第20話 遭遇

「……オレにもある」

「え!?」


 驚く陽菜に、服をまくって胸に刻まれた紋章の刺青を見せる。


「ホントだ。私のと同じ……」


 自分の右肩に現れた紋章と信士の胸にある紋章、2つを見比べて陽菜は絶句した。


「……」


 ふと陽菜の視線の色と方向が変わった。じーっと紋章ではなく、信士の露になった身体の方を注視している。エリクス・キャンディによる身体強化と連日の訓練、1日も欠かさず行っていた筋トレによってすっかり引き締まった胸板と腹筋――


「なにジロジロ見てんだ!?」

「ご、ごめんなさい!」


 慌てて服を戻す信士と真っ赤になって顔を背ける陽菜。普通に男女逆だ。


「と、とにかく、信士君も当然こんな刺青、入れた覚えないよね?」


 話を逸らしたいのか、ワザとらしく咳払いなどして陽菜が尋ねる。


「当たり前だ。昨日まではこんなもん無かった」


 実際、こんなものが刻まれていたら絶対に気付いていた。風呂にだって入る訳だし。それ以前に刺青など入れた記憶も無い。


「じゃあやっぱり、異世界転移した時に付けられたとしか考えられないね。もしそうならたぶん、私たちだけじゃなくて、この世界に飛ばされた人全員」

「それしかないよな……」


 実は信士も陽菜と同じ考えに至っていた。

 昨日まで無かったものが異世界転移した後になって突然、現れたのだから他に考えられない。『恩寵』と同じだ。


「いったいなんなんだ、これ?」

「判んないよ。人里を見つけた後で調べるしかないんじゃない?」

「……だな」


 またしても判らないことが増えたことに内心で頭を抱えるが、兎にも角にも人里を見つけないことにはなにも始まらない。


(この分だと、あったとしても未開の部族とかがオチだろうな)


 もうこの際、未開の部族でもいいからいて欲しい、という切実な願いを胸に信士たちは歩き始めた。

 しかし、結局この願いは裏切られることとなった。


 ★


 太陽が中天から下り始めた頃、いい加減見飽きてきた荒野のど真ん中に奇妙なものを発見した。


「なんだありゃ?」


 そこにあったのは、ボロボロに朽ち果てた都市の残骸だった。

 廃墟と言うよりは遺跡と言った方が良いかもしれない。長い間、風雨に晒されていた建物はいずれも崩れ落ちたり、横倒しになっている。しかもどれも地中に沈み込むようにして大地と一体化し始めており、相当な年月、放置されていたことが伺える。


 だが信士たちが気になったのはそんなことではない。


「これって、高層ビルっぽいよな?」


 異世界と言うから中世ヨーロッパをイメージしていたのだが、眼前の廃墟に残っている建物はいずれも近代的な外見で、かなり高度な建築方式で建てられたと一目で判るものばかりだった。とても中世レベルの建築技術で造れるような代物ではない。

 現代の地球と比べても遜色ない――下手をしたら上回っているかもしれない。そんな高度な建築技術で建てられたビルが、ボロボロに朽ち果てているという事実に不吉な予感を覚える。


 2人はほぼ斜め45度に傾いた建物に駆け上がり、上から一望してみると、地平線の方まで延々と崩れかけた建物が点在する廃墟が続いているのが見えた。下手をしたら東京よりも広いかもしれない。


