神の贋作は答えを聞く -6

「シスター、聞こえてるか」

「……失礼しました、考え事を少し」

「かなり殺気立った考え事をしていたようだな……顔が珍しく鬼のようだぞ」

 意識を引き戻しながらも頭はどこか上の空で、エヴァはリベリオの言葉に力なく返すだけだ。

 教会に戻り、人がいないからと告解部屋へ二人は迷う事なく足を向けていた。執務室で話す選択ももちろんあったが、こちらの方が安全というのは二人エヴァもリベリオも意見が一致した事だ。

「……ミシェル嬢の事か」

「……彼女が、ミシェルが自分からいなくなるのは考えられません」

 エヴァは、昨日のミシェルとの会話を思い出す。熱心な信者でない彼女から溢れてたのはどれも仕方なくという感情で、自分の生きる道を信じているタイプだからこそ、なにかを悲観して疾走するとは考えられない。それはエヴァ自身が横でずっと見てきた事であるから。

「……それに」

 あの侯爵から聞こえた声と、夫人の反応。

 どちらもミシェルがいなくなるのは決まっていたような反応で、それがどうしてもエヴァの中で疑問となり居座っていた。侯爵についてはむしろ冷静で、この日がくるのを待っていたと言わんばかりに。

(夫人の言っていた鷹に渡すという言葉……夜明の鷹は、ミシェルをどうしたいのでしょうか?)

 そこまではエヴァでも理解出来たが、その先にある理由がわからない。

 どちらにしても八方塞がりな現状に、エヴァは力なく首を横に振る。

「ひとまず、彼女の安否と今回の話を整理する必要がありそうだな」

 じっと地面を見つめながら、リベリオも言葉を落とした。つい数時間前まで目の前にいたはずの、あの天真爛漫な少女が最初からいなかったかのように姿を消した。おまけに両親がその捜索に協力的ではない以上、祭司としてのリベリオはなにもする事ができない。歯痒いのは、二人とも同じだった。

「シスター、この件で夜明の鷹はどこまで関わっていると思う」

「それは……」

 言葉に、悩んでしまった。

 夜明の鷹が起こした、生贄事件と同時期に起きた失踪事件。コーラルから聞いたその話もありエヴァは目を細めた。

「それは、まだわかりません」

(夜明の鷹だけの話では、どうにも納得が行きませんから。失踪事件については生贄事件ほど話題にもなっていなかったようですし、もっとこの話には裏があるはず)

 確かに、今の段階では夜明の鷹が関わっていると明確にわかる内容だ。しかしだからと言って、それだけで終わる話かと言われればエヴァも首を傾げてしまう。今エヴァの手元にある材料だけでは、とてもではないがその判断に行き着く事ができなかった。

(それに、侯爵夫人の行動がおかしい)

 エヴァの中では、これがずっと心のどこかで燻っていた。

 今ある情報を整理するなら、ミシェルは今日いなくなる事が決まっていた様子だった。もしあの公爵が最初からミシェルに危害を与える前提ならば、夫人はなぜエヴァを呼んだのか。最後に友人であるエヴァに会わせるためという事も考えたが、そんな単純な話ではないとエヴァは知っている。そしてなにより、エヴァが聞いた心の声とは辻褄が合わなかった。

「やはり、シスターが……」

「シスターが、どうした」

「……いえ、それは」

 リベリオに、どこまで伝えていい話なのか。

 どこまで説明をするべきなのか、エヴァは判断に悩む。わざとらしく目線を下に落とすと、リベリオはそれでも目線を合わせてくる。

「シスターエヴァ、共犯にも隠し事とはいただけないな?」

「隠し事、というほどではないのですが……」

『顔に出ているな』

 心の声に、つい顔をしかめた。エヴァ自身としてはそんなつもりもないはずだが、どうやらリベリオにはそう見えているらしい。

「俺を信じろ、シスター。どんな内容でも受け入れるし聞く」

『隠し事など、いまさらだろ』

「あなたと言う方は……」

 変わらず、心の声と口から出る言葉の音量が一緒だと思った。そこまでは、口が裂けても言わなかったが。

「……わかりました。私も内容の整理のため、お話をします」

 言葉を、一つ一つ選ぶ。

「まず私が今手元で確認している話ですね、一つ目は過去にも似たような失踪事件があった点です」

「前にも、か」

「はい、どうやら私がシスターになる少し前のようです」

 リベリオの友人については、ここで触れるのはやめておく。

「その際もどうやらシスターがいなくなったようで……しかしながらシスターは生活に耐えられず逃げ出す事もありこれは珍しい話ではありませんが……これにもう二つ話を合わせると状況が変わってきます」

