、どこ出身?」

「私ですか?千葉県です。」

「へ、そうなの?」

 思わず変な言葉が出てしまった。

「僕の実家も千葉県にあるんだよ。南房総市の、うんと先の方だけどね。」

「そうなんですか!私は鴨川です。」

「シーワールドだっけ。大きな水族館があるところだよね。」

「そうです!」

「実家、結構近かったんだね。」

 奇遇なこともあるものだ。

 どこかで会ったことがあるかも…、なんて妄想が一瞬膨らんだが、それはさすがに     

 飛躍しすぎだと思って自重した。

 しかしもう少し踏み込んでみたいと思う気持ちに、争うことができず…。

「今度二人で出かけようか。」

「ふえ?」

 こんなすっ飛んだ提案をしてしまった。

「嫌だったら聞き流してくれて構わないから。」

「…いえ、そんな事はないです。こういうお誘いって受けたことがなかったので、 ちょっと  びっくりしちゃっただけです。」

「ああー。」

 別に、そこまで気にすることないのに…、って思うのは、あくまで僕自身の感覚でしかない。

 

 しばらくして乗車したバスで、運よく二人掛けの席に座ることができた。

「し、失礼します…。」

「う、うん。」

 そんな言い方をされるとこっちまで緊張してしまう。

「明日って時間ある?」

「はい、明日でしたら終日空いています。」

「それじゃあ、明日どこか行こうか。」

「は、はい。よろしくお願いします…。」

 若干頬を赤らめている未来を見ていると、なんだかとても照れくさい気持ちになっ

 てしまう。

 

 学校までは、おおよそ三十分ほどで到着する。

 それからはお互い会話はなく、静かにバスに揺られていた。

 チラッと隣を見ると、今にも眠りそうな感じでコクリコクリと頭を揺らしている。

(転校したばかりだもんな。寝ても疲れが取れなかったんだろう。)

 そうなると、僕が窓際に座ったのは失敗だった。

(…仕方ない。)

 未来の肩を軽くたたいて、「寄りかかっていいよ」と囁くと、よほど疲れていたの  か、素直に寄りかかってきた、のだが…。

「え?」

 明らかに腕を絡めるしぐさをしてきている。

 少し照れくさいけど、これで未来の気が休まるならと思って、腕を差し出した。

 するとぎゅっと腕につかまった未来は、安心した表情で寝息を立てて眠ったようだった。

「まあ…、いいか。」

 クラスメイトに見られていたらちょっと面倒だと思ったけれど、そんなことは今さら考えても遅い。

 少し過保護なことをしたり考えたりしているとは思うが、これが僕の役割だと思っているし、何よりも僕自身がしてあげたいと思ってやっていることだ。

 未来と出会う前の僕からすると、絶対にらしくない行為をしていると思う。

 生意気な言い方だが、人生って分からないことだらけだ。

 

 教室に入ると、僕たちの姿を見た瞬間に、クラスメイト達がひそひそと話し始めた。

「気にしなくていいから。」

 そう耳打ちしたら、小さな声で

「ありがとうございます。申し訳ございません…。」

 と言われたが、当然ながら未来は何も悪いことはしていない。

(それなのに…。)

 なんで謝らないといけないのだろうか。

 なんだかとてもやるせない気持ちになってくる。

 チラッと時計を見てみると、始業の時間まで二十分くらいある。

 その間、ずっとこの場にいるのは辛いかもしれない。

 いろいろと学校生活に慣れるのは、来週いや、再来週でも遅くないだろう。

「未来、ちょっといい?」

「どうしたんですか?」

 僕は未来を連れて屋上へ行くことにした。

 本来この時間は、屋上は施錠されている。

 しかし先生に「昨日紹介したかったけど時間がなかった。少し時間ができたから、  

 今のうちに案内をさせてほしい。」と相談したところ、僕の心の内を察したのか、「こっそり行けよ。」と、特別に許可を得ることができた。


「うわ、すごい…。」

「そうかな?」

 僕には何の変哲のない、普通の学校の屋上にしか見えない。

 園芸部が育てている植物がある以外に、特に紹介するところはないからだ。

「…よかったんですか?昨日校長先生から学校のことを伺ったとき、屋上はお昼休憩の時間と放 課後しか開放していないって仰ってましたけど…。」

「大丈夫だよ。気にしなくていいから。ほら、そこ座ろう。」

 校長から話を聞いているのなら、僕のほうから詳しい説明はしなくていいだろう。

 そう思って指さしたベンチに、二人で腰を掛ける。

「落ち着くでしょ?」

「はい…。」

「ん、どうかした?」

「なんで私のために、ここまでしてくれるんですか?」

「そうだなー。」

「すみません。もちろん嬉しいんですけど、こんなに良くしてもらったこと、今まで無かったか ら…。」

「なんでとか、そういう理由はないよ。僕がしたいからそうしてるだけ。それだけだよ。」

 キョトンと目を丸くして驚いた未来だったが、嬉しさを隠せないといった表情で、

「ありがとうございます。」

 と言って、満面の笑みを見せてくれた。

「昨日も言ったけど、何かあったら僕に言ってね。」

「はい。」

「疲れたときは、ちゃんとそう言ってね?」

「はいっ。」

 よかった。少しだけ表情が和らいでいる。

 この時間、これからしばらくの間少しだけ使わせてもらうように頼んでみよう。

「それじゃあ、戻る?」

「えっと…、まだあと十分くらいありますよね?」

「うん、あるけど…。」

「もう少しここにいたいです。」

「ん、りょーかい。」

 立ち上がりかけた腰をもう一度下ろして、二人で何をしゃべるわけでもなく、この時間と空間を楽しんでいた。

 一応チラチラと入り口のほうを確認して、その都度人がいないことを確認していた

が、この辺りは流石というべきか、この時間に無断で屋上に来る生徒はいないようだ。

 一応僕たちは担任の先生に断っているし、理由だってあるから、万が一他の先生に見つかったとしても、怒られることは無いだろう。

 

 それから少しして予鈴が鳴ったため、僕たちは教室に戻った。



「ふいー。」

 昼休みになった。

 さすがは名門の進学校とだけあって、授業は速度も速く難易度もなかなかのものだ。

(入学したての頃は、ノートに書き写すだけで精いっぱいだったっけ。)

