009 絶体絶命のピンチ

「みんな~この不審者さんはロリ―ちゃんが最初に見つけたんだから、勝手に手を出しちゃだめだよ~?」


 自分のことをロリ―ちゃんと言う少女は、ニヤニヤ笑みを浮かべながら俺を指さす。


「え~ずるいよ~」

「おうぼーだー!」

「あたしもお兄ちゃんとあそびたいー」


 すると、周囲の少女たちが騒ぎ出した。


 今にも襲い掛かってきそうで恐ろしい。


 くそ、いったいどうなるんだ。


 何とかして抜け出さないと。


 俺は必死に頭を働かせるが、妙案は思い浮かばない。


「も、もうおしまいだよぉ。るりたちここで死んじゃうんだぁ」


 瑠理香ちゃんは、精神的に追い詰められて涙を流し始める。


 本当にまずい。


 瑠理香ちゃんがこの状態じゃ、俺一人でどうにかするしかない。 


「なに必死に考えてるの~? もしかして、逃げようとか考えてる?」


 図星を突かれ、俺は一瞬たじろぐ。


 だが、ここで引いたらいけないと、本能が叫んでいた。


 主導権を握られたら終わる。


「い、いや、逃げるわけないだろ? そもそも、俺は不審者じゃない」

「えぇ、本当に~? ここ中学校だよ~? そこに、お兄さんみたいな人が女の子をおんぶしているなんて、どう見てもさらおうとしている不審さんだよ~?」


 確かに、状況だけ見ればそうかもしれない。


 昼時の中学校に高校生がいるのはおかしかった。


 しかし、瑠理香ちゃんをおんぶしているのは、果たしておかしいだろうか?


 いや、おかしくない。


 ぱっと見、体調の悪くなった妹を迎えに来た兄が、動けない妹をおんぶしているように見えないだろうか?


 そう考えた俺は、自分のことをロリ―ちゃんと呼ぶ少女にこう言い放つ。


「俺は不審者じゃない。俺は、妹の瑠理香を迎えに来ただけだ。おんぶしているのは、妹の体調が悪いからだ」


 言い終わると、俺は緊張で額に汗を浮かべる。


 俺の言葉に、周囲は一瞬静かになった。


 そして。


「へ~そうなんだ? 妹思いなんだね? でもさ、妹ちゃんと、全然顔似てないね?」

「くっ――」


 痛いところを突かれた。


 確かに、俺と瑠理香ちゃんは似ていない。


 だが、完全に兄妹でないとは言い切れないはずだ。


 けど、この妙な胸騒ぎはなんだ?


 100%兄弟ではないと確信を持って言われた気がする。


 ここで誤魔化すのは、逆に悪手か?


 俺は唾を飲み込み、覚悟を決める。


「あ、ああ。確かに、血は繋がっていない」

「やっぱりそうなんだ! 嘘ついたんだね?」


 ロリ―ちゃんは、ニヤニヤ悪そうな笑みを浮かべながらゆっくりと近づいてくる。


 このままでは、噛みつきの射程範囲に入ってしまう。


 なので俺はロリ―ちゃんが目の前までくる前に、口を開く。


「血は繋がっていないが、嘘じゃない。瑠理香は、魂の妹だ! だから妹と呼ぶし、体調が悪くなれば高校を抜け出して、こうして迎えに来る。おんぶもするのは当たり前だ!」

「た、魂の、妹?」


 ロリ―ちゃんは、俺の言葉を聞いてポカンとした表情になる。


 ヤバイ、勢いで変なことまで言ってしまった。


 魂の妹ってなんだよぉおお!!


 俺は、自分自身が放った言葉でダメージを受ける。


 「へ? 凛也さん、魂の妹って……」


 瑠理香ちゃんのそんな呟きが、耳元に届く。


 これは、終わったか? な、なんとか瑠理香ちゃんだけでも逃がさないと……。


 俺が半分諦め始めたそのとき、ロリ―ちゃんがようやく反応を示す。


「ふ、ふふふ。あははっ! 魂の妹! 魂の妹だって! みんな聞いた?」


 ロリ―ちゃんは大口を開けて笑い始めた。


 どこか嬉しそうに見えるが、悪い意味でないことを祈りたい。


「聞いた聞いた!」

「私も魂の妹って言われたい!」

「お兄ちゃん最高!」

「濡れた!」

「そこに痺れる憧れるぅ!」

「お兄ちゃんオブお兄ちゃん!」


 周囲の少女たちも、嬉しそうな反応を示す。


 絶賛されている気がするが、一部変な言葉も混じってないか?


