第6話:ある焼き肉の味を噛み締めて

 牛子の姿が消え去った後、一家は店員の一人に連れられており、店の中央の座席に座り出していく。椅子の上の棚に、小さな牛の石像を置かれてあった。壁の至るところをいろんな牛と客の嬉しそうな写真などが掛けられてあった。


「さあ、ここで今日はノボルの誕生日のお祝い会だ。楽しく会話して過ごそう!」


「父さん、会話の前にまず、ドリンクバーがあるよ。取りに行こう」


「ああそうだった、早とちりというやつだな」


 それから井口家は各自総出で立ち上がり、ドリンクバーコーナーを向かってグラスに飲み物の液体を注ぐ。そうして、井口一家一同が元の席の場所を戻ってくる。


 そこから先の話題で井口一家がノボルの話を中心に語っていく。その話題の内容の多くを、ノボルが一日の大半を過ごす学校の話になる。ほとんどがいつものような明るい調子の話題だ。


 そして、ノボルは知らないうちに彼の身体を宿すものが、スッと離れて上昇していく感覚を覚え始める。


「いよいよ牛子、逝ったんだな……」


「なんだ、ノボル?」


「いや、何でもない」というノボルが首をブンブンと振って見せる。


「それにしても、先ほどのノボルはよく決意したものだな。素晴らしい」


「そうね、牛子との別れでノボルが一段と多くの心の殻を打ち破り、かなりの精神的な成長を遂げたみたいだわ」


「それも父さんと母さんのおかげだ。ありがとう……」


「お待たせしました。それでは焼き肉装置に火を付けます」といって『お腹マックス牛カルビ店』の店員は現れ出して、言ったとおりにした。


「これはつまり、お待ちかねの牛子のフルコースがくるぞ」


「父さんはずいぶん乗り気だね。俺も同じ気持ちさ」 


 やがて、一度厨房を引っ込んだ店員さんが再び戻ってきた。その手には、牛タンやホルモンやレバーなど……、牛子のあらゆる部分の肉を綺麗に切り分け出してあった。


「ノボル、一緒に食べましょう」


「…………ああ、そうだね」


 ノボルがその切り揃えられた牛子の肉を見ると、食事することの戸惑いと愉快さを同時に感じられる。

 

 井口一家が店員で切り分けられてあった肉は、焼き肉装置の金網の上にトングを使って乗せていく。

 

 よい加減に焼き上がった肉を箸に拾い、焼き肉を慣れ親しんだタレにつけると口へ運ぶ。温かい焼き肉を咀嚼すると、大粒の涙がノボルの眼から床へ零れ出す。


「牛子ぉ……こんなに美味しくなって!」


 そんなふうにノボルは口に箸を運ぶ姿が、両親では愛おしく見つめていた。


「ノボル、そろそろお前に言いたいことを本題に話すぞ」


 つかの間だけ、焼き肉の味を噛み締めるノボルが、箸を止める。そして、父親の方に顔を向けて見る。


「俺たちは日頃何とも考えずに肉を食べたりしているが、こうして命のあったものを戴いてるんだ。これからは大変に食事をありがたいものとして食べてほしい」


「分かった、父さん!」というノボルが半泣きをしつつ頷き出す。


「いつかまた、一緒に焼き肉をありがたく食べましょうね、ノボル」といって母親のタエコが優しく微笑む。


「分かった、父さん、母さん。またいずれ焼き肉店に行こう!」

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