第22話 VSスライム2

 池から上がってきたブラック・スライムの姿は、先ほどまでとなんら変わらないように見えた。

 しかし――


「……怒ってるね」

「……怒ってるな」


<敵意感知>からもたらされる情報で、ブラック・スライムが激怒していることがハッキリと伝わってくる。

 丸焼きにされて相当怒っているようだ。怒りでプルプルと震えているし。

 ラノベではスライムが怒るのは愛らしいというが、実際に目の当たりにすると恐怖しかない。あれだけの強さを示したブラック・スライムならなおさらだ。


「けど、どうやら火に弱いっぽいな」


 さっき陽菜の焔獄えんごくを受けた際、全身が焼けていたし、回復されたとはいえかなりのダメージを受けていた。少なくとも人間並みに火に弱いことは間違いない。つまり、跡形もなく焼き尽くして文字通り蒸発させれば死ぬ。


「身体が液体だからね。スライムの弱点は火か雷の場合がほとんど」


 ラノベオタクの陽菜はすかさず補足した。


「なるほど……だが、問題はどうやって当てるかだな」


 スライムらしからぬ高速移動に加え、地中にも潜行できるとなれば滅多なことでは魔法は当てられない。しかも先ほどまでの戦い方からして、このブラック・スライムはかなり頭が良い。同じ手は二度と通じないと考えた方が良さそうだ。


 どうやってこの怪物スライムに炎ないし雷を浴びせるか……


 だが、当のブラック・スライムは信士たちに考える暇を与えてはくれなかった。


「!!」


 突如として粘液状の身体をブルブルと震わせる。それを見た瞬間、<危機感知>が激しく警鐘を鳴らした。

 それに従って2人は阿吽の呼吸でそれぞれ魔法障壁を展開する。

 直後、ブラック・スライムが身体から無数の礫が発射された。さながら黒い散弾。1つ1つはせいぜい指先程度の大きさだが、数は優に100発以上。


(自分の身体の一部を飛ばしたのか!?)


 信士は黒い礫の正体が、ブラック・スライムの身体の一部であるとすぐに気づいた。


 無数の黒い礫は信士と陽菜の障壁にとどまらず、周囲の地面にも着弾し――じゅうぅぅ、という音と蒸気を立てて地面を溶かしていく。


「地面が……」

「<強酸>か!?」


 ブラック・スライムの<強酸>スキルの効果だ。


(なんてこった、こいつ……身体を固くするだけでなく酸に変えることも出来るのか!?)


 強酸に変えた身体を弾丸に変えて撃ち出したさっきの攻撃は、<射撃>だろう。しかも――


「魔法障壁まで溶けてる!?」


 陽菜が悲鳴じみた声を上げた。

 見れば、ブラック・スライムの<射撃>を浴びた魔法障壁までもが、焼けた鉄板に落ちた氷みたいに溶け出していた。


「魔法まで分解できるのか!?」


 予想外の事態に信士も思わず叫んでいた。


「こ、こんなの浴びたら服どころか骨まで溶かされちゃうよ!?」


 陽菜に至っては半泣きになっている。

 信士の方は、彼女の発した「骨」という単語を聞いてはっとした。


 池の周りに散らばる無数の魔物の白骨死体――


「そうか、こいつの仕業……ここは奴の狩場だったんだ!」


 あれらの白骨死体はこのブラック・スライムの餌食になった魔物だったのだ。


 魔物とはいえ生物である以上、生きる為に水分補給が不可欠。ならば水場に生き物が集まるのは道理。おそらくこのブラック・スライムはこの池を縄張りにして、水を飲みに寄って来た他の魔物たちを、岩に<擬態>して待ち伏せて狩り、先ほど見せた<強酸>で溶かし、血肉を<吸収>していたのだろう。


 そんな場所とは露知らず、自分たちはのこのことブラック・スライムの狩場に入ってしまったのだ。


 ブラック・スライムの身体から無数の<触手>が生え、引き絞る様に後方へ撓ると、先端を<硬化>させて一気に突き出してきた。信士と陽菜は未だ障壁を展開していたが、さっきの<強酸>によって穴が生じていた。ブラック・スライムの触手はその穴を寸分違わず捉える。

