第26話 魔剣再臨

「それにしても、サドゥの兄さんやるじゃねーか」


「もっと早く自分のスキルを活かせれたら良かったんですが…」


 ゲンガンからそれでも助けられた奴が多くいると言われ、少しは救われた気持ちにはなる。真剣に戦った兵士と冒険者に、大したことないおっさんの活躍で左右された命ではないと思われるかもしれないが、今回の戦いで失われた多くの命を背負うのは重過ぎる気がしていたのだ。

 それに、冒険者ギルドに登録してからは先輩冒険者として砕けた態度を取ってくれていたが、今回の戦いを通して何となく本当の意味で一人の冒険者としてゲンガンが認めたくれたようで嬉しく思う。


「色々あって疲れた気もしますが、しばらく肉は食え無さそうですよ」


「まぁ、慣れなきゃそうだろうな」


 普段食べていた肉の形になる前のガルや他の魔物の無残な姿を見たことで、食欲が湧く気が全くしない。それに、なるべく目にしても意識的に気にしないようにしているが、苦手なつもりもなかったはずの血の色も、これだけ地面を染めるような量の鮮血を見ると目が眩しさを覚えるように脳が感覚を処理しきれない錯覚をしてしまう。

 はあ、と溜まっていたものを軽くするように長めに息を吐くと、まだサブダンジョンのコアは破壊されていないが、後始末のことを考えると頭も痛くなって来そうだ。


「実はよ、思い出してな」


「何をですか?」


「前回のダンジョンの大波の時に、タタールの街にいるらしいそっくりさんと会ってたかもしれねぇってな」


 こっちはまだまだ下位の冒険者で向こうは奴隷部隊で話したこともねぇが、その時組んでいたパーティの連中に似ているとからかわれた気もしてな、向こうは多分ネズミでこっちが狼の獣人だから失礼な話だけどな、とゲンガンは続ける。


「その時は今回の規模どころじゃねぇ、下層の竜もダンジョンから出て来る最悪な状況だったからお互いによく生きていたと思うがな…。結局その時も魔法師ギルド支部長様の魔法で竜も一掃されて、プラチナ以上のソロ連中がそれぞれサブダンジョンのコアを破壊に潜って行って、そっから無事に破壊したと思うがあんまり覚えてねぇぜ。」


 あの日以来そいつをこの街で見てねぇから、おそらく奴隷の首輪が壊れて逃げ出したと思うからここだけの話にしようぜ、と声を潜めて伝えられる。ゲンマもそんな戦いを経験していたら、魔法師と魔法師ギルドの幹部に思うことがあるのだろうと彼の態度を思い出しながら、ゲンガンの提案に頷く。


「でもどうやって思い出したんですか?」


「18年前と同じでダンジョンの波で獣化のスキルを使う状況が、あの日のことを思い出すきっかけになったのかもしれねぇな」


 初めて聞く獣化とは響きが格好いいと思うし、こう冒険者としての奥の手みたいなものには憧れてしまうと感じるが、そんなことを教えてもらっても大丈夫なのかと聞いてみる。


「見たまんまのスキルだから隠していたつもりはねぇ。強力だがなるべく使わないようにしているだけだな」


 ゲンガン曰く、獣人にそこそこ発現するタイプのスキルらしいが、獣化のスキルを使用するとより体に流れる獣の血が濃くなり、人間を超えた力と能力を発揮しやすいらしい。ただ、その代わりにスキルを使用し過ぎると獣の血が濃くなった状態のまま戻って来れなくなり、そのまま人としての理性も失ってただの獣となり、人を襲う魔物として討伐されることになるようだ。

 元々、獣人の血の濃さは個人差があるが、顔面がほぼ獣の兎顔のタピーなんかが使用した場合は、確実に戻って来れなくなると聞いて、練習すら難しいスキルなのは効果が高くともピーキー過ぎると感じてしまう。

 そんな話をしつつ、支部長の魔法のおかげで指揮官の魔物以外は綺麗に無くなり、人間が倒れているだけの戦場で生き残りの確認と怪我人の収容作業が始まっている。 

 さらに、決死隊のプラチナパーティがダンジョンに潜っている間に、退路のために階層の確保も行うようで準備の出来たパーティからダンジョンに向かって歩いている。その中に、見知ったパーティを見かけると向こうも気づいたようで話し掛けて来てくれる。


