第29話 メル

「なんだ、ここ?」


 セラに案内されて訪れたのは、王城の上層部にある半球状のドーム型の部屋だった。薄暗くて良く判らなかったが、部屋全体に白い塗装が施されていて、ある種の神聖さを感じさせる。だが、それ以外にはなにも無い、殺風景な部屋。

 唯一、部屋の中心部に円柱状の台座のようなものがあるだけだ。


「たぶん、ここがこの街で一番重要な場所のはずなんだけど……」


 目覚める前の記憶がほとんど無いセラが、自信なさげに部屋の中を見回していると、不意に異変が起こった。


 中央の台座の上に光が生じたかと思ったら、急激に輝きを増していき、人間よりも巨大な光の球体へと変化した。それと同時に部屋の中に電灯が灯り、一気に部屋の中が明るくなる。


「おっきな光の球だ」

「今度はなんだ?」


 が、信士たちのリアクションはどこか冷めたものだった。驚愕の出来事が立て続けに起きていて、精神的疲労も加わり、いい加減、驚くのも疲れてきたのだ。


『ようこそ、アンディール王城へ』

「しゃべんのかい……」


 だから、発光体が女性っぽい機械音声を発しても、信士は疲れたような弱いツッコミを入れるだけでそれ以上のリアクションは無かった。

 もしこれが平時なら「キャァァアアアッシャベッタァァァァァーーー!!」くらいは叫んだかもしれないが……


「ええっと、あなたは……」


 ここまで信士たちを案内してきたセラが、戸惑いながらも光球に話しかける。


『私はメル。この王城及びリア・アンディール市街全域を統括する『アルヴィトル』です』

「あるびとる?」


 意味の解らない単語に信士は眉を顰めた。


「人工的に作り出され、自律的な思考能力を持った機械のことなんだよ」


 答えたのは光球――メルではなくセラだった。つまりロボット、もしくはAIのような物らしい。


『その通りです<エクス>セラ。同じく<エクス>高山タカヤマ信士シンジ、及び、矢橋ヤバシ陽菜ハルナ

「「!?」」


 当たり前の様にメルが発した言葉に、信士と陽菜は今度は驚愕を露にした。


「どうして私たちの名前を知っているの!?」

『数時間前、御二人がリア・アンディールの第7ゲートに現れた際に、警備システムを通してステータスをチェックさせていただきました。市内への入場者の選定も私に課せられた使命です。なお、同行しているブラック・スライムの異常種に関しましては、テイム済みと確認できましたので、あなた方の眷属と見なして入場を許可いたしました』

「あの時か……」


 メルの言う第7ゲートというのは、街へ通じていたあの門のことだろう。あの時、突然、足元に現れた魔法陣。あれがステータスをチェックするものだったに違いない。というこは、門を開いて自分たちをここへ招き入れたのもメルだったという訳だ。そして同じような門が少なくともあと6つは存在している、と。


「……<エクス>ってなんのことだ?」


 そんなメルの言葉の中で出てきた<エクス>という単語。いまの話のニュアンスだと、それが理由で自分たちをここへ招き入れた様だが……


『禁止事項に当たる為、お答えすることができません』

「なんだそりゃ?」


 ここへきて「禁止事項」なんて定番な言葉で回答拒否されるとは思っていなかった。

 一瞬『<エクス>=異世界人』のことかと思ったが、セラのこともそう呼んでいるところを見ると別な意味があるっぽい。


(オレと陽菜、セラの共通点? いったいなんだ?)


