第11話 アナスタシアとの密談

 ─ラビリンス第一界層『狭間の森林』 古戦場跡地


 シャルルは唇を噛んだ。眼前に広がるのは先程よりも大量のエネミー【首狩り猿】だった。数は…30匹は軽く超えている。

「ミコ!」

 シャルルは後ろを向かずに相方に声を掛けた。ミコはすぐさまシャルルの横へと並んだ。

 そして2人の首目掛けて、2匹の首狩り猿が飛びかかった。ミコの方は振り払うことが出来たが、ミコに比べて非力なシャルルはまだ取っ組み合いを続けていた。


「くぅっ!」

 シャルルはシャムシールで首狩り猿の手鎌と鍔迫り合いをしている。

 その首狩り猿の獲物である湾曲した手鎌の刃先が、シャルルの頬を傷付けた。シャルルの目に映るUIでのHPバーがごっそり減る。

「くそっ『砂漠の鷹デザート・ホーク!』」

 刃先が何度かシャルルの顔を掠める中で、彼女は魔法を唱えた。鍔迫り合いをしているシャムシールから、砂の刃が放たれる。首狩り猿の身体が砂の刃によって切り裂かれた。


「ハア…ふう…」

 シャルルは息を吐き出した。頬から血が垂れ口に入る。ただの切り傷だぞ。なんでここまでHPが減るんだ。

「そうか」

 シャルルはハッとした表情を浮かべた。この世界のHPというものは、致命傷を与えられるまでの猶予…ということか。ゲームでHPが減ってもキャラのパフォーマンスが落ちないのは同じような理由なんだろうな。

 攻撃を食らっても、HPを消費させることで致命傷を避ける。もしHPが無くなるほどの攻撃を食らえば、それはつまり確実に致命傷を受けてしまうことになる。

 つまり、今回の件で言うとこの首狩り猿の攻撃を受け続けた場合、例え傷が頬だけであってもHPが0になってしまったら、力が入らなくなる、反応速度が落ちるなどの何らかの原因によってシャルルは首を跳ねられてしまうのだ。それほど首狩り猿というエネミーは危険である。


「シャルルさん!大丈夫っっですか!」

 ミコが何体かの首狩り猿を斬り殺しながら聞いた。

「ああ、大丈夫!でもちょっと厄介だ。ミコ!わたしに合わせて!」

 シャルルがそう言うと、左手に術符を構えた。夜なべして魔力を消費して作った代物だ。頼むからちゃんと発動してくれよ。


「『グラヴィトン・コール!』」

 シャルルは首狩り猿の集団の真ん中目掛けて術符を放った。普段はヒラヒラとしている術符だが、短い詠唱と共に放たれたそれは地面に突き刺さり、そこから辺りの首狩り猿を引き寄せる黒い球を生み出した。

 数十匹の首狩り猿たちは、一斉に何かに集められ一筋の縄で縛られたように密集していた。そこに─


「『霧雨流───木枯らし!』」

 ミコは剣を両手に握り腰の横にかまえ、水平に一回転した。ミコを中心として風が渦巻く。そして刹那の後、首狩り猿たちのは真っ二つに切断された。


 シャルルが敵を拘束し一箇所に集め、ミコがせん滅する。小さな魔物が大量に来るようなパターンでは、このパーティは無類の強さを誇っていると言っていいだろう。

 シャルルが使用した術符とは、予め魔法をその札に向けて掛け、使用者が詠唱を完了させると術符から魔法が放たれるというものだ。関係性で例えるとすれば爆弾と起爆スイッチだろう。

(この魔法、下級魔法じゃないから詠唱がクソ長いんだよな)

 シャルルは術符のストックを覗きながら思った。あと4枚、休みの日を使ったとしても作れる枚数は日にたったの5枚だ。慎重に使わなければ。


 2人は剣を収めた。そして首狩り猿が持っていた武器を拾いだし、袋へと詰めた。ギルドへ依頼完了を証明するため5本は必要だという。だが2人はそれら全てを拾い、収めた。余ったぶんを売って資金源とする、他の首狩り猿にまた武装させないようにする、など理由は様々だった。