 そう考えると、今は少し成長したのかもしれない。 

 この環境にも少しだけ慣れた、と言えるかは正直に言って微妙なところだが、今は隣で疲れた表情のまま座っている未来のことが、とても心配になってしまう。

 疲れたら言うようにって言っても、なかなか難しいんだなと思った。

「お昼ご飯どうする?」

「あ、自分で作ってきました。簡単な料理ですけど…。」

「すごいな…。」

「祥太郎さんは?」

「僕は、いつもメロンパンと自作のブラックコーヒーだよ。」

「それで足りるんですか?」

「んー、あんまり食に興味がな、いから…。」

 ふと周囲に目を向けると、僕たちのことを遠巻きに見ながら、ひそひそと何かを話している。

「ちょっと場所を変えよう。」

 これ以上あの空間に居るのは、よろしくない。

 未来の手を握って、いつもの場所へ行くことにした。


「ふう…。やっぱりゆっくりできるところは、ここしかないか。」

「あ、あの…。」

「ん、ああ、ごめん。」

 うっかり未来の手を握っていたことを忘れていた。

「いえ、大丈夫です。ちょっとびっくりしちゃっただけです。」

「気を付けるよ。」

 気分を切り替えるように、水筒に入っているコーヒーをコップに注いで、一気に飲み干した。

「うん、美味いな。」

「自分で作っているんですよね。毎朝大変じゃないですか?」

「んー、別に大変だと感じたことは無いかな。数少ない趣味の一つだから、むしろ楽しいくらい だよ。」

「すごい…。」

 大したことは言っていないから、こんな反応をされると、恥ずかしくなってくる。

「飲んでみる?食前だけど。」

「えっ?」

「はい。」

 コップを差し出すと、すごく恥ずかしそうに受け取って、一口、一口と、小さな口で飲んでいる。

「美味しい…。ありがとうございます。」

「どういたしまして。そうだ、どうせなら、明日から二人分のコーヒー作ってこようか 

 な。」

「いえいえそんな…。私のことはお気になさらずですので…。」

「別に一人分も二人分もそう変わらないし、誰かに飲んでもらえるのって嬉しいから、飲んでく

 れると嬉しいかな。」

「あっ…。はい。分かりました、お言葉に甘えさせていただきます。」

「サンキュ。」

 一安心したところで、メロンパンを食べ始めると、未来が弁当を取り出した。

「え、すごっ。」

 色とりどりの具材で敷き詰められたその弁当は、汁物が付いたら一汁三菜という構図が完璧に出来上がるほどに、料理素人の僕から見ても、栄養バランスの良い弁当だということは、一目瞭然だった。

「おばあちゃんが、よく教えてくれたんです。お母さんとお父さんは、お店のことで忙しい日が 多かったので。」

「へえ、そうなんだ。」

 昨日も同じようなことを考えたが、他人の家の事情に踏み込むことは、時として大きなリスクを伴う。

 今の未来も、心なしか少し暗い表情をしている。

「優しいおばあ様だったんだ?」

「はい、とっても。だから今、ちょっとだけ寂しいです。」

「未来のそのお弁当を見せたら、きっと嬉しくなると思うよ。」

「そんな…。私なんかまだまだです。」

「そんなことないと思うけどな。ここに模範的なダメ人間がいるだろ。」

「そんなことないですし、そんなこと言わないでください。…そうだ、もし祥太郎さんのご迷惑 でなければ、明日から私にお弁当作らせてください。」

「いやいや、そこまでしてもらうのは申し訳ないから、いいよ。」

「私がそうしたいんです。ダメ、ですか…?」

「いや、えっと…。それじゃあ、お願いします。」

「ふふっ、やった。」

 出会って二日目とは思えないほどに打ち解けられている気がする。

 今のところは不自由なく、と言いたいところだが…、トイレなどを利用する際は、どうしても不便さを感じてしまうようだった。

 それもそのはずだ。教室移動の際など、時間が限られているときでも使用できるのは一か所のトイレのみ。

 これでは不便を感じるのも当たり前だ。

「何か食べたいものありますか?」

「それは、未来にお任せするよ。どうせなら、未来が得意な料理を食べたいかな。」

「得意な料理ですか…。分かりました。張り切って作りますね。」

「ん、ありがと。」

 誰かと昼食を食べるのなんて、いつぶりだろう。

 こんなに楽しいものだったっけ?

 それすらも忘れてしまっていた自分は、思っていた以上に心が荒んでいたのかもしれない。

(それだったら…。)

「明日、二人でお買い物に行かない?」

「お買い物ですか?」

「うん。食材でも雑貨でもなんでも。近くにショッピングモールがあるから、そこに行くのはど うかな?」

「いいですね!よろしくお願いします。」

「決まりだね。」

 平然を装っていたけれど、断られたらどうしようかと内心とても不安だった。

「そうだ、よければ連絡先交換しない?」

「…いいんですか?」

「もちろんだよ。」

「ありがとうございます。」

「んっ。」


『ピロリン』


 どうせならと、アプリではなく電話番号とメアドなど、連絡先全てを交換することにした。

 アプリのみだと、お互い何となく心もとないという意見で一致したからだ。

「ありがとうございます。同い年の方と連絡先を交換したの、初めてなので嬉しいです。」

「それならよかった。」

 にっこりと笑って見せると、未来は恥ずかしそうに俯いてしまった。

(少し格好つけちゃったな。)

 柄にもないことをしてしまったが、今さらしたことを考えても仕方がない。

「そろそろ戻ろうか。」

「はい…。」

 とりあえず昼休憩時間の場所は確保できた。

 あとはクラスでどうやって馴染むことができるのかが課題であるが、先生が色々と調整をしてくれている最中らしいから、その結果を待ってから考えても遅くはないかもしれない。

 こればかりは、僕の力だけではどうにもできないことだから。

 未来が僕のことを頼ってくれるように、僕も先生を含め、大人のことを頼る必要があるし、大人の力を借りないと、そもそもこの問題はどうにもならない。

「祥太郎さん…?」

「ん、ごめんごめん。なんでもないよ。行こうか。」

 座っていた未来に手を差し出すと、照れくさそうな顔をしながら、ゆっくりと握り返してくれた。


 さて、楽しかった時間もつかの間、

 今日の午後の授業は体育だ。

 事前の話し合いで、体育の授業はクラスメイトが慣れるまで、男子チームで行動することにした。

 本当なら、こういう時にも女子に混ざって行動したいのかなって思うけれど、こればかりは、もう少しの時間が必要だと感じている。

 それともう一つ考える必要があったのが、着替える場所の確保だ。

 これも先生と話し合って…というかこういうことは学校全体で事前に話し合っておくべきことだと思うのだが、決まっていなかったことは仕方ないので、僕も介入する必要があった。

 更衣スペースの無いバリアフリートイレを使うのは、衛生上よくないということで、僕たち男子が早めに着替えを済ませて、未来にはそのあとに着替えをしてもらうことにした。

 しかし男子更衣室は全学年共通で、時には来賓者も使用することがある。

 そのため未来が着替え終わるまでは、更衣室の前に僕が立っていることで、一応話が落ち着いた。

 これは未来にも了承を得ているが、早急に設備を整えてもらうよう、要望しておいた。

「未来ー、大丈夫か?」

「は、はい大丈夫です。もう少しで終わりますので…。」

 授業開始まであと五分くらい。

 今日は昼休憩後の五限目だったから余裕があったが、他の時間に体育があった場合は、もう少し考えないといけない。

「すみません、お待たせしました。」

「おー…う。」

 更衣室から出てきた体操服姿の未来は、なんというか、とても似合っていた。

 語彙力が一気になくなってしまったが、女子用の体操服はもちろん、頭の後ろで縛っている髪型もとても似合っている。

(ポニーテールってやつか。)

