0 壁――アクリルパーテーション

 どこって、因習村だよ。あの新しくできたテーマパークさ。

 あの場所はおかしい、歪んでやがるんだ。

 もっと慎重に、気を付けなきゃいけなかったんだ。踏み込む前に、取り込まれる前に、恐怖を見世物にすることの本当の意味について理解しておかなきゃいけなかった。演劇だ。シネマだ。俺たちは境界線の緩んだお芝居の世界に入り込んだことを分かっていなかった。

 そう、あれはひとつのお芝居だった。

 スクリーンの登場人物のひとりのようにしゃべり、動く。ストーリーの終点に向かって、それぞれが何らかの役割を演じさせられている。まったくの無自覚に。

 お芝居の舞台ではなにが現実と違うか、わかるか?

 わからないなら、教えてやるよ。設定さ。

 お芝居、創りものだ、という認識があると、どれだけ非現実な設定でも呑み込んでしまう。あらかじめそういうものだと言われたら、化け物がいようが、呪術が使えようが、超能力者がいようが、なんの疑問も抱かずに受け入れてしまう。周囲の人間が当たり前の顔で生活していれば、そういうものかと自分も順応していく。

 ルールだよ。お芝居の世界にはありえないルールが……。

 いや、違う。そうじゃない。

 お芝居に限った話じゃない。

 自分ひとりがおかしい、異常だと訴え続けても、周りの人間がルールに則って生活していれば、どんな突飛で、歪で、常軌を逸したルールでもまかり通る。それは創られた舞台の上だけの話じゃない。

 そうだ……同じだ。

 同じことなんだ。現実とお芝居のつなぎ目は、スクリーン、緞帳、ステージの有無だけでしかなかったんだ。

 一度、その透明な壁を越えてしまったら、違いなんてどこにも見当たらなくなる。

 問題は規模だけ。ルールを浸透させる規模の問題だったんだ。

 皆が呑み込めば。異常を訴える人間がいなくなるほど大勢にルールを守らせれば。

 同じなんだ。同じことだったんだ。

 俺はなんて間抜けなんだ……。

 いや、俺は、どうしてこんなことお前に話しているんだ?

 一体何のことだ? あんたは何者だ?

 いいや、俺が言いたいのは、俺が騙されていたんだってことだ。

 俺は自分の意志で殺したわけじゃない。自分の恋人を殺そうだなんて、思うはずがないだろう。だから、あれは村人たちに唆されて。そう、設定に騙されて、そうせざるを得なかった。いいや、違う。人を殺せないことが現実のルールだからじゃない。俺が常識的で、人を殺せそうにもない人間だからだ。

 そもそも、だ。

 本当は、現実にもないんじゃないか?

 そんなものはどこにも。本来的にはどこにも。

 いけない、だなんて。勝手に決めつけられているだけだ。

 誰が俺を責められるっていうんだ。俺が俺の恋人に手を挙げたことを、どうして赤の他人のあんたなんかに文句を言われなきゃ……恋人? 俺に恋人がいたのか?

 俺……俺は、来馬。来馬正巳だ。

 来馬正巳に恋人はいない。いなかったはずだ。

 年中忙しいから、恋人を作る暇なんてなかった。だから、恋人はいない。

 なら、俺が殺したのは一体?

 いや、俺は誰かを殺したのか?

 わからない。そういう、お前が誰なのかさえ……お前は。お前は。いや、お前のことはわかるぞ。覚えている。お前もあの村にいたはずだ。俺と同じ時、同じ場所に。あの祭りに参加していた!

 知っている、知っているぞ!

 お前は――。

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