「これだけの規模を誇った都市が、なんで滅びたんだろうな」


 かつては栄華を誇り、多くの人々が住み、賑わっていたのだろう。しかしいまや魔物が跋扈する魔境のど真ん中で朽ち果てた遺跡と化している。

 いったいなにが起こったらこれほどの都市が滅ぶことになるのか。信士には想像もつかない。


「もしかしてだけど……人類そのものが滅びてる、なんてことないよね?」

「怖いこと言うなよ!」


 縁起でもない陽菜の発言に、信士は顔を顰めて窘めた。


「取り合えず、一度この辺りを散策してみよう。ここはどう見ても遺跡っぽいし、ひょっとしたら遺跡探索とかに来てる人がいるかもしれない」

「そうだね。遺跡探索と言えばファンタジー定番の冒険だからね!」


 気を取り直した陽菜が元気よく同意し、さっそく遺跡探索に行こうとした矢先――


「………………ヤバい」


 異変に気付いたのは信士だった。


「どうしたの?」


 不思議そうに陽菜が尋ねた。


「すぐにここを離れるぞ!」


 いったいどうしたというのか、真っ青で鬼気迫る表情で信士が急かした。


 信士は気付いていたが、陽菜は気付いていない。

 理由はスキル。

 2人が有する数あるスキルの中で、信士が持っていて陽菜が持っていないスキルがある。


 そのひとつが…………<死霊探知>。その効果は書いて字のごとく。


 ずっ……


「っ!?」


 なにかが這いずるような不気味な音を耳にして、陽菜もようやく気付いた。

 さっきまでは無かったはずの気配が、無数に2人を取り囲んでいる。


 そのひとつが、近くの建物の窓から這い出してきた。


「おおおオオォォぉぉアアァ~」

「ひッ!」


 不気味な声を上げるその姿を見て陽菜が息を飲んだ。


 一応人の姿はしているものの、毒々しいまでに赤黒く、水膨れの様に醜く隆起した肌は明らかに人のものじゃない。衣服と呼べるものを一切纏っておらず、頭から足先に至るまで体毛と呼べるものが一切無い。両目は闇を切り取って張り付けたが如く真っ黒で、それでいながら信士と陽菜の方をしっかりと凝視していた。夜中に見たら大人でもトラウマ必至なグロテスクな容姿。

 その正体は一瞬後、信士たちの眼前に表示された。



 ゾンビ

 総合力:12020

 生命力:2500

 魔力量:0

  体力:3450

  筋力:2300

  魔力:0

  敏捷:1470

 耐久力:1800

 魔防力:0

 技術力:0

  精神:500

  状態:呪い。飢餓


 スキル

<噛み付き200><追跡300><亡者200>



「マジか……」


 ゾンビ。

 最近ではRPGではなく、シューティングの方がマイナーになりつつある有名モンスター。

 いるだろうな、とは思っていたが、まさかこんなに早く出くわすとは……


 ステータスは低くスキルも貧弱で大した敵ではないようだが。


 ファンタジーでは定番ともいえるモンスターの登場に、陽菜はどんな反応をするだろう、と気になった信士は横目で彼女の方を見やると……


「い……い……」


 鉄剣を構えたまま顔面蒼白になっていた。歯の根がかち合わずカチカチと音を立てている上、物凄い汗をかいていた。見れば手にした鉄剣が小刻みに震えている。


「アアアアアアアア!!」

「いやああああああ!!」


 雄叫びを上げて向かってきたゾンビに、陽菜が悲鳴を張り上げた。傍らにいた信士が思わず耳を押さえるほどの大音響で。

 それだけなら可愛らしかったのだが、チートスキルを得て連日、信士との戦闘訓練を繰り返してきた陽菜の身体は無意識のうちに外敵に対して反応し、向かってきたゾンビに対して鉄剣のフルスイングをお見舞いしていた。


 真横から剣の腹で殴られたゾンビは、<怪力>をもった陽菜の手加減無しの一撃でボールのごとく宙に跳ね飛ばされ、手足と身体そのものをあらぬ方向へと捻じ曲げられた状態で、放物線を描いて遥か遠くへと消えて行った。


「……」

「いや、いやぁ、お化けは嫌ぁ~、怖い~」


 怖いとか言いつつ、そのお化けを遥か彼方へ殴り飛ばしてしまった陽菜の方がよっぽど怖いよ、という言葉は空気を読んで飲み込んだ。


「…………陽菜、ホラーはダメなのか?」

「ダメなの。虫もトカゲもヘビも全然平気だけど、オバケだけはダメなの。遊園地とかでもお化け屋敷は絶対入らないし、ホラー系の映画とかも見ないの。幽霊部員だって怖いの!」