「あ、あの…。」

「へ?」

「私、どこかおかしいでしょうか。」

「ううん、そんなことないよ。すごく似合ってるなって思って。」

 思わず口に出してしまった自分を殴りたくなったが、目の前の未来を見ると、トマトのごとく頬を赤らめて、目線を泳がせていた。

「ありがとうございます…。」

「じゅ、授業が始まるから、早く行こう。」

「はい…。」

 自分のこういうところ、はっきり言って嫌いだ。



「終わったー。」

「終わりましたね。」

 今日の授業は五限で終わりのため、他の曜日よりは早く帰宅できる。

「体育、どうだった?」

「うーん…。」

「どちらかと言うと、他の男子たちが難しい表情をしてたよな。」

「そうですね…。体育の授業は、見学したほうがいいのでしょうか。」

「いや、そういうことはしなくていいんだよ。悩まないといけないのは、この学校の上層部の人 間たちだから。週明けにまた、先生と相談しておくよ。」

「祥太郎さん…。」

「ん?」

「いつも私のことを気にかけていただけるのは、とても嬉しいです。でも、それで祥太郎さんに ご負担をかけてしまうのでしたら、私はこれ以上望みません。」

「…とりあえず教室を出ようか。ちょっと歩きながら話そう。」

「わかりました…。」

 もともと教室には僕たちしかいなかったが、何となく歩きながら話したかった。

 初夏の夕暮れは、暖かさと暑さの中間を這うような、そんな不思議な気分になる。

 実はこの時間は、学校を出ても少しの間バスが来ない。

 それも考慮して、この時間を選んだのだ。

「未来。」

「はい?」

(周りに人は、いないな。)

「よっ。」

「ふえっ?」

 一応周りに人がいないことを確認してから、僕は未来の肩をつかんで抱き寄せた。

 あることを確かめたかったから。

「体、力入ってるでしょ。」

「そ、そう、でしょうか?」

 体は本来、緊張しているときなどに力が入ってしまうが、反対にリラックスしているときは適度に筋肉が解れるようにできている。

 いわゆる、交感神経と副交感神経というものだ。

 しかし過度なストレスが継続的にかかった場合、本来であればリラックスできる空間や時間でも、リラックスすることができなくなる。

 正確には、常に緊張状態になってしまうため、リラックスできていると錯覚するようになってしまうのだ。

「緊張するなっていうほうが難しいよな。転校してきて間もないんだし。」

「すごいですね、祥太郎さんは…。なんでもお見通しされちゃいます。」

「ははは。」

 流れでクシャっと頭を撫でてあげると、照れくさそうに笑った。

「その笑顔が見れるなら、これからも頑張れそうだ。」

「………っ!」

 言葉にならない声を出して、限界化したかの如く、僕の腕にしがみついてくる。

「今日はこのまま帰らせてください。」

「んっ、いいよ。」

 これからどうなるかなんて、今考えても分からない。

 正確に言うと、分かる部分と分からない部分が混在していて、それが未来の中で不安という形になって、現れてしまっているのだろう。

 だから今、僕にできることは、現時点で解決できることに関して未来を不安にさせないこと。

 そしてこれは先生に頼まれたからではなくて、僕自身がしてあげたいと思っていることだ。

 さっき口に出したように、あの笑顔が見れるなら、それだけで十分に頑張れる。


 バス停に立つ僕たちを、夕暮れの赤い光が包み込んでいく。

 二人しかいないバス停は、なぜだか特別な空間に感じる。

「カバン持つよ。体操服とかあるから、重たいでしょ?」

「いいんですか?」

「全然いいよ。」

「ありがとうございます…。」

 半ば格好つけるようなことを言って受け取った未来のカバンは、何というか、とても軽かった。

 おそらく余計な教科書やノートなどは持ってきていないのだろう。

(これが普通なんだよな。)

 チラッと横目を向けると、安心しきった表情で僕の腕に抱き着いている未来がいる。

 ちなみにこのバス停は、本校舎からは死角になっていて、校門付近に生徒がいない限り見られることは無い。

(でも、一応気をつけないといけないな。)

 未来の感情や言動、思想、行動すべてが普遍的に受け入れられる世の中って、どんな感じなんだろう。

 その時はお互いが暮らしやすい世の中になっているといいな。

 そしてそれが、少しでも早く来ればいいなって思っている。

 そんな感じで、いつものように考え事にふける前に、

「明日、何時ごろ待ち合せようか?」

「何時でも、大丈夫ですよ。」

「十時じゃ早い?」

「いえいえ、大丈夫です!」

「それじゃあ十時に、未来の家の前で待ち合せようか。」

「はい。よろしくお願いします。」

「こちらこそ。」

「…えへへっ。」

 嬉しそうに笑ってくる。

 これは、かなり可愛い、と思う。


 それから少しして到着したバスの後方の二人席に座って、ゆったりと揺れながら外を見ていた。

 日が沈んでヘッドライトが街を照らし出す。

 少し渋滞気味な道路を、ゆっくりした速度で走っている。

 週末の道路は、こういった感じで、いつものようなせわしない感じではなく、楽しんで運転してるなって分かる車もあるくらい、景色全てが変わってくる。

 隣で眠っている未来の頭をそっと撫でて、明日行く店をこっそり調べてみた。

 コーヒーショップにも行きたいけれど、コーヒー豆は結構重たいから、最初に行くのは選択肢としてよろしくない。

 十時に待ち合わせてそこから出発して…だから、モールに到着するのは約一時間後。

 そうしたら、最初は無難にアクセサリーショップをふらっと見て、そのあとに食事をしてから、アパレルショップやコーヒーショップに行くのがいいか。

(雑貨屋とか洋服屋は今までほとんどノーマークだったから、大丈夫かな…。)

「祥太郎さん…。」

「どうした?」

「………。」

 どうやら寝言のようだった。

 正直、完全に不意をつかれたからかなり焦ったしビックリした。

 飛び出しそうな心臓を鎮めようと、再度外に流れる景色を眺めた。


 行き交っている車や自転車、それに歩行者。

 これらは皆、法律を遵守することで共存が成り立っている。

 言い換えると、法整備が整っているからこそのことだ。

(一体何年くらいかかったんだろうか…。)

 きっと何年もかけて議論した結果、今のような暮らしやすい世の中が創られたのだろう。

(だとしたら…。)

 横を見ると、静かに眠っている未来がいる。

 僕が色々働きかけても、何かが大きく変わるなんて…そんなことは思っていない。

 それでも純粋に、この人を守りたいという気持ちはある。

 きっと今は、これだけが原動力なのかもしれない。


(難しいことを考えるのは、帰ってからにしよう。考えてばかりいても沼に嵌るだけだし、調  べる作業と並行するのが絶対にいい。)


 気持ちを切り替えるようにスマートフォンを取り出して、動画アプリを開いた。

 片耳にイヤホンをつけて、適当な音楽を流す。

 何か困った時や行き詰まった時は、好きな音楽を聞くと少しだけ心が落ち着いてくる。


 それにしても、休日に予定が入るのは何年ぶりだろうか。

 しかも一緒に過ごすのは、隣で眠っている先日出会ったばかりの転校生。

(不思議な縁もあるもんだよな。)

 そう思ったら、自然と未来の頭に手が伸びていた。

 サラサラな髪の毛を静かに撫でていると、未来が微笑みながら僕の腕に頬を擦り寄せてきた。

「可愛い…。」

 自然と口から出た言葉に、心のどこからも異論は浮かばなかった。


 バスが終点駅に着く少し手前、突然雨が降ってきた。

(うげっ。ついてない…。)