 ガラスが砕けるような音と共に、2人の魔法障壁が砕け散った。


「くそっ!」


 いとも簡単に障壁を破壊されたことに毒づきつつも、信士はすぐさま攻撃に出る。


炎覇閃えんはせん!」


 信士が横一文字に刀を振り抜くと、刀身に宿っていた炎の魔力が解き放たれ、炎の津波となってブラック・スライムへと押し寄せる。だが炎の波に飲まれる寸前、ブラック・スライムは地中へと姿を消した。


 一瞬後、信士の眼前の地面から漆黒の槍が飛び出してくる。


「くっ!」


 間一髪、刀で受け流すが、反撃する前に次の槍撃が飛んでくる。


「くそっ!」


 地中からの無数の触手による連続攻撃に、反撃すら儘ならず信士はいったんその場から離れようとするが、地の下から伝わってくるブラック・スライムの気配は、まるで張り付いたかのようにその後を追いかけ、信士の側にピッタリくっ付いたまま息つく間もなく触手槍撃けてきた。


「信士君!」

「来るなッ!」


 援護に向かおうとした陽菜を信士は声で制した。陽菜が向かってくればブラック・スライムは嬉々として彼女を狙うだろう。大剣装備でパワー重視の陽菜ではブラック・スライムの攻撃は捌き切れないことは目に見えている。


(くそっ!)


 先ほどまでとは打って変わって、信士だけを狙い続けるブラック・スライム。


(こいつまさか……オレにピッタリくっ付いていれば陽菜は攻撃できないと踏んで――)


 実際にその通りだった。信士が至近にいる状態では、先ほどの焔獄のような大規模な魔法を撃つことが出来ない。速さに置いてはやはりブラック・スライムの方が長けている。このまま手を拱いていては、いずれ信士は攻撃を捌き切れなくなって直撃を喰らう。援護しようにも、速さに乏しい陽菜ではブラック・スライムを捉えることは出来ないし、却って逆襲を喰らう恐れがある。


(どうする? どうすればこの怪物スライムを倒せる!?)


 間近に迫りくる死の恐怖。だがそれ以上に怖いのは、陽菜が殺されてしまうこと。

 自分が殺されれば次は陽菜が殺されることになる。

 それだけは絶対に認められない。恋人として、1人の男として、それだけは絶対にやらせない!


 ブラック・スライムの攻撃は徐々に鋭さを増し、頬や腕が浅く斬り裂かれて痛みが走る。


 嵐のような攻撃に晒されながらも、<思考加速>の影響か、信士の脳はかつてないほど動き続け、打開策を見出そうとしていた。


 時間がない。考えろ。

 どうやったらこの怪物スライムを倒せる?


 こいつだって生物である以上、なにか弱点があるはず。


 思い出せ。

 自分と陽菜のスキルを。魔法を。

 こいつの能力。武器。特性。特徴。

 

 どこかに突破口があるはずだ。


 考えろ。考えろ。考えろ。考えろ。考えろ。考えろ。考えろ。考えろ――


 変幻自在に姿を変え、地中にすら潜行し、スライムにも関わらず尋常ではない速度で動き回り、雷撃すら回避してしまう。加えて粘液状の身体を硬質化させる能力まで持つ。しかも肉体を酸化させて魔法すら分解し、礫状にして遠距離にいる敵に飛ばすことまで出来る。遠近狂った隙の無い怪物だ。


