神の贋作と噓つき祭司 -3

「失踪、事件ですか……」

 てっきり、誰かの心の声を聞いてほしいなどの類で思っていたエヴァは、つい首を傾げる。そもそもエヴァ本人としては、事件解決に協力ができるような能力とも思っていないからこそなおさら理解が追いついていないのもある。

「シスターは、ここ最近マーレット教会周辺で失踪事件が起きている事は知っているか?」

「……すみません、存じ上げませんでした」

「いや、知らなかったからと責めるつもりはない。ただ知っているかの確認だけだ」

『やはり、教会の閉鎖空間だと情報も限られるのか』

 リベリオが考えている通り、教会という空間は想像以上に閉鎖的なものだ。

 世間と切り離し神に身を捧げる前提でいる聖職者達は、自分達の価値観の元で生活をしている。身を清め、規則正しい生活をして祈りを捧げている。世俗に染まっている事については、この際別として。

 今回リベリオのように外から誰かがくるという場合は話が別になるが、基本的に街の流行りやいまどきというものを知らないのが、むしろ普通の事であった。

「この半年で、かなりの人数がこの街から姿を消している……家出や事件に巻き込まれたのかは不明だがどれも最後に出入りをしたのが、マーレット教会らしくてな」

「その原因を突き止めるために、リベリオ様はこの教会へわざわざ祭司のフリをしてきたのですか?」

「祭司のフリは余計だ」

(確かに、教皇の息子がそのまま我が物顔でくるよりは祭司のフリをした方が調べるのは楽かもしれない)

 幸いこの国で、教皇の息子という存在は大きくとも顔は知られているわけではない。裏切る可能性のある腹心よりも、実子を調査に出す方がいいと教皇も考えたのだろう。お人好しと言われているが、どうやら頭はキレるらしい。

「それで、返事はどうだい?」

「それは……」

 一瞬だけ、考える。

 俯いたまま言葉を濁らせると、エヴァはリベリオの方へ目線を戻す。

「……申し訳ないですが、お断りする事は可能でしょうか?」

 静かに、言葉を落とした。

 そんなエヴァの返事をリベリオは予想していたのかそこまで驚いた様子を見せず、むしろわかっていたと言わんばかりに笑っているように見えた。

「もしよければ、理由を聞かせてくれないか?」

「リベリオ様にお付き合いをするという事は、私は告解部屋のシスター――不本意ではありますが呼び方を拝借するなら、ピクシー様としての告解をする時間が減る可能性があるという事です……私は、この告解部屋をやめるつもりが今のところないので」

 少なくとも、前院長がエヴァに教えたかった事と、母親らしき彼女の心に触れるまでは。居場所もこの神の贋作のような能力も、ここならすべてあるから。

 エヴァの言葉を聞いたリベリオは、少しだけ寂しそうに顔をしかめたと思うとすぐに顔をあげてわざとらしく笑ってくる。なにかよからぬ事を考えているのであろうその表情を見ていると、困ったなぁと少し演技がかった言葉を続けてきた。

「いや、お願いとは別件なのだが……今回の件はどうするかをだな。いくら前院長の指示だったとは言え、告解部屋をシスターが使用する事はご法度」

 この偽物祭司、脅しにかかってきた。

 突然方向性を切り替えてきた目の前のリベリオに、さすがにエヴァも少しだけだが動揺をした。だってそんな事、心の声でも聞こえてこなかったから。頭の回転が速くキレているのは、親子似ているのかもしれない。

「この告解部屋はひとまず封鎖、それから規則を破ったシスターはどうなるやら……破門の可能性も少なくないだろうが」

「そ、それは困ります」

 反射的に、椅子から立ち上がった。

「お、ようやく感情的な言葉を返してきたな」

 リベリオからするといい反応だったのかもしれないが、エヴァからするとその言葉はかなりの死活問題だった。もちろん、この告解部屋が閉鎖されるというのは避けたい事である。けど、それよりもエヴァの不安要素は別にあり。

「そうなったら、私は帰る場所がなくなってしまいます……」

 能力の事で後ろ指を指されても、他から見ればいじめられていると言われても、それでもエヴァにとって教会が帰る場所である事に変わりはない。親の顔も知らないエヴァにとって、今いる場所がすべてであったから。

「っ……」

 しゅんとしたように目線と落とすと、目の前のリベリオは少しだけ気まずそうに顔をしかめている。どうしたのだろうと思いじっと顔を見ると、なんだか申し訳なさそうな声が聞こえてきた。