 せっかくいい気分だったのに、水を差された気分だ。

「未来…、未来。」

「ん…?あ、すみません寝ちゃってました。」

「いや、それは別にいいんだ。雨降ってきたけど、傘持ってる?」

「はい。カバンの中に折りたたみ傘が入ってます。」

 そっか、それならよかった。

 それを聞いて安堵をしていた僕だったが、未来に感づかれないわけもなく…。

「祥太郎さんは、傘、持ってるんですか。」

「持ってないけど、バスを降りてもまたバスに乗るだけだから、無くても大丈夫だよ。」

「そんな、風邪ひいちゃいます。」

「心配してくれてありがとう。大丈夫だから。」

 それでも安心できないといった様子の未来は、何かを考えているようだった。

「それなら…。」

「ん?」

「それなら、祥太郎さんのお家まで、一緒に行ってもいいでしょうか。」

「え、なんで?」

「そうしたら、祥太郎さんが雨に濡れずに済みます。」

 何ともまあ、びっくりするような提案をするから、さすがに戸惑ってしまう。

 心遣いは嬉しいけど、そこまでして欲しくはない。

「傘だったら駅の売店にも売ってるし、それを買えば大丈夫だから。その気持ちだけ受け取っ  ておくよ。」

「………。」

「うちに来たいの?」

「…はい。」

(そうか。そうなのか…。)

 でも、僕の家には特に何があるわけではないから、未来に来てもらえるのは嬉しいけど、後日に改めたほうがいいのではないかと思ってしまう。

「ご迷惑、でしょうか?」

「いや…、来てもいいんだけど、何もないよ?」

「行ってみたいです…。」

「う、うん。分かったよ。それじゃあ一緒に行こう。」

「…はい!」

 そんなこんなで僕の家に招待することになったのだが…。

 上京してから誰も家に呼んだことないから、なんかすごい緊張する。


 終点に到着したバスは、雨が降っていることに対する配慮だろう。

 いつもは乱雑に停留所内に停車させることが多いのだが、今日は足場のすれすれまで車体を近づけて停まってくれた。

 運転手さんの心遣いに感謝をしながらバスを降りると、思っていた以上に雨が降っていた。

「夕方は晴れてたのに…。」

「この時期は天気が変わりやすいから。傘を持ってたのは正解だったと思うよ。」

「そうですね…。」

 相合傘なんて、小学生以来だと記憶している。

 それも男子としかしたこと無かったから、どうしても緊張してしまう。

(いや、未来との場合はどっちなんだ?同姓でも異性でもないとすると…。そうか、こういう  ちょっとした感覚のズレが生き辛さを作り出しているのか。) 

 チラリと隣を見ると、一生懸命に傘を持つ腕を伸ばして、僕が雨に濡れないようにしている。

 しまったと思った。

 僕の身長は百八十センチくらいある。これだけ身長差があるのに…、気が付いてあげないといけなかった。

「未来。」

「は、はい。」

「んっ。」

 傘をヒョイっと受け取ると、一瞬ビックリした様子だったが、すぐに笑顔になってくれた。

「優しい…。」

「いやいや、今のは僕が悪かった。腕、つかまっていいよ。未来が濡れちゃうから。」

「はい。」

 ここまで自然とできるようになるとは思わなかったけど、悪いことではないだろう。

 優しく腕を絡めてきた未来と一緒に、僕の家まで向かうバスが発着するバス停に向かった。


「お、お邪魔します…。」

「どーぞ。何にも用意できないけどね。」

「い、いえ!お構いなく、です…。」

 先ほどまでの元気が嘘のようになくなって、完全に借りてきた猫状態になっている。

 玄関でフリーズしていたので、手を握って部屋へと案内した。

「うわあ、すごい。」

 一応人並みに片付けられているとは思う。

「普通の部屋でしょ。」

 あまりにも感嘆の表情をされたので、思わず苦笑してしまった。

「パソコンがいっぱいです。」

「ああー…。ん、いっぱい?」

「パソコン三台も持っているんですか?」

 何のことか一瞬分からなかったが、すぐに感づいた。

 いわゆるトリプルディスプレイ環境のため、おそらくモニターをパソコン本体だと勘違いしているのだろう。

「パソコンは一台だけだよ。」

「え、あれ…?」

 少しの間沈黙が流れたが、自分の勘違いに気が付いたのだろう。

 顔を赤らめながら俯いてしまった。

「はははっ。顔真っ赤。」

「き、機械はあんまり得意じゃないんです。笑わないでください。」

「ごめんごめん。あっ、未来、肩濡れちゃってる。」

「え、本当だ。でもこれくらいでしたら、乾くので大丈夫ですよ。」

「ダメダメ、体冷えちゃうから。風呂入ったほうがいいよ。」

 少し躊躇している未来の手を握って、脱衣所へ案内する。

 未来が躊躇っているときは、手を握ればおとなしくなることを今日学んだ。

「洋服は、とりあえず僕の服でもいい?」

「は、はい。ありがとうございます…。」

「それじゃあごゆっくり。」

 そういって脱衣所の扉を閉めた僕は、制服から私服に着替えた。

 それからバッグや制服も湿気が取れやすいように、ハンガーにかけてから、未来の着替えを用意する。

「さてと、何がいいんだろう。僕の普段着ってろくなものがないからな…。とりあえず適当なも のを選ぶしかないか。」

 数分間悩んで選んだ服を脱衣所に置いて、次に台所に置いてあるコーヒーメーカーの電源を入れた。

 いつもだったら自分で考案したブレンドか、機械のオート機能を使ってカプチーノやエスプレッソコーヒーなどから、深く考えずに選ぶのだが、せっかく未来が来てくれたことだし、少し腕を振るってみることにした。

 この時間は、少しホッとするようなブレンドのほうがいいだろうと考え、久しぶりに一から配合の変更を試みる。

(………。)

 風呂場から聞こえるシャワーの音に、何とも言えない緊張感を覚えてしまう。

 友人を家に呼ぶこと自体慣れていないからこそ、格好悪いところを見せるわけにはいかない。

 ガラガラガラと音を立てているコーヒーメーカーに、これほどまでに祈りをかける日が来るとは思わなかった。

 