 陽菜が言うには、スライムの弱点は火か雷が弱点。実際に火魔法を喰らった際は大ダメージを受けていたことからこの推測は正しいとみて良い。

 しかし、多少のダメージを与えても、さっきみたいに池に飛び込まれ<水分吸収>で回復されてしまう。


「あ」


 そして閃いた。

 ブラック・スライムの特性を逆用した、起死回生の一手。


「陽菜!」

「は、はい!」


 追い込まれつつある信士をハラハラしながら見守っていた陽菜は、突然、大声で呼ばれて裏返った声で答えた。


「オレが合図したら、このクソスライムにフルパワーで雷撃をお見舞いしてやれ!」

「雷撃? でも、まともに撃っても避けられちゃうよ!?」


 先ほど実際に雷撃を躱されたことを思い起こして陽菜は反論した。


「心配ない!」


 だが、信士は自信満々に断言した。


に誘い込む」


 躱しようのない場所? 疑問が頭を擡げたが、すぐに頭を振ってそれを振り払う。

 信士を信じるんだ。彼があそこまで自信満々に言うんだから、きっとなんとかなる。


「判った! 何時でも言って!」


 恋人の言葉を信じて陽菜は鉄剣に魔力を収斂させる。特大の一発を放つ為に。当然、ブラック・スライムもそのことに気づいているだろうが、信士の近くにいれば彼を巻き込むことを恐れて撃つことはしないとタカをくくっているのか、変わらずに攻撃を続けている。


 陽菜の準備が出来たことを確認した信士は、大きく後方へ飛び退き、ブラック・スライムから距離を取る。離されてなるものかと愚かなスライムは必死に追い縋り、その勢いのままさらに触手槍撃を繰り出す。


 その一撃を――信士は避けなかった。


 避けたくなる気持ちをぐっと堪え、不動に徹した。


「根性ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 硬質化したブラック・スライムの触手が信士の左肩を捉え、鮮血で赤く染まった穂先が肩を貫通した。


「信士君ッ!」


 悲鳴じみた陽菜の叫び。


 だが、この結果に最も動揺したのは当のブラック・スライムだった。


 いまのは当たるはずのない攻撃だったから――

 てっきり信士は躱すものだと思っていたから――

 何故か信士は回避せず、ワザと攻撃を受けたとしか思えなかったから――


 当たるはずのない攻撃が当たった。

 なまじ知能が高いだけに、ブラック・スライムはその事実に驚き、困惑した。結果、攻撃を中断して動きを止めた。


 その一瞬が命取りだった。


「捕まえた」


 肩を貫いた触手を信士ががっしりと掴んだ。

 そして――


建御雷たけみかづち


 信士の身体から凄まじい雷電が放射された。


 雷系魔法――建御雷たけみかづち。簡単に言えば、自分自身の身体に雷電を纏わせる魔法。移動補助を目的とした雷霆らいていに対し、建御雷たけみかづちは攻撃を目的として作り出した魔法。自分に触れている、密着状態の相手に自身の肉体を通して直接雷撃を浴びせる為に。


 いかに地中に身を隠しているとはいえ、身体の一部である触手が信士の身体を貫いている状態で建御雷たけみかづちを使われたらどうなるか?

 当然、電気エネルギーは触手を伝ってブラック・スライムの本体にまで流れ込む。


 声にならない悲鳴を上げて、ブラック・スライムが地中から飛び出してきた。粘液だけあって、高熱だけでなく電気も良く通る。陽菜の焔獄ほどではないが、それでも看過できないダメージを受けてしまったブラック・スライムは、信士の肩から触手を引き抜き、一目散に池へと飛び込んだ。


「いまだ陽菜!」


 この瞬間を待っていた。

 ブラック・スライムがダメージを回復させる為、池へ――へと飛び込むのを。


「雷撃剣!!」


 振り下ろされた陽菜の鉄剣から強大な雷の塊が、野太い閃光となって放たれた。池の中へと突き刺さった雷撃は、池全体に電気エネルギーを拡散させ、水中にいたブラック・スライムは更なる雷撃を浴びる羽目になった。


 どんなに素早く移動できようとも、池の中にいる状態で雷撃を撃ち込まれたら逃げ場がない。


 雷撃によってもたらされた電熱に池の水が瞬時に沸騰し、巻き起こった凄まじい水蒸気爆発にブラック・スライムは飲み込まれた。

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