「……最後のは関係なくないか?」


 ここへきて明らかになった恋人の意外な一面に驚いた信士だったが――


「けど、怖がるという贅沢は、生き延びてからにしろ」

「え?」


 言っている意味が判らず呆ける陽菜をよそに、信士は先ほどゾンビが出てきた廃屋の窓を凝視していた。その奥から、先ほどと同じ姿をしたゾンビが続々と這い出して来る。


「い――」

「飲まれるな!」


 悲鳴を上げようとした陽菜を、信士の怒号が掻き消した。


「戦え! お前は勇者になるんだろう!?」

「う……」

「恐怖に悲鳴を上げるだけの人間なんざただの臆病者。勇者は恐怖に立ち向かう人間のことだ!」


 信士の言葉で、陽菜の目に戦意が戻る。恐怖の色が完全に消えたわけではなかったが、それを上回る意志の力によって抑え込まれる。


「来るぞ!」


 湧き出したゾンビたちが列を成して迫ってくる。


 このゾンビと言う存在がどういうものなのかは判らない。単なるモンスターなのか、それともゲームや映画などと同じ、死者の骸が動き出したものなのか――

 正体は判らないが、生者を襲うという性質はゲームや映画と同じようだ。しかも映画と違って動きは遅くない。むしろ普通の人間よりもずっと速い。

 雪崩うって向かってくるゾンビの群れ。一塊になってくれているなら好都合。


「風裂斬!」


 刀を抜き様に風魔法の刃を放つ。ワイバーンの身体を斬り裂いた風刃が、ゾンビたちの身体をまとめて両断した。


「げっ!」


 だが、さすがにアンデッド。身体を両断されて尚、死ぬことなく腕で地面を這いずりながら近づいてくる。


「だったらこれでどう!」


 今度は陽菜が動いた。自慢の鉄剣に炎を纏わせ、大きく振り被り――


炎覇閃えんはせん!」


 振り抜くと同時に陽菜の前方に炎の津波が生じ、怒涛の勢いでゾンビたちを飲み込んだ。真っ二つにされても死ななかったゾンビの肉体を瞬時に焼き尽くし、灰へと変えてしまう。


「ゾンビの弱点は炎か光! これが定番だよ!」

「お、おう……」


 さっきまで泣きそうになっていたのが嘘のような溌溂な声に、信士は少し気圧された。よく見ればまだ怯えの色は残っているが、どうにか意志の力と勇気でねじ伏せた様だ。

 勇気を以って恐れに立ち向かう者――案外、勇者に相応しい心意気じゃないかと思った。


 だが問題なのは、勇気だけではどうにもならない現実だ。


<死霊探知>、<危機感知>、<気配察知>がなおも激しく警鐘を鳴らしている。見れば、陽菜に焼き尽くされたゾンビたちの後方から、さらに新手のゾンビの群れが這い出して来る。

 それだけではない。


「アアアァァァァァアァァアァァ!!」


 背筋の凍るような呻き声の大合唱――

 振り返れば、廃墟と化した街に存在する幾多の崩れかけた建物――その窓と言わず入り口と言わず、あらゆる出入口からゾンビたちがワラワラと湧き出していた。

 数百、数千、ハッキリ言って数えようがない。

 ゾンビたち呻き声が呼び声となり、遥か遠くの建物からもゾンビが湧き出しているその様は、まさに映画で見た黙示録の光景そのもの。

 そのすべてが信士と陽菜に向かって押し寄せてくる。


「うそ……」

「ここはゾンビの巣窟だったんだ!」


 陽菜の顔色が、もはや青を通り越して土気色になっている。


 一体一体はさほど強くないが、ここまで規格外の数だとどうしようもない。


「逃げるしかない!」


 言うや即座に魔法を発動させる。信士の周囲に透明なガラスのような刃が無数に現れた。


自在空刃じざいくうじん―― 」


 物理魔法で物質化した盾を作り出す「自在防壁」の刃バージョンだ。


「からの――」


 さらに魔法系スキル<複合魔法>を発動。これは2種類の魔法を合一させることを可能とするスキルだ。

 信士の造り出した刃が俄かに神秘的な純白の光に包まれた。


 魔力で物質化した自在空刃に属性付与にて光属性の魔力を宿したのだ。


「行けぇ!!」


 信士の合図で100本近い光刃が一斉にゾンビたちに襲い掛かった。

 肉体そのものはさほど頑丈ではないゾンビたちは易々と身体を斬り裂かれていく。しかも、先ほどは身体を両断されても動いていたにも拘らず、光刃で斬られたゾンビたちは一撃でHPを全損させて次々と倒れていく。陽菜の言う通り、アンデッドは光属性が弱点であるというのは本当らしい。


 光刃の群れが縦横無尽に宙を舞い、前後左右に頭上からゾンビたちに襲い掛かり、次々と屠っていく。まさに全方位オールレンジ攻撃。刃の弾幕だ。

 だが、いくら仲間が斃されてもゾンビたちの勢いは衰えない。仲間の骸を踏み越えて際限なく押し寄せてくる。ゾンビの数に対し、光刃は圧倒的に少ない。何体かが刃の防壁を突破してきた。