「僕たちは2階層の担当なんで、よっぽどのことがない限り大丈夫です」


 アレックスが話し掛けてくれ、パーティの女性陣からも口々に菓子が助かったのでまた個人的に購入したいと言われる。今回は差し押さえられている品を緊急で提供しただけなのでと断りつつ、普段の明るい柔らかな表情とは異なり、垂れ目なアレックスが眉間に皺を寄せるようならしくない様子が気になってしまう。


「それにしても、サドゥさんの活躍は励みになりましたよ。今思うと、僕は勇者とお告げを受けて自惚れていました。本格的な戦いが始まると、シルバーランクの人たちにも実力が遥かに離されていると感じていたのに、ゴールドランクの人たちとは実力差も分からずに圧倒されていました。僕たちブロンズランクは負傷者を回復役の魔法師の所まで運ぶので精一杯でしたが、そんな時に同じランクのサドゥさんの活躍を見て勇気づけられたんです」


「たまたま自分のスキルの効果的な使い方を思いついただけで、もっと早くに気が付いたら良かったと自分では考えてますよ。それに、負傷者を運ぶ仕事も必要な役割ですよ」


 アレックスから周囲のレベルの高さに気落ちしていたが、僕たちの力も役に立つはずだと、他にも何か役に立てないかと感じましたと言われ、謙遜ではない自身の本心を伝える。彼は勇者に選ばれるだけあって、心の通りに真っすぐに目を合わされると、何よりも最初に自分の安全確保に走っていたおっさんは気まずくなって目を逸らしてしまう。

 それにしても、無我夢中で自分でも何をやっているか分かっていなかったが、他のブロンズランクの冒険者も戦場を走り回っていたのだと感心してしまうし、戦友としての絆を感じるな。そうしていると、それまで黙っていた狐耳の魔法師のクノから一言声を掛けられる。


「魔法師として、負けませんから」


 アレックスに褒められたことが気に障ったのか、ボクサーがガードするように両手の拳を握って胸の前に持って来たクノから敵対心を向けられてしまう。だが、魔法師としての腕は圧倒的にこちらが負けているのだから、そんなにムキにならないでもいいのにと思ってしまう。

 結局今回の戦いで役に立った風に見せているだけで、謎ステータスの体力を上げて無理やり何とかした運任せの結果だ。長時間の使用だとかもっと戦いの規模が大きくなっていたら、どうなっていたか分からない。一度に数千の敵の群れだったり万の敵を前にしたら、自身の出来たことなんて局所的過ぎて戦いの趨勢に影響を与えなかったはずだ。それに、より下層の魔物には小細工が通じず、その結果は体力の上昇と魔力の回復も追い付かずに破綻していたと思う。


「配達屋、ちょっとこっちに来てくれ」


 後方部隊を指揮するゼーエフから、冒険者ギルドの建物へ来るように伝えられ、それぞれの仕事に戻ることにする。心配だからこいつらに着いて行ってやるよ、とゲンガンがクノのパーティと一緒に行動することを伝えられ、手を振って自身は冒険者ギルドへ移動する。


「サブダンジョンのコアは光風の騎士団に任せて何とかなりそうだから、お前には街中に配置した物資を徐々に集めて欲しい」


 おおぅ、ステータスの体力の数値が上昇したから負荷が減ってそんなに負担にはならないはずだが、物資をもう1度集めるとは大変そうだ。これからの自身の仕事の手順は、合金製の箱に物資が仕舞われたのを現地から上がる合図となる光球を確認次第、それを目安に箱の魔力を感知して逆転送を行わないといけない面倒に感じる仕事だ。思わず、もう一度嘆きの声が出てしまいそうだ。







 プラチナランクパーティの光風の騎士団は、ダンジョンに入ってからもペースを落とすことなく進んで行く。途中、先に階層の確保をしてくれていたゴールドランクのパーティに道案内を申し出られるが断る。


「中層までの道のりは頭に入れてある。死にたくなければダンジョンから出ていろ」


「えーと、サブダンジョンのコアはもう上層付近まで来ているだろうし、そいつを守る守護者との戦闘は激しいから安全な位置にいて欲しいということです」


 光風の騎士団のパーティリーダーであるフリードの言葉に、目の前の中年の男たちは嫌な顔をしていないが、念のために捕捉をパーティでも一番大柄なオルフが行う。

 騎士団の他の4人はゴールドランクパーティが話し掛けるのも気にせずにそのまま進み続けており、話を切り上げて2人もすぐに追いついていく。


「全員若いのにプラチナランクとは…」


「特にリーダーは竜殺しだとか…。コアは若き英雄に任せて俺らは出来ることをやろう」


 自分たちも英雄を夢見て若き日に冒険者になったが、気が付けば引退を考える頃で現在のゴールドランクが限界だと感じていた。そうした状況で、自分たちが冒険者になった年齢と変わらないような若さのプラチナランクのパーティを見ると、この仕事が最後になるかもしれないが街を守れて良かったとも考えてしまう。