 信士がそんなことを考えている脇で、今度は陽菜が手を上げた。


「はいはーい! 質問いいですかー?」

『どうぞ。<エクス>陽菜ハルナ

「まず基本的なことからなんだけど、私たちがいまいるこの建物が「アンディール王城」で、外の街が「リア・アンディール」って名前で良いんだよね?」

『その通りです』

「じゃあ、どうして城や街に誰もいないの? セラちゃん以外の人たちは、いったいどこへ行ってしまったの?」


 陽菜のその質問は的を射ていた。確かに信士たちがいま一番知りたいのはそれだ。これほどの街、巨大な建物なのに、どうして人が誰もいないのか――

 誰よりもそのことを知りたいのはセラ自身だ。すがるような目をメルに向けるが、返された答えは無常なものだった。


『禁止事項に当たる為、お答えすることができません』


 セラが悲しみと落胆に肩を落とした。

 しかし、陽菜は諦めなかった。


「禁止事項を解除する方法って無いの?」


 陽菜の質問に、信士とセラははっとさせられた。


 禁止事項に当たる為、お答えすることができません――


 それはつまり、知っているけど答えることが出来ない、という意味だ。つまり、メルの言う「禁止事項」を解除すれば答えてもらえる、ということ。


『禁止事項に抵触する情報を閲覧するには、あなた方の権限が不足しています』

「権限? ってことは、権限があれば知ることが出来るってことだよね? セラちゃん、どうすれば取得できるか知ってる?」

「……判んないんだよ」

「そっか……」


 セラが知らないのなら、信士たちには知りようがない。残念だが、諦めるしかなさそうだ。


「じゃあ質問を変えるけど、いつから人がいないの?」

『公転周期に換算して、およそ2万年ほど前からです』


 ごく当たり前の様に返されたメルの答えを、信士たちは一瞬、理解できなかった。


「って、はぁ!? 2万年? 2万年って言ったのか!?」


 呆けたような沈黙が数秒続いた後、最初に我を取り戻して素っ頓狂な声を上げたのは信士だった。


『正確には、公転周期で19987年ほど前です』

「変わんねぇよ! ってか、2万年近くも無人状態の街や城が、なんで新品同然の状態で残ってんだよ!?」

『私が環境維持システムを用いて保存しているからです。私の役目は王城及びリア・アンディール市街の環境維持、保全であり、私と環境維持システムが機能している限り、建造物が劣化することはありません』


 マジか、と信士は絶句した。この街と城は2万年近くもの間、無人状態だった。それをこのメルが良く判らない機能でずっと維持していたことで、健全な状態で残っていただけだった。


(つまりこの街と城は、見た目が普通なだけで実質は「遺跡」だったということか……)


 一般人が想像する「遺跡」とはだいぶ違うかもしれないが、2万年近くも人が住んでいない街など、遺跡以外の何物でもない。

 だがそうなってくると、気がかりなのはセラの存在だ。


「……もしそれが事実だとしたら、セラはいったいどうして、この地下で眠っていたんだ?」

『禁止事項が含まれる為、全てをお話する訳にはいきませんが、彼女は当時の<エクス>です』

「当時? ってことは、2万年前の人間ってことか?」

『その通りです。アンディール王国の最後の王の命により、封印結界を施された上で、王城地下の『選託の間』に安置されていました』


 封印結界――良く判らない単語が出てきたが、要は人間を長時間、年を取らせることなく眠らせておく結界――コールドスリープみたいなもんだろうと理解して聞き流した。たぶん最初にセラが現れた時、彼女の身体を包み込んでいたのが、その封印結界なんだろう、と。

 それよりも重要なのは、予想通りセラは2万年前の人間だったということだ。


 彼女の方へ視線をやると、笑えば男女問わず引き寄せられるであろう愛らしい顔に、衝撃、悲しみ、諦念といった様々な感情が入り乱れて飽和状態になっているように見えた。


 2万年前の人間だったということは、彼女の親しかったであろう人間はもう、誰もいないということなのだから。


「どうして、最後の王様はセラを封印したんだ?」

『禁止事項に当たる為、お答えできません』


 定番の回答拒否に、信士は忌々し気に舌打ちした。


「だったら、どうしてオレたちの前で封印を解いたんだ? お前なんだろ? さっきオレたちを『選託の間』に転移させたのは」

『はい。この地に最初に訪れた<エクス>に彼女を託せ、という最後の王の命令に従い、あなた方を『選託の間』に導いた上で、封印を解きました』

「どうしてそんなことをしたのか、ってのは、やっぱ禁止事項か?」

『はい』


 予想通りの回答に嘆息するしかない。


「セラちゃん……」


 心配になった陽菜がセラに声を掛けるが、普段は饒舌で気配りが出来る彼女も、さすがになんと言って元気づけて良いか判らなかったようで、後に続く言葉が出て来なかった。


「大丈夫だよ、ハルナちゃん」


 セラが気丈にも笑顔で答えた。


「なんとなく覚悟はしてたし、さっきめい一杯泣いたから……私は大丈夫」


 そう言いきったセラの表情は、まだ悲しみの色が残ってはいるものの、心配するほど深刻なものではないように見えた。

 見た目に反して芯は強い子なのかもしれない。


「セラが2万年前の人間ってのは判った。封印を施されて眠らされたって言ったが、それはセラも承知の上でのことだったのか?」

『はい』


 即答だった。

 つまりこの状況は、当時の彼女が望んだことでもあったと言うこと。だったら当然、親しい人間と永遠に会えなくなることも覚悟の上だったのだろう。

 なぜそこまでする必要があったのか、気になるところではあるが、メルは答えようとしない上に当人には当時の記憶が無い状態。

 つまり知る術はない。


「じゃあ、なんでセラの記憶が無いんだ?」

『数万年と言う長々時間に及ぶ封印による副作用かと思われます。これに関しては私も、彼女を眠らせた最後の王も予期しない事態です』


 つまり、記憶喪失自体はまったく偶発的なもので、意図したことではないと。

 そうなると、一先ずこの疑問は棚上げするしかなさそうだ。


「じゃあ、これはなんだ?」


 信士は<無限収納>からある物を取り出した。それは、セラが目覚める直前、彼女がいた『選託の間』の天井から降ってきた純白の宝石だ。


『《概念結晶ヴァナリクス》の1つであり、アンディール王国の至宝である《光の概念結晶ルクス・ヴァナリクス》です。最後の王より、この地に最初に訪れた<エクス>にセラと共に譲渡せよ、との命令を受けています』

