第2章

023 お兄ちゃん保護法

 あれから、数週間が経過した。


 気温も上がり、五月も半ばである。


 俺たちは相変わらず秘密基地で生活をしつつ、たまにコンビニへと買い出しに行く。


 危険はあるが、今のところ全員無事だ。


 また金銭的な問題だが、シスターモンスターとなっている両親から変わらず仕送りが送られている。


 シスターモンスターは生前の行動を受け継ぐので、仕送りもなくなることが無かったのかもしれない。


 ちなみに俺たちの関係性だが、特に変わりはなかった。


 それでもあえて挙げるとすれば、よそよそしさが無くなり、気軽に会話ができるようになったところだろうか。


 特に瑠理香ちゃんは、この数週間でだいぶ慣れたようだ。


 鬱実に関しては、特に変わりはない。


 元から遠慮などはなかった。


 こうして生活が安定してきたからか、俺たちは気が緩んでいたのだろう。


 他の生存者ともほとんど会わなかったこともあり、現在の日本における男性生存者がこのままでは滅んでしまうことに気が付かなかった。


 そして、この国の総理大臣までもが、シスターモンスターになっていたことにも。


「凛也君。これ……」

「なんだ? ……まじかよ」


 鬱実の持っているスマホの画面には、シスターモンスターとなった総理大臣が映されていた。


 名前をソリ―ちゃんといい、銀髪ツインテールの赤いツリ目をしており、凛々しい感じの少女。服装はまるでピアノの演奏会にでも行くような黒いドレス姿だ。


 可愛らしい少女であるが、問題は記事の内容だった。


「新法成立、お兄ちゃん保護法? なんだこれ……」


 書かれていたのは、新しい法律について。


 この法律では要するに、お兄ちゃん(弟くんも含む)は無税になり、食料と保護金が支給される。また、男性への噛みつきが全面的に禁止となった。


 つまり、今後男性はシスターモンスターから襲われることが無く、食料とお金が貰えるということになる。


 しかし、ここには女性について書かれてはいない。


 適用されるのは、あくまでも男性だけだ。


「これは、今後俺よりも、鬱実たちの方が危険になるという訳か」

「そうなるわね」


 これまで、シスターモンスターは男女がいる場合、必ずと言っていいほど男の方を優先して襲ってきていた。


 実際俺たちが外に出た際には、必ず俺が狙われている。


 だが、今後は三人にも危険が及ぶ可能性があった。


「なら、これからはなるべく俺が単独で外に出る。その方が逆に安全だ」

「……ッ、わかったわ。でも、禁止を破って噛みついてくるシスターモンスターもいると思うから、気をつけてね」

「ああ」


 鬱実は少し躊躇ためらいながらも、賛成してくれる。


 このことを、俺は夢香ちゃんと瑠理香ちゃんにも伝えた。


 当然最初は反対されたが、二人を危険な目に遭わせたくないので、時間をかけて説得する。


 そうして暫くは、俺が単独で外に出ることになった。


 鬱実が調べた情報によると、定期的に食料を男性に配給する場所が設けられるとのこと。


 また配給場所か、ネットから保護金を受け取るための申請ができるようなので、鬱実が代わりにネットから申請してくれることになった。


 こうした部分では、やはり鬱実は役に立つ。


 正直、俺はパソコンの操作はあまり得意ではない。


「鬱実、ありがとな」

「り、凛也君があたしにデレた!? 今夜間違いが起きちゃう!? あたしは大歓迎!」

「そんなことは起きない。普通にお礼を言っただけだ」

「そんなぁ」


 いつも通りのやり取りをすると、俺は配給される場所の確認と、日程を確認する。


 どうやら丁度明日、日曜日に小学校で配給が行われるようだ。


 こういう迅速な行動は、人間の政治家よりシスターモンスターの政治家の方が優れていたのかもしれない。


 ちなみに小学校は、中学校の南に少し歩いたところにある。


 ここからだと若干距離があるので、少し不安だ。


 お兄ちゃん保護法というのが事実であれば、噛みつかれることは無い。


 本当に、あのシスターモンスターがその法律を守るのだろうか。


 しかし、食料が貰えるのであれば、向かうべきだ。


 定期的にコンビニへ買いに行っているとはいえ、余裕があるわけではない。


 俺は覚悟を決める。


 そして翌日の日曜日、俺は三人に見送られて、外へと出た。


 目指すは、小学校。


 まずは山を下り、住宅街へ向かう。


 日中外に出たのは久しぶりだな。


 最近は深夜にコンビニへ向かうために外出をしていたので、太陽が以前より眩しく感じる。


 俺は太陽の強い日差しに目を細めながら、住宅街に辿り着いた。


「ッ!?」


 すると、これまで人と遭遇してこなかったこの場所で、初めて人と出会ってしまう。


 もちろん相手は、シスターモンスターだ。


「あらあら、弟くんじゃない。おはよう」


 そう言って俺に近寄ってくるのは、シスターモンスターの一種、お姉ちゃんモンスター。