「……その二つ、とは」

「生贄事件と、悪魔についてです」

「っ……」

 リベリオの顔色が変わったのは、見るだけでわかった。

「リベリオ様と行動を共にして、他の人から心の声を聞くようになりやけに悪魔という単語を耳にしました……そして、夜明の鷹が以前未遂で終わらせた生贄事件。この生贄事件は、悪魔召喚を目的としていたと聞いております」

「なるほどな……」

 リベリオの顔を見慣れているエヴァでも、少しだけ肩を揺らす。それほどまでに、今目の前にあるリベリオの顔は誰かを殺してしまいそうなものだったから。

「つまり今回の件は以前の生贄事件にあまりにも似ており、それを模倣しているという事か」

「えぇ、それか……やり直しをしようとしている」

 そうとしか、今のエヴァには思えなかった。

「しかし、それだけでは犯人が誰で、いつそれが行われるかがわからないではないか」

「……実は、犯人を絞り込む情報もあります」

「それを先に言え」

 そうは言われても、とエヴァは反応に悩んでしまった。

 言ってしまえば楽であると、エヴァももちろんわかっている。しかしこれを言っていいのかと考えるほど、喉の奥に言葉が詰まる感覚があった。

(リベリオ様に、どう言えば……)

 無意識に、目を向ける。

 パチンとあった視線は真っ直ぐで、リベリオは小さく頷く。まるで覚悟はできていると言いたげで、それだけでエヴァの決意は簡単だった。


「……シスター様」


「それは……」

 心の声が聞こえないリベリオでも、その言葉がなにを意味するかはすぐ理解できた。

「昨日と、それから今日。不本意ですが聞こえてしまった言葉です」

「つまり、犯人はシスター」

「はい、それもマーレット教会の」

「……なぜそれが、断言できる」

 不思議そうに首を傾げるリベリオに、エヴァはそれはですね、と言葉を続けた。

「このマーレット教会は、周辺地域を全て管轄している教会になります。分所もマーレット教会の管轄ですし、隣街でもマーレット教会の管轄です……侯爵一家の皆様が接触するシスター様は、我々マーレット教会の人間しかいないのです」

 そこまで言葉にし、エヴァは目線を落とした。

 同じシスターを疑う事に対しての抵抗があるのも、もちろん事実である。しかしエヴァの中ではもっと別の、他の事が疑問で仕方なかった。

(侯爵家に出入りできそうなシスターで、私達が幼い頃からここに所属するシスターは誰もいない)

 慈善役や世話役など、外部と接触するシスターはいる。エヴァも侍従役としてその立場である事は同じだが、それでも該当の役を持つシスターはどれもエヴァと歳が変わらず、だからこそ今のままでは仮説が成り立たない。

 振り出しに戻ったように一瞬思ったが、すぐにエヴァはある事を思い出し顔を上げた。

「悪魔のささやきは、怪我をしている」

「……それはどこの情報だ」

「お金を使い込んだ、兄弟のお母様のお話です……もちろん、心の声ではありますが」

 これが、なにを意味したいるのか。

 それほどまでに印象的だったらしい特徴を、エヴァは何度も考える。なにか、大切な事を忘れている。そんな気がしてならず。

「そう言えば……」

 ずっと、ずっとエヴァの中で引っかかっていた事。

 あの夜の集会で、あの時聞いた言葉の中で、明らかにおかしいものが一つあった。あの言葉を考えると、すべての流れが腑に落ちてしまう。

 そして、怪我をしたシスターの存在も、それからあの時エヴァが見たものも。

「けど、それが本当なら――」

 エヴァは、その答えが心のどこかで信じられずにいる。信じたくないと、らしくもなく心が叫んでいた。

「……シスター」

 はっとしながらリベリオに顔を向けると、眉を情けなく下げながらエヴァの顔を見ていた。まるで大型犬のようで、これにはついエヴァも笑ってしまう。

「……なにがおかしい」

「いえ、あまりにも情けなかったので」

「誰のせいだと」

「……ありがとうございます、リベリオ様」

 緩く頬を緩めながら、頭を下げる。

 リベリオがそこまで心配をしているのに、エヴァ自身が揺れていてはどうするのか。それを理解して、呼吸を整える。

「私は、大丈夫です。この失踪事件は、必ず解決します」

「……最初に告解部屋で会った時からは、想像もできない返答だな」

「そうでしょうか……?」

 つい、首を傾げた。

 自覚はなかったが、リベリオから見ればそうなると告げる。釈然とはしなかったがリベリオは気にしていない様子で、またエヴァの顔を覗き込む。

「なぁシスター、解決のためになにか協力できる事はないか?」

「協力って、そもそもリベリオ様が私を共犯にしたのですよ……けど、そうですね」

 おもむろに紙とペンを取り出したエヴァは、確かにリベリオの言う通りいつかとは比べ物にならないほど楽しそうな表情をしていた。


「二つほど、働いていただく事は可能でしょうか?」

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