 出来上がったコーヒーを、少しだけカップに注いで味を確かめてみる。

「うん。美味しい。」

 日ごろの成果を発揮することができて、一安心した。

「し、祥太郎さん…。」

「ああ、大丈夫だった?」

 ある程度予想はしていたので、あえて平然を装って話しかけた。

 僕が中学生の頃に来ていた、ダボっとしたTシャツに、部屋着としても十分に使えるひざ丈のハーフパンツを選んだのだが…。

「あー、なんだ。ワンピースみたいになっちゃったな。」

「恥ずかしいです…。」

「ごめんごめん、そういう服しかなくて。」

「祥太郎さんは、この格好変だと思いますか?」

「別に変じゃないと思うけど…。」

「ほ、本当ですか?」

「うん、むしろいいと思う。」

「ふえっ?」

「ふふっ。コーヒー出来たから飲もうよ。」

「はい…。ありがとうございます。」

 顔が真っ赤になっている未来を適当な場所に座らせて、コーヒーカップを手渡した。

「ミルクと砂糖はいる?」

「いえ、大丈夫です。」

 そう言ってコーヒーを飲んだ未来が、開口一番、

「あれ、味が違う。」

 どうやら昼に飲んだコーヒーの味を、何となく覚えてくれていたようだ。

「違うブレンドにしてみたんだ。」

「へえ…。」

 一口一口、しっかり味わうようにして飲んでいる。

「すごいですね、祥太郎さん。私が知らないことたくさん知っています。」

「そんなことはないって。」

 これは謙遜ではなく本当のことだ。

 気になることは調べるようにしているだけで、気にならないことは他人以上にスルーしてしまっている部分が大きい。

 しかし未来は首を横に振った。

「お友達になれてよかったです。」

「同感だ。」

 そう返答すると、ボッと顔を赤くしてそっぽを向いてしまった。

 恥ずかしがるのに自分から言っちゃう辺りが、未来らしいところなのかもしれない。

「そういえば、パソコン…。」

「え、パソコンが、どうかした?」

「あんなに立派な設備、何か特別なことをしてるのかなって思いまして。」

「いやー、特別なことをしているわけではないよ。昔はゲームをちょっとやってた時期もあった けど、今は趣味でちょっとだけ小説を書いてるだけ。だからこれは完全にゲームをしてた時の 名残だよ。」

「すごいです…。ゲームも小説もすごいです!」

「い、いやそこまで本格的にやっているわけじゃないし、自慢できるようなものじゃないっ   て。」

「そうなんですか?」

「うん。」

「小説って、どんな内容の小説を書いているんですか?」

「それはー、今は言えない。ごめん。」

「むー…。気になります。」

「出来上がったら、その時は一番に見てもらってもいい?」

「分かりました!」

 書いている途中の小説の話をするのは、あまり得意ではない。

 商業作家ではないし、今のところどこかの新人賞に応募する予定もない。

 だから、見せたところで作品に不都合が生じるわけではないけれど、これは自分の中で特別な作品になりそうだから、今は見せられない。

「ゲームって、私やったことないかもです。」

「そうなの?」

「はい。お父さんから誕生日に買ってあげるよって言われたことがあるんですけど、それよりもお洋服とか買ってもらうほうが嬉しかったので…、自分から優先して買ってほしいってお願いしたことが無かったです。」

「なるほどね。」

 この瞬間、何となく、でも確実に腑に落ちた気がする。

 性別違和は、生まれつきの特性だと、調べていて分かった。

 てっきり何かがきっかけでなるのだと思っていたため、その時は驚いた。

「どうかしましたか?」

「ん、なんでもない。」


 お互いゆっくりとしたところで、そろそろ夕食の時間になった。

「ごめんね、こんなものしかなくて…。」

「いえいえ、全然…。お構いなくですので。」

「そうだなあ。」

 冷蔵庫にあるのは、冷ご飯と卵、万能ねぎ、焼き豚…。

「これはー、炒飯を作りなさいって言われているようなものか。」

「ふふっ、そうかもしれないですね。」

「総菜はあるから、うん。炒飯作るか。」

「私は何をしたらいいですか?」

「そこで待ってていいよ。」

「何かお手伝いしたいです。」

「うーん…。それだったら野菜室にある大根を切ってくれない?」

 数日前に買っていたことを、今の今まで忘れていた。

「分かりました!」

 とても嬉しそうに駆け寄ってきて、大根を切り始めた。

(凄いなあ…。)

 普段から料理をしているとだけあって、実に軽やかな包丁さばきだ。

 対して僕は…、みじめな感じがして、これ以上考えるのをやめた。

「切りましたけど…、この大根はどうしたらいいのでしょうか?」

「ああ、それじゃあどうしようかな…。お味噌汁作るのお願いできる?」

「もちろんですっ。」

「それじゃあ、頼むわ。」

「はーい。」

(なんか今の未来、すごい子供っぽいのは気のせいか?)

 まあ、僕も一緒にいる人や環境によって多少立ち居振る舞いは変わるし、そこまで気にすることではないのかもしれない。

 それに…。

「可愛いんだよなあ。」

「ふえ?」

「あっ……。」

 声に出てしまった…。

 はっきりと聞こえていたらしく、困惑してしまった未来を落ち着かせるのに、少しばかり時間を要した。


「いただきます。」

 久しぶりに誰かと食べる夕食は、なんだか特別な味がした。

(未来と一緒だから特別なのは当たり前か。)

 未来も美味しそうに炒飯を食べている。

「美味しいよ、お味噌汁。」

「ありがとうございます…。頑張って作りました。」

「久しぶりに本格的なお味噌汁が飲めたよ。ありがとう。」

「は、はい…。炒飯も美味しいです。」

「そう?僕の数少ないレパートリーの一つなんだよね。昔は妹にねだられて、よく作ってたな  あ。」

「妹さんがいらっしゃったんですね。仲いいんですか?」

「んー、どうだろう。一緒にお風呂は入るくらいは、仲が良かったのかな?」

「え、最近までですか?」

「あ…うん。」

 しまった、これは言わないほうがよかったのかもしれない。

 両親があまり子育てに干渉をしなかったので、昔から僕が妹の世話をすることが多かった。

 だから僕としては普通のことだったが、少々踏み込んだ話を正直に暴露しすぎたかもしれない。

「いいですねそういうのって。祥太郎さんのようなお兄さんがいてくれるのなら、きっと妹さん は幸せだと思います。」

「そうかな?」

「こちらに引っ越すとき、妹さんは大丈夫でしたか?」

「ああー…。」

 そういえば、最後まで泣いていたっけ。

「妹さん、どんな人なんですか?」

「ええー、どうだろう。明瞭快活っていう言葉が似合う性格かな。」

「ういう人が好みだったりするんですか?」

「えっ、なんでそうなるの?」

 聞いてみただけですとだけ言って、炒飯を口に運ぶその瞳には、少し複雑な揺らぎのよ

うなものが見えた。

 これは、妹が機嫌を損ねてしまったときに何となく似ている。

 そう感じた僕は、早々に話題を切り替えた。

「今日、泊っていきなよ。」

「は、はい。ご迷惑でなければ…。すみません勝手に押し掛けるようなことしちゃって。」

「そこは気にしないでいいよ。おかげで楽しい時間を過ごせてるし。」

 またもやボッと燃え上がるように真っ赤になった未来。

 なんだかイマイチ、未来が恥ずかしがるポイントが分からなくなってきた。

「明日どうしようか。一度家に帰って支度するでしょ?」

「そうですね…。」

「それなら、朝九時ごろに出発しようか。」

「分かりました。」

「今はー、もう二十三時になる頃か。そろそろ寝ないとだめだね。」

「あ、本当だ。もう寝ないとですね…。」

「歯ブラシはさっき出しておいたから、それ使ってね。この後僕も風呂に入るから、洋服は朝ま でに洗濯と乾燥も済ませるようにしておくよ。」

「ありがとうございます。」

「…あ。」

「どうか、されました?」

「洗濯物一緒に洗うのって、大丈夫?」

 一応確認しておかないといけない。男子同士でも嫌がる人がいると聞いたことがあるからだ。

「別にいいですよ。祥太郎さんですし。」

「それはー、どういう意味だい?」

「ふふふっ、信頼しているってことです。」

「そっか。ありがと。」

 他愛のない会話をしながら食事を終えて、僕は風呂場へと向かった。

 この時点で夜の零時近くになってしまっている。

(久しぶりなことばかりだったから、ついつい遅くなっちゃった。デートなのに寝不足なのは最 悪だから、なるべく早めに寝ないと。)