『……冗談で言ったつもりだったが、少し遊びすぎたな』

 若干反省しているような声音に、エヴァも少しだけ罪悪感が顔を覗かせる。そんな事を考えるなら最初から言わなければいいものをと思いつつ、あの、と言葉を選んでいた。

「……私も、少し熱くなってしまいました」

「……今、心を読んだだろ」

「読んだのではなく、聞こえてきてしまったので」

 だから、不可抗力だと思った。

 そっけなく返事をすると、リベリオは少し不服そうな顔をしながらも力なく首を振り頬をかいていた。

「まぁさっきのはもちろん冗談だが、今から言う事は本当の話だ」

 目の前に立つエヴァに、リベリオはそっと手を差し出す。頭一つ分高い身長のリベリオは、楽しそうに笑っている。

「シスターエヴァ――告解部屋に答えがあると思っているなら、それは間違いだ」

『告解部屋に答えがあると思っているなら、それは間違いだ』

 心の声と、言葉が綺麗に重なる。

「小さな空間に答えがある事ももちろん事実だ、けど世界は一つではない……君の求めている答えがこの場所にあるなんて、誰が決めたんだ」

 言葉が、詰まった。

 その通りでしかなく、なにも反論ができなかったから。

 リベリオの言っている事は正しい、なにも間違っていない。それでもエヴァは、強く拳を握る。差し出された手は、握り返さなかった。

「間違いなんかでは、ありません……」

 それを間違いだと言ったら、エヴァの今までの時間が意味のないものになってしまうから。

「ならば今までに、誰か答えを教えてくれたのか。答えと思える告解はあったのか」

 またなにも、エヴァは言い返す事ができない。

 すべてリベリオの言う通りだ。答えがあった事なんて、今まで一度もない。

 人間の見たくもない内面や、言葉と。それからありったけの私利私欲が孕んだ心の声はエヴァに浴びせられて、息をする事すら苦しいほどだった。

 けど、それを否定してしまってはエヴァにはなにも残らない。今までの事も、この告解部屋でやってきた事もすべて意味がなかったと証明してしまうようなものだ。

 しかしそんな事知りもしないリベリオは、言葉を重ねてくる。

「しょせん人の自己中心的な罪悪でしかない告解に、心なんかは存在しない」

 そんな事は、エヴァが一番わかっている。

 エヴァが一番理解をしていて、一番痛感をしている。

 けど同時に、自分が心のどこかでわかっているからこそ、他の誰かに指摘されるのが不快でもあった。

「そんな事、ありません」

 だからこそはっきりと、声を張る。ここ最近で一番大きかったと自分でも思ったその声にリベリオも一瞬驚いたような表情を向けてくると、すぐに嬉しそうに頬を緩めていた。

「なんだ、いい声が出せるじゃないか」

 なにが面白いのか、エヴァには理解できない。ただ本能的に、この性格は合わないと思えた。

「……もうよろしいでしょうか、部屋に戻らなければいけないので」

「話の途中に、逃げるのか?」

 途中なんて、勝手に入ってきて勝手に話しているだけではないか。

 そんな気持ちを込めてじっと目線を送るが、当の本人は気づいていない様子で聖職者とは思えないほど人の悪い笑みを返してくる。

「答えはなにもこの場所だけではない、見なければわからない事もあるぞ」

 ピクリと、指先が跳ねる。

 見なければわからないなんて、それこそそんな事は誰が決めたのだろう。

 反論したい気持ちと否定できない感情が、エヴァの中にある。反論できるほどの答えを、エヴァはまだ見つける事ができていないから。

 それでもと呼吸を整えて、目線を落とす。深く吐き出した溜息の中には、溜め込んだ言葉を含んでいた。

「そんな事ありません――答えは見なくとも、心の声が教えてくれます」

 はっきりと、迷わずに言葉を紡ぐ。

 エヴァの様子を見ていたリベリオは、また楽しそうに頬を緩めながらシスターエヴァ、とまるで掛け合いのように言葉を続けてくる。

「そこまで違うと言うならば、それを証明するためにも協力してくれるだろ?」

「それ、は……」

 今までの流れが誘導をするためのものだと気づいたが、もう遅かった。

 揺らいだ感情のままで、深く息を吐く。証明なんて、できるわけがない。答えなんて、どこにあるかわからない。曖昧で形の存在しないという事をエヴァ自身もわかっていて、それを見透かしたリベリオはまるでその隙に入り込むように言葉を投げてきた。

 迷う事なく、心の声は聞こえていないはずなのに、まるでわかっているかのように。


「俺を信じろシスターエヴァ――俺が、答えを見せる」

 

 見せるなんてそんな、とエヴァは内心嘘だと思う。

 嘘だとは思ったが、エヴァはその事に触れず小さく首を横に振った。否定とか、馬鹿にするわけでもない。ただ今の状況に対してのものだ。

「……見せるなんて、元よりあなたに逆らう事ができないという前提でお話ですよね」

「……さぁ、そう思ったならそれで今は構わない」

 意味ありげな言い方は、どうやら本当の事らしい。

 ただリベリオもそこまでは言わず、エヴァも敢えて彼の方へ目を向けない。それは声を聞かなくとも、わかっている内容であったから。

「やっぱり面白いな、シスターは」

「なにも面白くありません……」

 どこをどう見て、その言葉が出てきたのだろうか。

 偽物であっても立場上では上司の彼に強くは出れず、肩を落とす。

(神よ、これはただの悪戯なのか私への罰か……それとも試練なのでしょうか?)

 エヴァの心の声は誰に聞こえる事なく、静かに消えて行くだけだった。


 しかしエヴァはまだ知らない、このリベリオという青年との出会いが神の巡り合わせである事を。

 この告解部屋での夜が、すべての始まりだという事を。

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