アルティメット・イレブン

肉を休ませる

第1話 キックオフ(1)

 高めに浮いた遊び玉が、選手たちに注視されるなか、重力にまかせるままフィールドに引き戻されてきた。


 付近で目を細めて構えていたユニフォーム違いの選手二人が、スパイクに力を込めて駆け出し、ぎこちない足技で競り合った。


 一方がボールを確保した。彼にとって敵陣深くであった場所から、その目標であるゴールを狙える地点への移動は、その線上に阻む者もおらず僅かですむと思われた。


 しかし彼は、攻め込むチャンスに目もくれず、体勢を切り替え、後方に鋭いパスを送った。


 


 相手ゴール前で冗長に捻出されたパスボールは、待っていたとばかりに猛然と後方から駆け上がって現れた、長袖に手袋姿の しろつめ きょうすけ が、首尾よくさらった。


 だが、白詰が直後に放った渾身のシュートは、相手キーパーの接触を経てポスト外側へ逸れ、背後のスタンド方面へ抜けていった。そしてホイッスルが鳴った。


 


 リーグ春期の最終試合の取り巻くスタンドは、日曜日であってもほぼ無人と言えるほど閑散としていたが、試合のほうは、特に執拗に攻撃をしかける株式会社アオブナ所属サッカー部守備陣の熱気が目立っていた。


 ただ一人いる味方ベンチでは、キックオフの時点からからプレーにはほぼ目をくれず、数字がびっしりと印刷された書類群を睨んでいた監督 とちの ほうすけ が、ちらりと試合の節に意識を向けていた。


 


 サッカー実業団4部リーグに登録されている、このアオブナFCは、紛れもなく本日の試合に2-0で善戦していた。


 2得点とも、今のように仲間にチャンスをお膳立てをしてもらった、ゴールキーパー白詰の決死のシュートによってもたらされていた。


 試合は、あと数分で終わろうとしてた。


 


 


 フィールド上では、勝っているのに一体どうしたのかと思えるように眉をひそめ、半ばあきれ顔で持ち場へ戻る相手チーム選手を後目に、白詰が猛然と悔しがっていた。


 わざわざ最前線に突撃してまでの攻撃は、得点にならなかった。


 最終パスを繋げた新人、右ウイングバックである はじめ が、白詰へと駆け寄った。


 


「ドンマイ、恭介さん。まだチャンスはあります。」


「そうだな、すまん…ハジメ」


 


 白詰は、自軍のゴール方面を小走りで戻りがてら、闘志を消すまいと自らを戒める。


 そうだ次のチャンスで得点するのだ。得点をせねばならない。


 


 仲間のDF陣は、前回の試合までに全員得点ノルマを達成していた。


 普段は交流がない前衛陣とも、後衛陣をあげての綿密な根回しによって、彼らに余裕があるうちはバックパスで協力もらえるよう協力を取り付けていた。


 ルールもプレーもろくに指導されていないはずの華尼拉井は、思いのほか健闘してくれている。


 面目ない限りだ。あとは自分だけなのだ。なんとしてもこの春の四半期シーズンの最終戦であるこの試合で、あと1得点を奪わねばならない。さもなくばチームを去らねばならないのだ。


 白詰は、手袋をまとったままの両手で、自分の頬をピシャンと叩いた。


 

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