 そう思って足早に脱衣所に来ると、いつもとは違う感覚が。

(………。)

 なんとか平然を保ちつつ、僕の脱いだ服と未来の服…はネットに入れて洗濯機に放り込み、普段は使わない柔軟剤を適量注入して、乾燥機能もオンにしてから洗濯を開始した。

(これで明日の朝まで待てば大丈夫だろう。)

 

 一仕事終えたような感じがしたが、未来が待ってくれているのでなるべく早く風呂を出た。

 リビングに戻ると、うつらうつらとしている未来の姿。

「未来、未来。」

「あ、祥太郎さん。すみません寝ちゃいそうでした。お客さん失格ですね。」

「そんなことは無いけど…、ほら、お布団行こう。」

「はい…。」


 作業部屋兼寝室には、一人暮らしなので当然だが、ベッドは一つしかない。

「未来、ベッド使っていいよ。」

「え、祥太郎さんは?」

「床で寝るよ。」

「そんな…、それなら私が床で寝ます。」

「いや、うーん…。」

 それならいっそのこと…、言ってみるしかないと思った。

「それならもう、二人で一緒にベッドで寝よう。」

「えっ…。」

「ほら、寝るよ。」

 手を引っ張って、半ば強引に二人でベッドにダイブした。

「大丈夫?」

「…はい。」

「それじゃあ、寝ないと。」

「あ、あの…。」

「ん?」

「もう少し近くに行ってもいいですか?」

「え、いいけど…。」

 もぞもぞと僕の胸元に顔を寄せてくる。

 とりあえず枕は二分できないため、腕枕をしてあげた。

「お部屋が暗くて、よかったです。」

「同感だ。」

「…いいにおい。」

「やめてくれ眠れなくなる。」

「す、すみません…。」

「でも今日は僕と未来、同じにおいになってると思うよ。」

「………っ!」

「ふふ、仕返し。」


 とまあこんな調子で、結局眠ったのは午前一時頃になってしまった。

 今日はいろいろ貴重な体験が出来たし、性別違和の人の恋愛観や人生観というか、そういうものがほんの少しだけ分かった気がする。



 次の日。

 僕たちは、未来の家へ徒歩で向かっている。

「泊めていただいてありがとうございました。」

「いやいや、全然。これといったおもてなしができなくてごめんね。」

「祥太郎さんと一緒に居られるのが、最高のおもてなしなんですよ。」

「そっか。」

(親しくなると結構グイグイ来るんだなあ。)

 こういうことを僕が言うと、絶対に顔を赤らめて俯いてしまう未来が想像できる。

 今日は晴天に恵まれて絶好のお出かけ日和なのだが…、初夏を過ぎるとこういう天気の日が一番怖かったりする。

 上京してから幾度となく経験したゲリラ豪雨、その前兆とも言える天候が、まさに今日のような天候なのだ。

(念のため折り畳み傘を持ってきておいてよかった。)

「あ、そうだ。祥太郎さん。」

「なに?」

「好みの服装ってありますか?」

「え、うーん…。なんだろう。女性の服装ってあんまり詳しくないんだよね。」

「それでしたら、ショートパンツかスカートか、だけでも決めていただけませんか?」

「だったらショートパンツかな。」

 この質問だったら、問答無用でショートパンツ一択だ。

 スカートが嫌いというわけではないけども。

「分かりました。頑張って選んでみますね。」

「こんな言い方はあれかもだけど、気合入れすぎなくていいからね。行く前に疲れちゃうか   ら。」

「安心してください。大丈夫ですから。」

 にっこりと笑う姿に安堵した僕は、近くの公園で待つことにした。

 未来は「家まで来てもいいのに」って言ってくれたけど、それはまたの機会にすることにして、公園の空いているベンチに腰を下ろす。

(さてと、そうはいったものの、何をして過ごそうか。)

 駅前にある小さな公園だが、休日ということもあって、家族連れでにぎわい始めていた。

(僕も実家にいたころは、早起きの妹によく連れまわされてたっけ。)

 将来のことは全然想像もつかないけど、親になるのって大変なことなんだろう。

 それでも子どもは嫌いではない。

 無邪気に遊ぶその姿は、時に疲れたり荒んだりしている心を浄化してくれるからだ。

「ま、親になったらそんなことばかり言っていられないよな。」


「祥太郎さーん。」

「え、はやっ!」

 まだ十分もたっていないと思うが、未来がばっちりと着替えてやってきた。

「どう、でしょうか?」

「そ、そうだね…。」

 ベージュ色のハーフカーゴパンツを基調に、上は白色の襟付きのシャツで整えている。

「すごい、好みです。はい。」

「本当ですか、よかったです。」

 そう言って笑って見せる未来は、可愛いのだが、同時になんだか違和感を覚えてしまう。

 昨日も感じた違和感で、考えすぎと言われればそれまでなのだが、喜んでいる瞬間だけ、一気に年齢が下がるような印象を受けることがある。

(…。)

 しかしその理由が浮かばない。

 少し俯瞰して考えすぎな気がするが、未来のことは半ば先生や学校から託されているようなものだから、こういう些細なことにも気が付いてあげることは、とても大切なことだと思っている。

「祥太郎さんも素敵ですよ。」

「あ、ありがとう。」

 僕は無難に、ベージュ色のカーゴパンツに襟付きの黒シャツといった格好だ。

(…ああ、そうか。)

 きっと家に帰るまでに、僕の服合わせるようなコーディネートを考えてくれていたのだろう。

 そう考えると、これだけ準備が早いのも合点がいく。

「行こうか。」

「はいっ。」

 最早なんの躊躇もなく、当たり前のように腕を組んで、僕たちはお買い物(?)へと出発した。


「はい、到着。」

「結構近いんですね。」

 都内のショッピングモールとしては小規模だが、若者が買い物をするには十分な店舗をそろえている。

 個人的には、映画館が併設されていたら尚よかったと思っている。

「こんなところがあったんですね。」

「未来の地元にも無かったっけ?」

「…よくご存じですね。」

 目を丸くして僕を見つめてくる。

「鴨川って聞いた時に、昔家族で水族館に行ったのを思い出したんだ。それでそのあとに、そこ のショッピングモールで買い物をしてたんだけど、妹が迷子になっちゃってさ。それで印象に 残ってたんだよ。」

「そうだったんですね。妹さん、大丈夫でしたか?」

「あー、うん。館内放送で流れてすぐに見つかったけど、なぜか親じゃなくて僕のことを係員さ んに伝えてたからビックリしたよ。」

「すごい…。とても信頼されているんですね。」

「そ、そうかな。」

 自分で話を振っておいてなんだが、年月が経った今では笑い話に出来ると思っていたから、このような反応をされるとは思わなかった。

「今の時間はー、十時ちょうどくらいか。」

「どのお店にいきましょうか?」

「とりあえずは…。」

 店の下調べは軽くしていたものの、行程までは決めていなかったので、とりあえず近くにあったアクセサリーショップに入ってみた。


(しかし、何というか…。)

