019 深夜の目覚め

 深夜になり、目覚まし時計の音で俺は目を覚ます。


 一度寝ている時に鬱実がやってきたこともあり、警戒して周囲を見渡した。


 まあ、流石に二度目はないか。


 俺はあくびをして体を伸ばすと、着替えて部屋をでる。


 ちなみに寝巻はいつも使っているものと同じやつだ。


 これも、鬱実が事前に用意していたものである。


 そして洗面所で準備を済ますと、メインルームに向かった。


「あ、おはようございます!」

「凛也お兄ちゃんおはようございます……」

「ああ、おはよう」


 俺は先に起きていた夢香ちゃんと、どこかまだ眠そうな顔の瑠理香ちゃんに軽く右手を上げて挨拶を交わす。


 二人の服装は昨日と変わらず、制服のままだ。


 恐らくそうだと思い、俺も制服にしている。


 部屋には俺の持っている服も全てあったが、自分だけ新しい服を着るのには抵抗があった。


 しかし、少し気になるのは下着をどうしたかだ。


 おそらく鬱実のを借りたのだと思うが、果たしてサイズが合うだろうか。


 客観的にだが鬱実はスタイルが良く、出るところは出ている。


 つまりサイズがでかい。


 まだ中学生で小柄な瑠理香ちゃんには、どう考えてもサイズが合わないだろう。


 対して夢香ちゃんは……ん? 普通に履けそうな気がする。


 身長と胸囲は鬱実が圧倒しているが、それより下は大差ないような気が……。


 そこまで考えたとき、あまりにもジロジロ見てしまったからか、夢香ちゃんと視線があってしまう。


「あ、凛也さん。昨日と同じ制服ですが、大丈夫ですよ。寝ている間に洗濯と乾燥までしてありますので。ここのドラム式洗濯機はすごいです。音も静かですし、まるでアイロンがけしたような仕上がりなんですよ!」

「あ、ああそうか」


 どこか興奮気味に言う夢香ちゃんに、俺は一歩下がってしまった。


 どうやら制服や下着のことを心配をせずとも、洗濯から乾燥まで完了しているらしい。


 洗濯音など全く気が付かなかった。


 あのドラム式洗濯機、おそらくかなり高価な物なのだろう。


 そうなると、俺だけ昨日の汚れを残した制服を着ていることに……ん?