 俺はそんなことを考えながらも、内心は不安でいっぱいだった。


「見て見て―! 魂の妹ちゃんがメスの顔になってるよ!」

「なっ、なってないよ!」


 すると、俺のせいで瑠理香ちゃんもいじられ始める。


 瑠理香ちゃんには本当に申し訳ない。


「あたしも、魂の妹って言われたらメスになっちゃう!」

「うちは、そのままベッドにお兄ちゃんを連れ込んじゃう!」

「私はもう濡れた」

「さっきの決め台詞を録音して毎日聴きたい」

「いくら払えば言ってくれますか?」


 こ、これって、不味くないか?


 周囲の盛り上がりがどんどん過熱していく。


 逆に、危険かもしれない。


 早いところ脱出しないと、興奮した少女に噛まれそうだ。


 そう思った俺は、言葉を選びながらも、ロリ―ちゃんにこう切り出す。


「な、なあ。そういう訳だから、妹を家まで連れて帰りたいんだ。だから、道を開けてくれないかな? 頼むよ」

「え~? どうしよっかなぁ~?」


 ロリ―ちゃんはそう言って、もったいぶる。


 これは、このまま帰してもらえそうに無さそうだ。


 いったいどうすれば……。


 俺が唇を噛みしめて悩み始めたとき、周囲の少女に変化がうまれる。


「かわいそうだよ」

「そうだね。妹想いのお兄ちゃんだもんね」

「ロリ―ちゃん意地悪すぎ」

「これだからメスガキは……」

「私は濡れただけで満足」


 そう言って少女たちはモーゼの海割のように、外への道を作り始めた。


「へ? あ、あんたたち! ロリ―ちゃんを裏切るの!」


 対象にロリ―ちゃんは怒りをあらわにする。


「駄目だよロリ―ちゃん」

「ロリ―ちゃん待てステイ!」

「魂のお兄ちゃん。さぁ、行っていいよ!」

「ロリ―ちゃんはあたしたちが押さえておくから!」

「ここは私たちに任せて先に行け!」

「別に、倒してしまってもいいのだろう?」

「そうだ! ロリ―ちゃんを押し倒そう!」


 少女たちがロリ―ちゃんの動きを封じると、俺たちを外へと誘導してくれた。


 た、助かるのか?


 何はともあれ、俺は少女たちに感謝する。


「みんな、ありがとう! 俺は妹を連れて帰らせてもらうよ!」

「うんうん」

「ばいばーい!」

「今度はあたしを連れ帰ってねー!」


 俺は最後に軽く頭を下げると、昇降口から外に出た。


「おぼえてなさいよー! ぜ、絶対あんたのこと忘れないんだからねっ!!」


 背後からロリ―ちゃんの叫びが聞こえたが、俺は無視して駆けだす。


 不思議と、外にいた少女たちも俺たちを遠めに見るだけで襲う気配がない。


 そして、俺と瑠理香ちゃんは表門から中学校を出た。


 あの地獄の包囲網から、無事に生還を果たす。


 ……流石に、今回は駄目だと思った。


 俺はそんなことを考えながらも、そのまま元来た裏門付近の道を目指す。


「るりの、お兄ちゃん……」

「へ? 今なんか言った?」

「な、何も言ってないです!」

「そ、そう……」


 一瞬、瑠理香ちゃんが何か言った気がしたが、どうやら気のせいだったようだ。


 それはそうと、あのロリ―ちゃんとか言う少女、何となく瑠理香ちゃんに似ているな。


 同じツインテールだし、どこか雰囲気が近い気がする。


 もし瑠理香ちゃんが噛まれたら、ロリ―ちゃんになってしまう気がした。


 最後まで俺たちを見逃そうとしなかったロリ―ちゃん。


 あれが増えると面倒そうだ。


 瑠理香ちゃんが噛まれないように、気をつけないと。


 そうして走ることしばらく、俺は再び団地エリアまでやってきたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る