 とりあえず入ったはいいものの、この類の商品には全く精通していないから、何を見たらいいのか分からない。

 早々にやらかしたかもしれないと、少しだけ不安になったが、ふと未来の姿を見ると、目を輝かせながら色々な商品を手に取って見ていた。

 自分一人の時でも、家族といるときとも違う、不安定な高揚感。

 人生で初めて感じたこの感覚は、繰り返すが非常に不安定だ。

 それなのに…不安定なのに不安な気持ちにならない不思議さに、自分の中に眠っていた感情が、静かに目を覚ました気がした。

「ねえ、未来。」

「はい?」

「欲しい商品があったら、買ってあげるよ。」

「えっ、いいんですか?」

 僕が、「もちろん。」と言うと、嬉しそうに品定めをし始めた。

 こういう商品は未来のほうが詳しいだろうし、変に僕が介入するよりは、未来自身に選んでもらって、それを買ってあげるのが一番いい。

 とはいえ待っている間棒立ちになっているのも変な人に思われるので、自分でも何となく店内を歩いてみた。

 ふと目に入ったのは、名前を忘れてしまったが、クマのキャラクターが描かれた、可愛いマグカップ。

(世のカップルたちは、こういうのをペアで購入したりするのだろうか?)

 交際経験が皆無な自分には、これもあまりピンとこないことだった。

「祥太郎さん。」

「ん、何かいいのあった?」

「これ…。」

「ああー。」

 これは僕でも知っている、有名なキャラクター。

 それのペアストラップだ。

「今どき、こういう類のものを買う人も少ない気が…。」

「そうなんですか?」

「これがいいの?」

「はい。ダメだったでしょうか…。」

「いやいや、そんなことは…。それじゃあ買ってくるよ。」

「私も一緒に行きます。」

 こうして会計を済ませた僕たちは、昼食を食べることにした。

「どこにする?」

「そうですね…。」

 都内のモールとしては小規模と言っても、食事ができる店はいくつかある。

 それこそフードコートだってあるから、特に決まらなかったらそこにしようと思っている。

 優柔不断かもしれないが、未来とは自然に話ができる間柄とはいえ、まだ知り合って数日しか経っていない。

 だから、いろいろ濁した言い方をすると、一応のこと、だ。

 しかしそんな自分でも、一つだけ思うところがあった。

「未来、和食が好きなんじゃない?」

「え、はい。確かに好きですけど…。どうして分かったんですか?」

 超能力者を見るような目で、僕のことを見てくる。

 まあ、そう思われるのも無理ないかもしれないが、学校に持ってきてたお弁当が和食だったからという、ただそれだけの理由からの想像だった。

 だから、もちろん違う場合だってあるし、そう言われたらそれまでなのだが。

「よく見てますね。」

「僕の周りの人たちで、家からお弁当を持ってくる人がいなかったから、珍しいなって思って記 憶に残ってたんだ。」

 デートの定番からは外れるかもしれないが、こういう選択肢も悪くないと思う。

「ここなんかどう?」

 選んだ店は、家族でも一人でも入りやすい、お手ごろ価格の定食屋さんだ。

 アクセサリーショップにいたときにこっそり調べて、メニューが豊富だったので、目星をつけていた店の一つだった。

「いいですね、このお店。ここがいいです。」

「おっけー。」

 てっきりもっと他の店も見てまわるのかと思ったら、意外なほどに即答だった。

(この辺りは男性っぽいというか、何というか。でも僕としても気兼ねなくは入れるから、ここ は合ってるかも。)

 

 店に入ると、昼ピークの一歩手前だったようで、待ち時間なしで席に着くことができた。

「何にしようかな…。」

 未来はメニュー表を見て真剣に悩んでいるが、前述のとおり、ここは自宅から遠すぎる場所ではない…、というか隣町だから来ようと思えばいつでも来れる距離にある。

(だから、そこまで悩まなくても…。)

 店選びの時は即答だっただけに、おもわず苦笑してしまったが、自分との時間を大切にしてくれているようで嬉しくなった。

 結局僕は鶏肉のしぐれ煮を、未来は豆腐ハンバーグを食べた。

 初めて入ったお店で、手頃な値段だったから過度な期待はしていなかったが、味はとても美味しかった。

 全体的に薄味で、食べ進めても全然くどくない。

 母の作る料理が薄い味付けで、子供の頃は物足りなくて嫌だったのだが、上京してきてほんの少しだけだが自炊をするようになってから、薄い味付けをすることの大切さを学んだ。

 こういった実家にいたころの思い出は、ふとした時に思い出すから面白い。

(…まあそれが上手く出来なくて、早々に自炊をすることを諦めたんだけど。)


 その後はウィンドウショッピングをしながら、二人の時間を楽しんだ。

 その時、途中で通りかかったお店で気になるものを見つけた。

 とあるアパレルショップの店頭のマネキンに着せている服で、黒を基調とした胸元にフリルが付いているシャツで、左胸に星柄の刺繍があしらってあるのがいいアクセントになっている。

 特に今日の未来の格好にはピッタリな気がする。

「ねえ未来。これ、試着してみない?」

「はい。私もいいなって思ってたんです。」

 それならちょうどいいということで、試着をしてみることにした。

「さてと。」

 なんだろう、すっごく緊張する。

 そんな僕の様子を察したのか、店員さんが話しかけてきた。

「彼女さん、可愛い方ですね。」

「え、あ、はい…。」

「あのお洋服、男性のお客さんも買っていかれる方もいらっしゃるんですよ。」

「え、そうなんですか?」

「はい。最近はレディース服を着こなす方、増えているんです。」

「そうなんですね…。僕には無理だなあ。」

 着こなす人が増えているといっても、それができる男性は、普段から服飾関係や美容関係に精通している人に限るような気がする。

「それでしたらあのお洋服、男性用もありますけど…、よろしければご試着されますか?」

「え、そうなんですか。」

 少し悩んだけれど、この際だから来てみることにした。

 普段は…、名前は伏せるが店員さんが話しかけてこないようなリーズナブルなお店でしか服を買わないので、これはある意味貴重な体験だ。

 店員さんに連れられるがままに、未来の隣の試着室に入った。

 メンズとレディースの違いは、ボタンの向きと胸元のフリルがあるかないかの違いだ。

 だから男性用は少しフォーマルな感じになるが、目立つ場所に刺繍があるおかげで、堅苦しさが無くなって、普段着としても違和感なく着ることができる。


 着替え終えた僕はカーテンを開けると、既に着替え終えた未来が立っていた。

「可愛い…。」

 思わずそう呟いてしまうほどに、似合っていた。

 呟いた言葉が聞こえていたのだろう。

 顔を真っ赤にして俯いている未来をみて、店員さんが微笑んでいる。

「お二人ともお似合いですよ。」

「ありがとうございます。」

「ど、どうも…。」

「購入されますか?」

 少し悩んだが、未来の分も含めて買うことにした。

「それでは二点で二万円でございます。」

(え、高っ!)