「<極光の聖剣リーヴァ>!」


 愛用の鉄剣に聖なる光を纏わせて、陽菜が光刃を突破したゾンビを迎え討つ。

 無造作に横薙ぎされた斬撃は、一撃で3体のゾンビを上下に両断――事前に信士が<錬成>で鉄剣に刃を付け足していた――した。途端、跳ね飛ばされた上半身は、地面に落ちる前に空中で塵と化した。下半身も同じだ。


(そういえば、アンデッドに対する特攻効果がある、って言ってたな)


 まさにアンデッドにとって天敵のような力だ。

 だがそれでもゾンビたちは怯まない。まともな知性すらもない怪物たちは死を恐れず、恐怖すら感じないのだろう。どれだけ斃されても雲霞の如く信士たちに迫って来る。その様はまさに「死の津波」とも言うべきものだった。


「逃げるぞ!」

「うん!」


 多勢に無勢。2人はすぐさま元来た方へ走り出した。無論、そちらにもゾンビはいたのだが、信士の光刃が乱舞して道を文字通り切り開き、捌き切れなかった個体は陽菜が<極光の聖剣リーヴァ>で塵に変えた。


 ステータスに関しては信士たちの方が遥かに勝っていたことが幸いし、どうにか2人はゾンビの群れを振り切って脱出することが出来た。


 ★

 

「ひっぐ、えぐ……」


 廃墟外からだいぶ離れた荒野――そのど真ん中にポツンと存在する湖の畔に、少女の泣き声が響いていた。


 岩陰に座り込み、腕にしがみ付いてベソをかく陽菜を落ち着かせるように頭を撫でながら、信士はどうしたものかと頭を悩ませていた。

 どうにかゾンビを振り切って廃墟街を脱出したは良いものの、安心した途端、緊張の糸が切れたのか、ゾンビの恐怖が蘇った陽菜がガチ泣きし始めたのだ。


 彼女と付き合って数ヶ月になる信士だったが、陽菜がここまで本気で泣いたのは今回が初めてで、どう慰めて良いのか判らないのだ。


 なにより2人はいま上着を脱いで薄着になっている。信士は半袖で、陽菜が薄手のノースリーブシャツ。その状態でがっちり腕に抱き着かれているものだから、当然、いろいろ当たっていて正直居たたまれない。とはいえ精神的に弱り切っているいまの陽菜を振り払う訳にもいかず、取り合えずそのままにしている。


「おうちかえる……」


 半べそ状態の陽菜は、恐怖のあまり幼児退行してしまったようだ。

 数時間前、憧れだった異世界に来れたことを無邪気に喜んでいた時とは別人のようだ。


「……怖かったか?」

「……うん」


 優しく問いかける信士に、蚊の鳴くような小さな声で陽菜は答える。


「そうか……けど、良く立ち向かったな」


 そんな陽菜の頭を、子供をあやす様に優しく撫でてやる。


「あの時の陽菜は勇者だったと思うぞ?」

「勇者なんかじゃないよ……だって、怖くて怖くて仕方ないんだよ? こんな子供みたいに泣いてる私が、勇者な訳ないよ……」


 すっかり心が折れてしまっている陽菜の目から、また涙が溢れてくる。

 あれだけ見得を切ってリスティみたいな勇者になると言い切ったのに、ゾンビに出くわした途端にこの様。情けなくて、恥ずかしくて、いたたまれなくて……色々な感情が溢れ出してきて頭の中がぐちゃぐちゃになっていた。


「けど、だからこそお前は勇者だと思うぞ?」

「え?」

「勇気がある者、と書いて『勇者』だ。さっき言っただろ? 勇気っていうのは『恐れない』ことじゃない。そんなのはただの『蛮勇』だ。本当の『勇気』ってやつは『恐れてなお、立ち向かう意思』のことだ」

「恐れに……立ち向かう?」

「そうだ。お前は泣きたくなるほどゾンビが怖い」

「……うん」

「けど、そんなに怖いゾンビを相手に、陽菜は逃げなかった。それどころか立ち向かって、戦った。これが勇気じゃなくてなんだ? あれこそまさに勇者の姿だと思うぞ?」

「そう……かな?」

「そうだよ。実際、陽菜が戦ってくれてなきゃオレは死んでいた。お前は恐怖に立ち向かい、オレの命を救ってくれた。誰がなんと言おうと、オレは陽菜のことを勇者だと思ってる」