「なんだ、《概念結晶ヴァナリクス》ってのは?」

『禁止事項に当たる為、お答えできません』

「それくらい良いだろう!?」


 相変わらず肝心なことはなにも教えてくれないAI擬きに、いい加減イライラしていた信士は額に青筋を浮かべて怒鳴った。


「ろくな説明も無しで他人ひとにものを押し付けるとか、最後の王様ってのはいったいオレたちになにをさせようっていうんだ!?」

『禁止事項に当たる為――』

「もうよいッ!!」

「落ち着いて、信士君。口調が信長になってきてる」

「どうどう、なんだよ」


 陽菜とセラに窘められて信士はいったん、深呼吸して心を落ち着ける。

 冷静になったおかげか、いま自分が一番気にかかっているある疑問が彼の脳裏を過った。


「禁止事項を閲覧する権限がない、と言っていたが、その権限を習得するにはどうしたら良い?」

『<エクス>としての使命を果たせば、その功績に準じた権限を得ることが可能です』


 メルの答えに今度は信士が目を見開いた。

 ここへきて唐突に閲覧権限を習得する方法が明示された。だがその内容は意味不明だ。<エクス>としての使命を果たせ? その意味を教えてくれないにも拘らず使命を果たせとは、まったくもって訳が判らない。


「使命ってなんだ?」

『詳細は不明です。現在のあなた方の権限内でお答えできる情報は以上になります』

「くそっ!」


 思わず信士は毒づいた。結局なにも判らないままだ。


「ねえ、メル」


 その間に今度はセラがメルに話しかけた。


「私たちをこの街から転移させることって、出来る?」


 セラの言葉に、信士と陽菜はぎょっとして彼女の方を見た。


 よくよく思い出してみれば、ここへ来たのは、そもそも街を出られる方法があるかもしれないというセラの思い付きが原因だったのだ。

 人工知能擬きの出現や衝撃の事実発覚ですっかり忘れていた。

 実際に信士と陽菜はメルによって城の前から地下に転移させられた。だったら、メルに頼めば人里近くに転移させてもらえるかもしれない。


『王城の転移装置を用いれば、ここから半径1000レーメ圏内であれば転移可能です』


 レーメというのはたぶん、この世界における距離の単位なのだろう。1000レーメというのがどのくらいの広さなのかは判らないが、うまくいけばザラタンの群生地を飛び越えてその向こう側、もしかしたらこの魔境の外へ出られるかもしれない。


「なるべく魔物が少なくて、人里近くが良いんだけど?」

『それは不可能です』


 だが、返って来た答えは無情なものだった。


『半径1000レーメ圏内に人間の居住地は存在しません』

「え?」


 その答えに、セラが呆けたように間の抜けた声を発した。


「人がいない、ってこと?」

『はい』

「どういうこと? うろ覚えだけど、昔は王都以外にもたくさん人が住んでたと思うんだけど……?」

『既にアンディール王国は滅亡して久しく、王都以外の居住地は悉く失われ、国土の大半がいまや魔物が跋扈する危険地帯となり果てているのです』 

「そんな……」


 愕然とすセラ。

 話を聞いていた信士と陽菜は、ここへ来る途中に見た、ゾンビの群れが巣くう廃墟を思い出していた。ひょっとしたらあの街も元はアンディール王国の一部で、ゾンビたちはその住民の成れ果てなのかもしれない。


「この辺りには、魔物以外は誰も住んでいないということか?」

『少なくとも、私が単独で探査可能な半径1000レーメ圏内に人型種族は存在しません。ですが、それ以外の地域に関しては不明です。もしよろしければ、私にひとつ提案があります』

「なんだ?」

『偵察機を用いて探査可能エリア外を捜索。人型種族の居住地が存在した場合、その最寄りの地点まで転移装置で飛んだうえで、あとは皆様に自力で居住地までたどり着いていただくというものです』


 望外の提案だった。

 元々、人里を見つけることが出来なくて困っていたのだ。メルが偵察機を使って見つけてくれるというのなら、信士たちには言うことなどなにも無い。自力で人里までたどり着けという条件は厳しいといえば厳しいが、そこまで贅沢を言えば罰が当たるというものだ。


「ぜひ頼む!」

『了解しました』


 こうして、意外な形で希望を見出すことができた。

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