第8話「おリセマラですわ!」

 その日は広場にき火を焚いて、簡素な夕食をとった。

 体力を温存するために、早めに根付いたサイジだったが……夢を見た。

 これが夢だとわかっている、セピア色の追憶の傍観者。

 明晰夢めいせきむの中の自分は、まだ幼い子供だった。


『お母さん、そっちそっち! アイテム取って、回り込んで!』

『ふっふっふー、サイジ! 援護は任せてボス倒しな!』

『うんっ!』


 サイジの母親は、昔からよくテレビゲームで遊んでくれた。

 ソフトもハードもちょっと古くて、でも選りすぐられた名作揃いだった。

 そう、母親もまたゲーマーだったんだと思う。

 それに、ゲームくらいでしか遊んでいられない環境だった。

 家族旅行なんて行ったことないし、遊園地も動物園も見たことがない。

 中途半端な貧しさの中で、それでも母親はずっとサイジに優しかった。


『あっ、お母さん! 逃げて逃げて、やられちゃう!』

『ああっと! サイジ、助けに来ないで先にいきな!』

『やだよ、お母さんいっつもこのステージで死ぬじゃん! ……あーあ、また死んだー』


 二人でいつもの協力プレイ。

 母親はゲームの達者な女性だったが、さりとて凄腕ゲーマーということもなかった。どっちかというと、キャラが好きになったり、ストーリーに感動するタイプだったと思う。

 そんな母親のキャラを守ってプレイする中、サイジはガチゲーマーになった訳だ。

 そして、夢の中で母親はいつもの台詞せりふを呟き寂しげに笑う。


『ごめんよ、サイジ。お母さん、男運だけじゃなくゲーム運もイマイチだねえ』


 サイジの父親は、家には寄り付かなかった。

 金を無心しに来るくらいで、一切が謎の男だったのだ。

 しかし、ただ一つだけはっきりしてたことがあった。

 父親はギャンブルで身を崩した人間で、家のお金の大半はその男の手で消えてゆくのだ。

 生活はそれなりに厳しく、サイジがバイトを始めたのも家計を助けるためだった。


『違うよ、お母さん! 運が悪いんじゃなくて、ただ下手へたっぴなだけだって!』

『そっかー、でもサイジが教えてくれたから、昨日よりは進めたよねえ』

『そうだよ、練習すればいいんだよ! 僕ももっとフォローするからさ、二人でクリアしよーよ!』


 徐々に視界が狭くなって、ゆっくりと夢が遠ざかる。

 現実に目覚めつつあると知って、サイジは遠い夢へと目を細める。

 こっちに来てから一ヶ月近く、母親には会っていない。突然息子がいなくなって、心配していないだろうか? この状況を知ったら多分「異世界転生! 燃え萌えっ!」と叫ぶだろうか。

 なんだか、酷く母が恋しい気がして、そうして夢は終わった。


「ん……ルルか。ごめん、ちょっと邪魔」

「ムニャ、サイジくん」

「はいはい、僕はここにいるよ。これじゃ、逃げたくても逃げられないって」

「うにゅ、よかったあ……ムニャムニャ」


 目が覚めたら、何故なぜかルルが背中にひっついていた。

 横になって眠るサイジを、一回りも二回りも大きなルルが抱き締めてくる。

 危うく押し潰されそうな程に、ルルの弾力に沈んでいるのだった。

 そんな状況から抜け出し、ふと周囲を見渡す。

 遠くの稜線がゆっくりと紫色に縁取られ、朝日が昇ろうとしていた。


「あれ、そういえばエルベは」

「私はここです、サイジ。おはようございます」

「ああ、おはようございます。って、今までどこに?」


 キョロキョロと周囲を見渡していたら、町の奥からエルベが戻ってきた。

 朝日の最初の光が、彼女の金髪をキラキラときらめかせている。

 エルベはどうやら、薪を拾ってきてくれたようだ。


「少しですけど、火が使えるうちに朝食をと思って」

「あ、手伝いますよ。えっと、パンはまだあるから」

「昨日のスープの残りを温めて、それでまかなっておきましょう」


 ついついサイジは、意外だなと思ってしまった。

 そして、どうやらそのことが顔に出ていたらしい。

 焚き火に鍋を掛け直す得る絵bは、サイジの視線に少し得意げに微笑んだ。


「王女とはいえ、なんでも人任せという訳ではありませんよ。術師としての魔法は勿論もちろん、多少のことならほぼ全て自分一人でもできます」

「いや、驚きました。お姫様なんて、ゲームの中でしか見たことないですから」

「ゲームの中……クィーンのこまとかを動かす、あれですか?」

「もっと色々ありますよ。でも、概ねどんな作品の物語でも、お姫様は勇者の助けを待ってることの方が多いですね」


 すぐさらわれるし、捕らえられたら律儀に助けを待っている。蝶よ花よと育てられた、貞淑ていしゅくで気品に溢れたお姫様というのが、ゲームにおける主なヴィジュアルである。