  思わず心の中でツッコミを入れてしまったが、入り口で待っている未来を見たら、後に引くという選択肢は頭の中から消え去った。


「すみません、お洋服まで買ってもらっちゃって…。」

「いいって。ここは男を頼っていいんだよ。」

 そう言うと、嬉しそうに腕に抱き着いてきた。

 結局あの後、店員さんに勧められて買った服をそのまま着ることにした。

 誰かと同じ服を着てショッピングをするのは初めてだから、なんだか変に緊張してしまう。

「こ、この後どうしましょうか。」

「コーヒー豆買おうかな。」

「いいですね。行きましょう!」

 目的のコーヒーショップは、モールの端っこで細々と営業している。

 目立たない場所だが、店内に食事ができるスペースがあるため、少し休憩をしたいと思ったときにも、ふらっと立ち寄ることがある。

「私、こういうお店に入るのって初めてなんです。」

「そうなんだ。」

「はい。実家の近所には喫茶店もなかったので。だから、祥太郎さんに出会ってから、毎日が初 めての連続です。」

 これはまた、嬉しいことを言ってくれる。

「ほい、到着。」

 店内に入るとすぐに、店員さんが話しかけてきた。

「あら、祥太郎くん。いらっしゃい。そちらの方は?」

「クラスメイトの一ノ瀬未来さんです。」

「よかったね、クラスメイトできたんだ。」

「おかげさまで。」

 苦笑いしながら答えた僕の腕を、ギュッと静かに握ってくる未来。

「仲いいのね。」

 にやにやしながら言ってくる店員さんを、なんとかして話をそらすのに一苦労した。

「豆って色々な種類があるんですね…。」

 カウンター前のショーケースを覗いていた未来は、コーヒー豆の種類の多さに驚いていた。

 個人的には種類自体の多さよりも、豆の煎り方、挽き方の組み合わせの多さに面食らった覚えがある。

「あの、店員さん。」

「ん?」

「酸味があって軽い口当たりのコーヒー豆ってありますか?」

「うーん、そうねえ…。」

 少し悩んでいた店員さんは、キリマンジャロを勧めてくれて、試飲までさせてもらった。

 酸味と言っても強すぎると飲みずらいコーヒーになってしまうが、これはとても美味しくて飲みやすい。

 少し悩んで、購入することにした。

「未来、お待たせ。」

「あ、祥太郎さん。なんか…、たくさん買われたんですね。」

「ああー、ははは…。」

 キリマンジャロのみ買う予定だったのだが、自分が考案したブレンドコーヒーを作るために必要な豆が足りなくなると感じたため、他の豆も少量ずつ買ってしまったのだ。

「重そう…。」

「ん、まあ大丈夫だよ。」

「うーん…。そうだ!」

 そう言うと突然僕の手を握って、ビニール袋の持ち手の片方を手に取った。

「重たいことや辛いことは、なんでも半分こしなさいって、おばあちゃんが言ってました。」

「…ありがとう。」

「どういたしましてです。」

 もうこれではカップルと言われても何も反論ができない。

「お似合いなのかもな…。」

「ふえっ?」

「あ、ごめん。声に出てた。」

「び、ビックリするじゃないですか。」

「ごめんごめん。気を付けるよ。」

 ほんと、こればかりは今後気をつけないといけないことだ。

 学校内で余計なことを口走るわけにはいかない。


 それからは他愛のない会話をしながら、未来の自宅前に到着した。

「今日はありがとうございました。その、色んなもの買っていただいて…。」

「いいって。僕が勝手に提案したことだから気にしないで。」

「祥太郎さんって、本当に優しい方ですね。」

「そう?誰にだってそうするわけではないよ。」

 照れくさそうにしている未来は、本当に可愛い。

「あ、そうだ。これ渡すの忘れるところでした。」

「ん、ああ。」

 アクセサリーショップで購入したストライプ。

 そう考えると、お揃いの物を二つも買ってしまったことになる。

「学校のバッグにでもつける?」

「でも、他の人にばれちゃいます。」

「内ポケットにチャックが付いてるでしょ。そこに着ければばれないよ。」

「いいですね。そうしましょう。」

「それじゃあ、また明後日。」

「はい、今日はありがとうございました。」

 エレベーターに乗るところまで見送ってから、一人帰路についた。


 自宅に帰った僕は、とりあえずいつものようにコーヒーメーカーの電源を入れて、コーヒー豆をセットした。

 そしてスタンバイ状態のデスクトップパソコンを立ち上げると、画面に映し出されたのは、先日から調べていて見つけた、とある記事。

「トランスジェンダーと性別違和の違い、か…。」

 この二つは似て非なるものだと思っていたが、どうやら性別違和は、このトランスジェンダーの枠組みの中に入るらしい。

 違うのは…おそらく外科的治療を望むか否かという事なのだと思う。

 そうなると「治療が必要」と言っている医者がいるのも、腑に落ちた。

 いろいろ調べていると、以前に結論がでたと思っていた事でさえも、答えが百八十度ひっくり返る場合がある事も分かった。

「ためになる記事だったな。」

 そう呟いて、コーヒーメーカーのある部屋へと戻り、いつものコーヒーを淹れる。

 ぽつん、ぽつんと雫が落ちる音が、いつもよりも大きな音のように感じた。

 不規則に落ちるその音に耳を澄ませてみると、今日の出来事を鮮明に思い出すことができた。

 初日こそどうしたものかと思ったが、話してみるととても物腰柔らかで、会話が苦手とか、そういうことも無いと思う。

 だから、クラスメイトとも割とすぐに馴染めそうな気がする。

 それこそ僕が手を貸す場面は、近いうちに限定的になるのかもしれない。

 

 その瞬間、そう思った自分に強烈な違和感を感じた。


(まてよ…?)

 僕や先生、その他学校関係者は、未来が性別違和であるという前提で動こうとしている。

 しかし、未来自身から性別違和であるという事実を言われたことは一度もない。

(もしかして、僕は今までとんでもない勘違いをしていたのでは…。)

 今考えていることが頭から抜けないうちに、ワードソフトを立ち上げて自分の考えを書き連ねておいた。

 危ないところだった…。

 自分自身が未来と親交を深めることに舵を切りすぎていたため、大切なことを見落とすところだった。

 転校初日、先生は未来のことを「男子生徒なのだが、女子として生活したい」と言っていた。

 それは考察すると、

・未来自身がそう言っていた。

・少し濁した表現に、先生が事後変換した。

 この二通りが考えられる。

 後者であればある程度安心できるのだが、もし前者だった場合…、その場合は関係者のほぼ全員が、間違えた解釈のまま動いてしまっている可能性がある。

(………。)

 この時点で気が付けてよかった。

 一度も治療を必要とする旨を言っていない未来のことを、性同一性障碍もしくは性別違和と解釈することは、かえって不快な思いをさせかねない。

 初めて、この一連の流れの難しさを知った気がする。

「でも、だからこそ今のうちに気が付けたのが幸いだった。」

 僕の中で未来は、どんどん大切な存在になっている。

「だからこそ、気を引き締めていかないとっ。」

 明日はどうせ休日だ。

 まだ熱いコーヒーを無理やり一気飲みして、再度ネット記事を読み漁ってみることにした。

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