「リーダーの竜殺し様は大変だねー」「オルフもフォローが大変だねー」


「好きに言ってろ」


 フリードとオルフがゴールドランクパーティとのやり取りをしていたのを、揶揄うように2人の女性が触れる。彼女らは双子のようで、耳よりも長い程度の長さの髪型も同じでパーティ全体で統一された装備を身につけていることで見分けが全くつかない。そうして見ると、パーティリーダーのフリード以外は片手剣と盾持ちの王都騎士団で基本的な装備となっている。


「役割はいつもので良いでしょ?」


「ああ」


 特に変更もないし、決定事項のように確認をして来る相手に返事を返す。こちらに確認して来たベルは、髪は右側だけ肩まで長く、左側は耳よりも短いと独特な雰囲気と感性を持つ女性だ。


「一応確認しておく。サブダンジョンのコアを破壊する今回のパーティ内の役割は、盾役がオルフ、斥候役がジース、魔法師役がシグとルズ、回復役の魔法師がベル、攻撃役が俺フリードだ」


「「「「「了解」」」」」


 先程から会話に参加していなかったジースも返事をしてくる。彼は既にダンジョンに突入してから斥候役を担っており、空間に魔力の波を広げる繊細な作業で索敵を行っていたのだ。

 本来なら俺たちには役割といったものはなく、誰もが一定の能力を発揮できるように訓練を受けて来た。王都の騎士団所属から、ダンジョンの依頼任務にをこなすために冒険者に一時的に所属を変えているが、効率のために冒険者風の役割を当てはめているに過ぎない。

 たしかに訓練の成果で一定の能力を発揮出来るが、それぞれの適性と女性よりは盾役をこなすのが男に向いているということで冒険者の役割理論は納得できる。それに、個人戦闘能力が最も高い俺がリーダーをこなし、騎士団の基本装備とは異なる大剣の魔剣を与えられている理由もそれに近い。


「5層で当たりかな」


 斥候役のジースの言葉に緩んでいた意識を引き締める。これまでの道中は、威嚇だけで寄って来る魔物もおらず、万全の状態で戦いに臨める。ジースを先頭に階層の奥の方に進むと、行き止まりに近い場所に宙に浮く丸い水晶玉のような、人の頭程の大きさの透明な色の球を確認する。


「あれがサブダンジョンのコア?」「色付きで角張ってるって聞いたけど?」


「最下層にあるコアとは違うんでしょ」


「緊張感持ってくださいよ…」


 女性陣が好き勝手言っている姿に、どこなく疲れたようにオルフが注意をしている。そんな姿を見ていると、全員同じ孤児院出身で同年代のはずだが、オルフだけ俺たちよりも年老いて見える気がして来る。




「守護者が来るぞ」


「まずは様子を見る!!」


 ジースの報告に、相手の出方を窺うために指示を出し、盾役のオルフを先頭に陣形を取る。相手の動きを待っていると、水晶玉のようなコアから滲むように、液体が零れ落ちている。そうして地面に落ちた液体は形を持ち始め、見たことがあるような魔物の姿を取る。


「竜?」「水の竜?」


「スライムの竜でしょ」


 ダンジョン突入前に劣化竜種のワイバーンが現れていたと聞いて、守護者も竜種のものと思っていたがどうやら竜を模したものらしい。たしか、魔物の情報として頭に入れていたが…


「こいつはウォータースライムドラゴンだ。酸のブレスに、攻撃パータンは竜種と同じだが耐性と回復力はスライムの上位種、稀に水属性の魔法とスキルを使用する魔物だ」


「「「「「了解」」」」」


 相手は咆哮を上げてこちらに向かって酸のブレスを吐くが、盾役のオルフが受けきって被害は出ていない。こちらの装備は白金製の金属に魔力で表面を覆った加工を施し、大抵の攻撃への耐性は十分にあるが長期戦は不味いかもしれないな。

 それは、ウォータースライムドラゴンはたしか、スライムの上位種が竜種までを溶かして仕留めるに至り、その姿を模して行動するようになった変異種と記憶している。その攻撃力は竜種に匹敵して防御力は固さに加えて、スライム特有の弾力性と核が残っていたら元に戻る回復力を持っているため、長期戦はこちらが不利になる相手だ。