 勿論、例外はあるし、目の前のエルベもそうだ。

 サイジが詳しく話すと、エルベはうんうんと頷きながら笑う。


「そうなのです、多くの者たちはそういう王女の姿を望んでいる……ちょっとだけ、前から薄々思っていました」

「でも、今は旅の仲間として頼もしいですよ。助かってます」

「それは私も同じです。必ず魔王を倒し、王国を再建せねばなりませんから」


 ぶっちゃけ、無理ゲーという見方もある。

 だが、エルベの青い瞳には決意と覚悟が燃えていた。

 こういう時、ちょっと不利なくらいで丁度いいと思えてしまうのがゲーマーというイキモノである。そして、そのことをサイジは自分に再確認していた。

 いよいよ面白くなってきた、とまで思いつつある。

 そして、これは博打ばくちでもギャンブルでもない。

 論理に基き最適解を積み上げる、勝つべくして勝つゲームなのだ。

 そうこうしていると、ムニャムニャとルルが起きてきた。


「ふぁ……ふう! よくねた! なんか、いーにおい!」

「おはようございます、ルルさん。朝ごはん、できてますよ」

「おはよう、ルル。あ、そうだ」


 ふと思い出して、サイジはルルに荷物を出すように促す。

 以前、ワイバーンと戦った時にドロップしたアイテムのことを思い出したのだ。薬瓶くすりびんのようなものだったが、エルベに見せればなにかわかるかもしれない。

 ルルがわたわたと自分の革袋から小瓶を取り出す。

 それを手にしたエルベは、開封して少し匂いを確認する。


「これは……珍しいものを持ってますね。賢さの霊薬です」

「賢さの霊薬?」

「大変な貴重品ですよ、サイジ。人間の知性を刺激し、その知力を向上させる秘薬です」

「つまり、賢さが上がるアイテムか。よし、ルル」


 サイジは早速、聖剣エクスマキナーを手にしつつ、小瓶をルルへと返す。

 こういうアイテムで上昇するステータスなど、全体から見れば微々たるものだ。だが、塵も積もれば山となる、そういう言葉もある。

 そして、万事に徹底して効率を重視するのがゲーマーという生き方だった。


「ルル、その薬を飲んで」

「えー! わたし、くすりきらーい!」

「うんうん、わかるよ。お薬大好きなんて言ったら、ある意味で問題発言だからね」

「サイジくんがのみなよー」

「いや、試したいことがあるんだ。それに、僕たちの中では多分、ルルが一番賢さが低い……じゃなくて、もっとも賢さが高くなる可能性があるんだ」

「ほんと!? そっかー、わたしかしこいかも! のむのむっ!」


 すぐに聖剣のスキルで、サイジは現状をセーブした。

 そして、ステータスを確認しながらルルを見守る。


「うえー、にがーい! でも、あたまがよくなったきがする!」


 賢さが1上がった!

 無論、ロードしてやり直しである。


「ルル、ちょっと、そうだな……腹筋運動」

「ほへ? いいけど、なんで?」

「乱数調整だよ。一見無意味に見える行動でも、乱数を変更できるかもしれないんだ」

「ぐぬぬ、むずかしいはなし……でも、わかった、やってみる!」


 そして、寝起きにルルは腹筋を20回こなし、再び薬瓶の霊薬を飲み干す。


「うえー、にがーい! でも、あたまがよくなったきがする!」


 賢さが3上がった!

 しかし、すぐにサイジは巻き戻す。

 この仮定を、スクワットや腕立て伏せなども挟んで数十回……こういう時、単調な作業も苦にならない、それもまたゲーマーである。


「ふむ、最大値は7かな? それより上は出ないね」

「あれぇ、おっかしーなあ……なんでわたし、ちょっとつかれてるんだろー」

「とりあえず、また飲んでね」

「また? えっと……ま、いっかあ! いただきまーす!」


 今度は運良く一発で成功だ。

 賢さが7上がった!

 何度か試してみて、このアイテムの最大上昇値は7であるらしいことがわかった。ならば、そろそろ妥協の時だろう。粘れば8や9も出るかもしれないが、もうすぐ朝食を食べて出発しなければならない。


「うえー、苦ーい! でも、頭がよくなった気がする!」

「うんうん、よかった。もともと低いキャラを伸ばしたほうが、全体的なUP率が大きいからね」

「もともと、低い? それって、わたしが? えっと」

「ルルはいつも強くて賢いよ。さ、朝ごはんにしよう」

「うんっ!」


 こうして、勇者一行の新しい朝が始まった。

 この先は王都へと街道が続き、恐らくそこで死と滅びが待っているだろう。エルベにとっては辛い里帰りだが、進むしかない。

 胸中に小さく決意を呟き、サイジは今の状態をセーブするのだった。

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