第5話 現実は物語とは違う

白い穴から落ちてきた場所を「拠点」とするために、近くの木に印をつけた。

その印を中心に森の探索を始めた。


まずは水の確保だ。

だが耳をすましてみても水の音は聞こえず、近くに川はないようだ。

ここを中心に東西南北に30分ずつ歩いては戻りを繰り返した。


陽が暮れ始めたので拠点に戻り、今夜はここで寝る事にした。

散策で水は発見出来なかったが何の実かわからない実を見つけて、もぎ取ってきた。


もいできた実を思い切ってかじってみる。


「!!!すっっっっぱああああぁぁぁ!」


身体中の毛穴が開いたかと思うほど酸っぱかった。

だが、酸っぱいという事はきっとビタミンを多く含んでいるに違いない。

と、姉貴がよく言っていたのを思い出した。

もう一口かじった。


「!!!!!!」


いや、マジ酸っぱすぎて転げ回った。


「無理。ハラ減ってるけどビタミンはもういい」


酸っぱすぎて唾液が止まらず、喉の渇きが気にならなくなった。

ある意味グッジョブな実だ。

起きていると腹が減るのでもう寝ようと思い、近くの木のうろに身体を隠した。


完全に日が暮れて辺りが真っ暗になった頃、俺は木のうろの中でウトウトしていた。


ガサササササササッ、ボトン!


「ヒャウっ!」


突然の音で目が覚め、慌てて棒を握りしめた。

音は一度きりでその後はシーンとしている。

カバンが落ちてきた時と同じくらいの音だったな。


「もしかして、何か、落ちてきた?」


ふと思い、慌ててウロから這い出した。


真っ暗な中、木の根に躓きながら手探りで目印の場所まで進んだ。

何かが落ちているのがぼんやりと目に入った。

接近してみるとそれはコンビニの袋だった。

袋の中にはペットボトルの水が5本とパン10個とオニギリ5個、チョコ3個にライターが入っていた。


なぜにライター?

だが、ありがたい。

ライターをつけると途端に手元が明るく照らし出された。

真っ暗闇に慣れていない日本人に明かりはとても有り難かった。

昼間は太陽に月が2個も出てたくせに夜は何も無いんだ?

たまたま今夜だけ暗いのかいつも暗いのかわからないけど。



しかし誰だろう?

あいつらが差し入れなんて寄越すわけないし、通りがかりの誰かがうっかり穴に落としたのかな。

とにかくさっきの木のウロに戻り、ペットボトルの水をゴクゴクと貪り飲んだ。


みず、うめぇ〜。

オニギリとパンをひとつずつ食べた。

パン美味い!米美味い!

誰か知らないけど落とした人、ありがとう!




翌日、日が昇ると俺はまた散策に出掛けた。

今日は、水と食料があるので、川を求めてまずは西へ西へとズンズン進んでみた。

昨日の30分の地点を超えてさらに進んでいくと小さいが川を発見した。

しかも小川のそばには巨大な岩が割れて洞窟のようになっている場所があり、そこを寝床にする事にした。



昨日落ちてきた拠点からは歩いて90分ほどなので、1日1回は拠点に見回りに戻れる。

洞窟の中に恐る恐る入り、安全を確認した。

奥はそんなに深くないが、獣や蛇や変な虫とかいたら嫌なので念入りに確認した。

近場で集めた焚き木を洞窟の脇に置いた。

ライターがあるから焚き火が出来るぜ!



暗くなる前に一度拠点まで往復しようと思い戻ってみると、そこには何と、大きな荷物が落ちていた。

慌てて駆け寄るとマジックで大きく書かれたメモが貼ってあるのが目に入った。


『ドンドン落とすので拾ったらすぐ横にずれてくれ』


慌てて荷物を持ち上げて少し離れたとこに避難した途端、

空中が白く濁ったと思うと、そこから荷物が現れて、

ボヨンと地面に落下した。


ふわぁ、間一髪。


ボヨンボヨンとした空気で守られていた為、荷物が破損する事はないようだった。

だから自分が落下した時も無傷だったんだ。(転がった時の擦過傷は出来たけど)


ちょっとずつ間を空けて荷物は数回落ちてきた。

最後の荷物には大きめのメモが付いていた。

荷物を落としてくれた人は俺が穴に落とされたところを目撃した人だった。


その人も穴の先が異世界に通じているのではと、半信半疑ながらも思ったようで、俺がこちらの世界で少しでも生き残れるように荷物を穴に投げ込んでくれたそうだ。

メモには名前が書いてなかったのでどこの誰かはわからないけど、きっと俺のネット友達のようないいヤツなんだろうなと思った。


ありがたい。

ありがとうございます。

俺は空中に向かって手を合わせた。



荷物はかなりの量で小川の近くの洞窟に運ぶのに一回では到底無理だ。

小川まで片道90分、往復だと3時間だもんな。

今日運びきれない分はとりあえず木のウロに隠しておいた。

翌日訪れるとまた新たな物資が転がっていた。

物資は7日連続で届き、そのあとはプッツリ途絶えた。


たぶん…穴が閉じたのだろう。

荷物が届いている間は元の世界と繋がっている安心感があったが、それが切れたって事は本当に元の世界に戻るのは難しいのかもしれない。

そう思ったら母さん達の顔がふと浮かび、ブワッと涙が溢れた。


『ぶわぁか、泣き虫太郎』

『泣き虫じゃないもん』

『こら、ちいちゃん、優希を蹴らない。優希も鼻噛んで』

『にぃに、えんえん?』

『そうだねぇ。お兄ちゃんはいたいたいって泣いてるね』

『泣いで、ない、もん…グズ』


いつの景色だろうか、俺がまだ5歳くらいだったか。

姉貴と喧嘩して泣いた時の事が思い出された。

あの後姉貴は『千紗稀のお菓子箱』と書かれた缶からクッキーをひとつ出して俺に差し出した。

『男ならすぐ泣くな。頑張れなくなった時だけ泣いていい』



そうだった。


「大丈夫。大丈夫だ、俺はまだ頑張れる」




俺は数日かけて物資を洞窟に運んだ。

初日の物資に小さめのテントやキャンプ用品があったので、洞窟の中にテントを設置した。

鍬とかバールのような物もあったが何に使うんだ?

畑…?いや、武器か?


小川のそばなので普段は水を沸かして飲んだ。

ペットボトルの飲料水はなるべくとっておくことにした。

初日のコンビニ袋の中のパンとオニギリは食べ終わってしまった。

しかし、物資の中には防災用の食料が色々入っていた。

それとは別に、穴が閉じるまでの7日間毎日、弁当や惣菜も落としてくれていたので、何とかというか結構楽に生活できている。


とはいえ、一ヶ月もしたら食料も尽きてしまうだろう。

今後は森での食料探索と人が住んでる街を探すのが目標だ。

明日は拠点からもっと西に足を伸ばそうと思っている。

とりあえず森の西側を重点的に探索しよう。


国内では俺の前にふたり、穴に落ちた人がいたはずだ。

その人達もこちらに来ているのだろうか?

この森のどこかにいるのだろうか?それとも別の場所?

日本だけでなく世界中だともっと大勢が穴落ちしていたはず。

その人達もこの世界にいるのかな。



会えるかな?その人達に。

……やべぇな、俺、英語はあまり得意じゃないんだけど。


でもま、会えたら言葉の壁はその時考えよう。

てかひとりだと怖いから誰か、誰か近くにいてほしいです。

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