 戦闘開始後、最前でラルフが敵を引きつけ、残りの4人で攻撃を行いながらリーダーの俺は距離を置いて状況を分析して共有していく。俺たちの戦闘方法では邪魔なため、最初から兜を身に着けず戦っている。

 その動きは幼少からの訓練だけでは説明できないような、言葉無しでもお互いの呼吸と動きを目を閉じていても通じ合っているように動くことが出来ている。髪の毛と目の色だけでなく、俺たちは複数でありながら1つの個として調整されたため、魔力の膜も同じ色をしており、その魔法は光と風に特化している。

 そうして与える全く同一のタイミングでの風の魔法攻撃も、相手の修復力の高さではすぐに元の体に戻って効果が薄そうである。コアの位置を狙おうにも、体色と同一にされて位置も自由に移動できるのだろう、一般的なスライム種としての弱点を狙えない。


「軽い魔法の攻撃じゃ」「何回撃っても駄目そう」


「盾役以外が同調して打ってみましょうか?」


「それで核が壊せんのかい?」


 盾役のラルフ以外のメンバーは戦闘中でありながらも、相手の動きからパターンを読めて来て余裕が出て来て会話を始めている。盾役以外の5人での同調魔法ならば、核の位置が分からなくとも倒せそうであるが、確実に決めたい。



「盾役が耐えて残り4人が同調魔法で核を破壊か露出させ、俺が決める。…俺が魔剣の力を使う」


 返事は無くとも、それぞれが役割通りの動きを取り始めるのを見ながら、自身は背中の鞘から自身の身長程の長さの大剣を引き抜く。以前に北部のダンジョンに潜った際に階層主の火炎竜を倒し、その牙から削り出して作られた魔剣を使用する。

 そうして、戦闘中の周囲も気にしつつ、魔剣を両手で胸の前に保持し、剣先を天に捧げるように構える。自身の魔力の高まりと、呼応するように剣の宝玉が輝き、互いの魔力が混じり合うように伸びていく。いつしか、魔力の奔流が触れた天井から岩が崩れ落ち、5層の大地も高まる魔力による振動で揺れ始める。

 盾役以外のメンバーの魔力の高まりに、目の前のウォータースライムドラゴンも何とか妨害しようとするが、単発の魔法攻撃で逆に攻撃されると共に4人の同調魔法への魔力の行使はその間も止まらず、攻撃を躱しながらの動きながらでもその速度は変わらない。


「今だっ!!」


 敵が竜の首を振って盾役を攻撃するタイミングで、ラルフはシールドバッシュで態勢を崩してタイミングを知らせる。その瞬間、全く同一の時に風の魔法攻撃が行使され、重なり合う風の塊は1つの嵐となって敵を切り裂く。両手の中で魔力の高まりを受けて飛び出そうとするように暴れていた魔剣を抑えつつ、待ち続けた好機が来た。このタイミングで魔剣を振るうと決め、直前まで敵前にいたラルフに死ぬなよと心の中で思いながら実行する。




「魔剣再臨レプリカ・グラム」


 振り下ろした魔剣の先から魔力の光が溢れ、赤色の光の奔流がダンジョン5層の空間を埋め尽くし、熱の波動も遅れてやって来る。手応えがあったが、奴の魔法抵抗力の高さか水の反属性を備えている影響からか、光の奔流が上層に向かって一部反れてしまった。一部としても空間を焼き払う光なため、天井には大穴が空いていた。

 草原だった周りの風景は一瞬にして1層の土と岩だらけの景色と似たようになっており、ウォータースライムドラゴンが守ったのだろう、コアだけは変わらぬ姿で健在だった。


「被害が」「大きそー」


「コアだけでも破壊しておくの?」


「盾役としては魔力をそんなに使ってないですど…」


「俺は索敵で使ってた分、残り2割近いぞ」


「手応えはあったが…気配から核が複数あったのかもしれない。追加の守護者もいるかもしれないし、一度退くぞ」


 了解と返すパーティメンバーと共に階層を引き返していく。たしかに手応えはあったが確実とは言えない、相手も消耗しているだろうがこちらも体制を整えた方が良い。本物ではないが魔剣の力でも倒せなかったのは、魔剣が自身の魔法適性とは異なる炎の属性のためか、それとも敵が炎に対して抵抗力のある水属性であったためか、次は仕留めてやると思いつつ、その場を後にする。

 光風の騎士団が去った後、地面に沁みていた液体が集まり、コアに戻って行く。

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