 俺はこのとき、僅かに違和感を覚える。


 確か寝る前は疲れていたこともあり、ワイシャツなど適当に床へと置いたままだった気がする。


 しかし目が覚めて着替えるときには、全て壁にかかっていた。


 瑠理香ちゃんの救出前に脱いで存在を忘れていたブレザーも同様に。


 直接着ているワイシャツを目視すれば、しわとかも全くない。


 つまり、導き出される答えは決まっていた。


 鬱実が部屋に侵入して、制服を持っていき洗濯後また戻したということだ。


 鬱実が侵入した際に使用した鍵は、当然奪っている。


 これは、鍵が一つではないという証拠だろう。


 洗濯されていたことはありがたいが、何とも言えない気持ちになった。


「そういえば、鬱実はどうしたんだ? まだ寝ているのか?」

「え? 鬱実さんなら、そこにいるじゃないですか?」

「は?」


 俺の質問に対して不思議そうに答えた夢香ちゃんの指が、俺の背後に向けられる。


 そしてそれを待っていたかのように、声がかけられた。


「おはよう凛也君」

「うわっ!? う、鬱実! お前いつから!?」

「ふふ、いつからでしょうね?」


 してやったり顔の鬱実であるが、俺は普通に怖い。


 本当にいつから俺の背後にいたのか、全く分からなかった。


 そんな鬱実も、俺たちと同様に昨日と同じ制服姿で現れる。


 一人だけ私服だと逆に浮くので、特にこのままで問題はないだろう。


 そうして全員がそろうと深夜だが軽く朝食を摂り、その後作戦会議を始める。


「さて、早速この後コンビニ行くわけだが、最初ということもあるし、試しに俺だけで行くというのはどうだ?」


 深夜とはいえ、危険はゼロではない。


 下見という意味でも、俺だけで行くのが適切だと思った。


 しかし、三人はこれに反対する。


「だめよ。凛也君だけじゃ持てる量に限りがあるわ。ここは複数人で行って、一度に多く買う方が効率的よ」

「そ、そうですよ。それに、女性用品も必要ですし、替えの下着とかも買う必要があります」

「コンビニの下着とはいっても、凛也お兄ちゃんに買ってきてもらうのは、流石に嫌ですね」


 これは、俺一人で行くことは無理そうだった。


 三人の言うことも最もであり、危険ではあるが複数人で行くしかないだろう。


 そもそも、俺はリーダーでも何でもない。


 人数の多い意見に反対だからといって、自分の意見をごり押しするつもりはなかった。


「わかった。複数人で行こう。まず俺が行くことは決まっているけど、他は誰が来るんだ?」

「あたしが行くわ。お金も持っているし、たくさんの荷物を運ぶだけの力もあるわ」


 おそらく鬱実は来ると思っていたので、異論はない。


「わ、私も行きます! まだここにきて、何も役に立っていません!」

「る、るりも行く! 少しでも凛也お兄ちゃんの助けになりたいです!」


 すると、二人も同行することを願い出てきた。


 流石に四人で向かうのは多すぎないか? それに、瑠理香ちゃんはまだ中学生だし。


 俺はそう思い説得しようと試みるが、その前に鬱実が発言する。


「わかったわ。四人で行きましょう」

「お、おい鬱実!」


 鬱実の言葉に、俺は思わず声を上げてしまう。


「凛也君。このまま置いていくのは肉体的には安全でも、精神的には苦痛だわ。それに、この世界では少しでも皆で力を合わせる必要があるの。危険は承知で助け合う方が、将来的にもいい方向に繋がるわ」

「た、確かにそうだが……」


 鬱実の言っていることは最もだ。危険から遠ざけた結果、いざ将来的にどうしても助けが欲しかった時、スムーズに物事は進まないだろう。


 しかし今から慣れていけば、将来そうした時にでもきっと上手く動くことができる。


 理屈では理解しているが、感情的にはなるべく危ないことをさせたくはない。


 鬱実に関して言えば何故だか分からないが、不思議にもそうした不安はなかった。


「り、凛也先輩、危険なのは分かっています。けど、どうか連れて行ってくれませんか?」

「るりもこのままここに残るのは嫌です。自己責任で構いません」


 二人の懇願こんがんを受けて、俺は思わず息を吐く。


 ここで拒否しても、意味はなさそうだな。それに今後、人手が必要になるかもしれない。どこか守ってあげなければいけないと考えていたが、それは俺の偽善だったのかもしれない。


 少々悩んだものの、結果として俺は二人の懇願を受け入れる。


「わかった。四人で行こう」

「ありがとうございます!」

「凛也お兄ちゃんありがとう!」

「ふふ、流石凛也君。そういう柔軟なところ、大好きよ」


 二人は喜び、鬱実はニコニコと笑みを浮かべてそんなことを言う。


「なっ、鬱実さんいきなり何てことを言うんですか!?」

「そ、そうですよ!」

「え? 何かおかしい? あたしが凛也君のことを好きなんて、今更じゃない?」

「だ、だからそういうことを堂々と……」

「こ、これ、実はネタ枠じゃなくて要注意人物?」


 夢香ちゃんと瑠理香ちゃんは、鬱実の好きという言葉に対して過剰な反応を示す。


 対して俺はというと、特に何も思っていなかった。


 鬱実がこうしたことを言うのは今更である。


 初めて言われた時は流石に照れたが、今は何とも思わなくなってしまった。


 それもこれも、鬱実のストーカー痴女的な行動が原因だ。


 これで惚れろと言う方が難しい。


 しかし、俺がそう思っていることを知らない二人は、大慌てという訳だ。


 この反応が、普通なんだろうな……。


 そうしてひと悶着はあったが、四人でコンビニに向かうことが決定したので、俺たちはそれぞれ準備を始める。


 財布やリュックサックは用意したし、懐中電灯も用意した。問題はないだろう。


 さて、何も起きなければいいが、果たしてどうなるか。


 不安と緊張を感じながらも、準備のために一度部屋に戻っていた俺は、再びメインルームに戻るのだった。

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