 しかし、一定の距離まで近づくが、それ以上は寄ってこない。


「はぁ、悲しいわ。これ以上近づいたら、噛んでしまいそう。でも、噛みつくのは違法だし。弟くんは絶滅危惧種だし、我慢しないと……ごめんなさいね」

「あ、ああ」


 そう言うと、お姉ちゃんモンスターは悲しそうにその場から去っていく。


 どうやら本当に、お兄ちゃん保護法は適用されているらしい。


 しかも、シスターモンスターはそれを破る気配がなかった。


 これは凄いな。


 最初こそ襲われることに恐怖したが、離れていくお姉ちゃんモンスターを見て、俺は歓喜した。


 もう襲われることは無い。


 それだけで、俺の心は軽くなる。


 俺はそのまま、住宅街を進んでいく。


 その後も公園・団地・中学校を無事に抜けた。


 途中何度かシスターモンスターに遭遇したが、軽い会話はあったものの、襲われることは決してない。


 俺は新しい法律を発表した総理大臣のソリ―ちゃんに感謝した。


 そうして無事に小学校までやってくると、多くの男性がやってきている。


 といっても数十人ほどであり、この町の規模でいえば少ない。


 だが、この数週間で生存者とほとんど会うことは無かったので、俺はこの人数でも驚愕してしまう。


 まだこれだけの男性が生き残っていたんだな。


 俺が一人立ち尽くしていると、そこへ数人の男性を引き連れた人物がやってくる。


「お? そこにいるのは凛也じゃねえか! おめえも無事だったんだな!」

「あ、漢田さん! はい、何とかやってこれました。漢田さんも無事でなによりです!」


 俺の前に現れたのは、以前団地エリアで助けてくれた漢田奈須雄おとこだなすおさんだった。


 彼は男の園メンズヘブンという名称の、男性だけで構成されているチームを率いている。


 連絡先は交換していたが、あれ以来あまり連絡を取っていなかった。


 どうやら、これまで噛まれることが無く、生き残ってきたようだ。


 知り合いが生きていたことに、俺は嬉しくなって笑みを浮かべる。


「ああ、俺様たちは上手いこと拠点を手に入れてな。仲間もずいぶん増えたぜ。ここにきているのは、ほとんど俺様たち男の園メンズヘブンのメンバーだ」

「そうなんですね。それは凄いです」


 ここにいる数十人の男性が男の園メンズヘブンのメンバーということは、漢田さんたちはかなりの大所帯だ。


 これまでかなり苦労したことだろう。


「会ったばかりで申し訳ないが、俺様たちはそろそろ帰還しなくちゃならねえ。凛也、達者でな!」

「はい、漢田さんもお元気で!」


 そう言って漢田さんは、最後に俺の頭に一度手を乗せると、仲間たちと共に小学校から去っていく。


 わずかな間ではあったが、漢田さんと話せてよかった。


 さて、俺も食料をもらうか。


 案内板のような物が臨時で立てられていたので、確認するとまずは受付に行く必要があるようだった。


 そこに向かうと、当然シスターモンスターが受付をしている。


 終始ニコニコしているが、獲物の前で待てをされている猛獣のようだった。


 必要事項を記入すると、俺はそそくさと食料が配給されている場所へと向かう。


 何人か列を作っているので、俺は並び順番を待つ。


 そして俺の番になって少女から袋を受け取ろうとするが、相手の手が途中で止まった。


「あ、あんたはあの時の!」

「げっ!?」


 目の前にいたのは、ロリ―ちゃんだった。


 言動から察するに、あのとき中学校で遭遇した個体だろう。


「くぅう! 目の前に宿敵がいるのにぃ!! くやしい! くやしい! くやしい!」


 ロリ―ちゃんは相当くやしかったのか、涙目になり、その場で地団駄を踏む。


「あ、あの時は悪かったよ。えっと、食料、貰ってもいいか?」

「うぅ。ほらっ! 受け取りなさいよ! でも勘違いしないでよね! ロリ―ちゃんは、あなたのことを絶対に諦めないから! お兄ちゃん保護法とかいう法律が無くなったら、必ずあんたのところに行くんだからねっ!!」


 食料の入った袋を俺に突き出すようにして渡すと、こちらを指さしてそう宣言をするロリ―ちゃん。


 俺は、お兄ちゃん保護法が今後無くならないことを切に願った。


「は、はは。困ったな。できれば見逃してほしいのだけど」

「絶対嫌だわ! 精々首を洗って待ってなさいっ!!」


 本当にこれは、困ったな。完全にマークされてしまった。


 これ以上ここにいると余計に目をつけられそうだったので、俺はその場を後にする。


 当然のように、背後からロリ―ちゃんが何かを叫んでいたが、聞こえないふりをした。


 無事に食料が手に入ったし、秘密基地に早く帰ろう。


 俺は足早に小学校から立ち去った。


 帰り道も行きと同様に襲われることは無く、念のため尾行されないように警戒をしつつも、俺は無事に帰還を果たす。


 このお兄ちゃん保護法が、いつまで続くのか分からないが、できるだけ長く続くことを俺は強く願った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る