 

 目尻に涙を浮かべたままきょとんとしている陽菜の顔が可愛らしくて、ついつい口元が緩んでしまう。


「ありがとうな、陽菜」

「う、うん……えへへ」


 信士に褒められ、感謝されたのが嬉しかったのか、陽菜の顔に元の屈託のない笑顔が戻ってきた。


「落ち着いたか?」

「うん。ゴメンね、情けないとこ見せちゃって」

「気にしなくて良い。とりあえず池があるし、顔だけ洗ってこい」

「うん。そうする」


 残った涙を拭って陽菜は立ち上がった。


「ありがとうね、信士君」

「どういたしまして、だ」


 それだけ答えると、陽菜は速足で池の方へと走っていった。

 とりあえず精神的に持ち直したのに安堵して、信士は改めて現状に頭を巡らせた。


(しっかし、ゾンビか……定説通り死んだ人間の成れ果てだとしたら、オレたちも死んだらああなるのか?)


 自分がゾンビになった姿を想像し、あんな理性の無い獣のような存在になるのだけは絶対に御免だ、と信士は頭を振った。


(とはいえ、あっちの方になるのも御免だ)


 信士の視線の先には魔物のものらしき白骨が転がっていた。その向こうにも同じような白骨がある。ゾンビがいるのだからスケルトンかもと思ったが、幸い本当にただの白骨死体のようで動き出す気配はない。


(ああなる前に、どうにかして人里を見つけない……と?)


 そこでようやく信士は気付いた。

 最初に見つけた2つ以外にも魔物の骨がいくつも散在していることに。


 ぐるっと辺りを見回してみると、他にも同じような白骨化した魔物の死体が至る所に転がっていた。まるで池を囲むかのように無数の白骨が散らばっているのだ。


(なんだ? なんでこんなにたくさん白骨死体が転がってるんだ?)


 嫌な予感を覚えたその直後――<危機感知>スキルがけたたましい警告を発した。信士ではなく、池で顔を洗っている陽菜に対する危険を。


「陽菜ぁ!!」

「!!」


 スキルの警告に突き動かされるがまま信士が叫んだ。寸前に陽菜自身も気付いて、咄嗟にその場から後方へと飛び退いた。


 一瞬後、鞭のように撓るなにかが直前まで陽菜の身体があった空間を貫き、地面に突き刺さる。


「な、なに?」


 それは真っ黒な触手のような物体だった。

 突然の攻撃に戸惑いながらも<無限収納>から鉄剣を取り出しつつ、触手の来た方へ視線を飛ばす。

 そこにあったのは人間大の岩だった。その表面から黒い触手が生えている。


「な、なんだ、あれ?」


 意味が判らない。なぜ岩から触手が生えている――と思った瞬間、岩に変化が生じた。

 まるで溶け崩れるようにして形を失い、黒く変色しながら個体から不定形へと変質していく。

 人間大の岩から、重油を思わせる真っ黒な液状物体へと。


「……スライム?」


 バスケットボールほどの黒い粘液の塊のような魔物――


 ステータスを確認するまでも無い。ファンタジーに疎い信士ですら知っている。有名な笑顔の水滴型ではなかったが、それは「最弱のモンスター」として名高いスライムだ。


 だが、信士は戦慄した。


(どういうことだ? <気配察知>も<魔物感知>も、まったく反応しなかったぞ!?)


 魔物が跋扈する魔境だけに、信士は常に<気配察知>と<魔物感知>で周囲を警戒していた。この池の周辺にも魔物がいないことを確認済みだった。

 なのに、気付かなかった。

 実際にスライムが攻撃してくるまで、その存在にまったく気付かなかったのだ。


 なによりも、そのステータス――



 ブラック・スライム(異常種)

 総合力:200000

 生命力:30000

 魔力量:0

  体力:25000

  筋力:28000

  魔力:0

  敏捷:50000

 耐久力:27000

 魔防力:10000

 技術力:10000

  精神:20000

  状態:良好


 スキル

<擬態480><吸収390><硬化500><射撃420><高速移動410><強酸510><水分吸収570><気配遮断780><気配察知660><物理耐性700><斬撃610><触手680><回避670><潜行480><巨大化310>



(めっちゃ強いじゃん!)


 驚愕の数値に絶句するしかなかった。

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