「結構重いですね…」

 ミコはどっさりと武器の入った袋を背に苦笑いした。間違っても刃で袋が内から切れないように、袋の外側は皮をなめしたものを使用し丈夫にしている。

 2人はラビリンス・キャンプ1合目へと戻った。そして本日二度目となる例の武器屋へと訪れた。


「店主、こいつを全て買ってはくれないか?」

 店に入ったシャルルは、開口一番店の奥で武器を磨いている店主に向かってニコっとした。

「えっ」

「数はそうだな…70個だ」

「えっ」

「中古品とは言え、それなりのものも混じってる。わたしは【鑑定】スキルを持ってるから、適当な査定はしないでくれよ」

「ちょちょ、ちょっと待ってくれシャルルの嬢ちゃん」

 店主は磨いていた武器を落とし、立ち上がった。店主のいるカウンターの上には、ずっしりと武器が詰め込まれた袋が置かれ、その横にはシャルルが上半身を乗り出し、そのまま身を預けている。店主は状況が飲み込めなかった。


 …

 ……

 ………


「──これで終わりか。合計すると…全部で5万5千バルスだな」

 店主は長い作業を終えて、天井を仰いで一息ついた。そして少し目を瞑りまた目を開けると、カウンターの下からデアルンス国の金貨を5枚と銀貨を5枚をトレイに置いて出した。

「ところでどうやってすぐこんなに武器を集めたんだ?第一界層じゃ冒険者殺しをしてもすぐバレるし…ん?これはまさか」


 店主は空になった袋の底を見ると、おもむろに手を突っ込んで何かをつまんで取り出した。それは動物の体毛だった。

「嬢ちゃんたち、まさかこの数の首狩り猿を…?」

「ええ、2人でみんなやっつけましたよ!」

 ミコが元気そうに答える。店主がまた天を仰いだ。

「ラビリンスを訪れて数日の子供たちが、もう首狩り猿の群れを全滅させるたぁ、恐ろしい世の中になったもんだ…」


「ところで店主、この金で2人分の防寒具を見繕って欲しい。第二界層に行きたいんだ」

 シャルルはトレイから金を受け取らず、店主の方へそれを押して言った。

「えっ…もう下の界に行くのか!?まあいいだろう。さすがに驚き疲れた」


 店主はもう懲り懲りといった表情をして見せた。

 しばらくすると店主は白い外套コートとモコモコとした帽子、手袋を用意してきた。


「これ、全体的に白いけど大丈夫なのか?第二界層は雪が降っているんだろ?遭難したら分かりづらいんじゃ…」

 シャルルはコートを触りながら尋ねた。

「遭難?ハハハ、嬢ちゃんもまだまだ新米っぽいところがあって安心したぜ」

 店主はいたずらっぽく笑った。シャルルがムスッとしている横でミコはまあまあ、となだめた。

「いいか?遭難してる冒険者を探す時はそりゃ目で探して見つかったらわけはねえが、普通は『魔力感知』を使うんだよ」


 魔力感知、この異世界における探知系スキルの一種だ。それは冒険者が一般的に体内に宿している魔法力を感知するもので、どの冒険者もこの魔力感知の能力は程度の差こそあれど持ち合わせている。だが、スキルとして昇華させている冒険者となると数は減る。

 シャルルもミコも、魔物の気配を察知している時には無意識下ではあるが魔力感知を使用していた。


「それに、目立たない方がいい。第二界層からは本気で命を狙ってくる。魔物も、冒険者もだ」

 店主は声を潜ませた。あまりに急に声のボリュームを抑えたので、シャルルもミコも耳を近づける羽目になった。


「冒険者もですか?」

 シャルルはドキっとした。命を狙う冒険者、俺の事じゃないか。

「ああ。ただでさえ極寒の地で、しかも監視の目も少ない。ここは人通りが多いし昇降機もある。第三界層はレベルが足りてない無謀な輩が中層へ行くのを防ぐ監視所がある。結果的に何も無い第二界層は…ということだ。わかったかい嬢ちゃん」

「はい!ありがとうございます」

 シャルルは店主とミコの会話を黙って聞いていた。本気で殺しにくる、か。でも第二界層『冷たい谷』には『黒狐の師団』が居ると言っていたよな。普段より治安がマシになっていると期待したいものだ。シャルルがそんなことを思っている間に、いつの間にか夕方になっていた。もう待ち合わせの時間である。


 シャルルはミコに先に宿屋へと向かわせ、アナスタシアとの待ち合わせ場所へと急いだ。

 朝方、リディアに対して待ち合わせ場所も教えていた。

 金髪の冒険者は、以前アナスタシアと話した場所へ来た。ベンチに座っていた彼女は、難しげな本を読み、姉とは違いブロンドの髪が風に揺られて待ち人を待っていた。

「どうも」

「あらシャルル、来たかしら」

 シャルルが来たことが分かると、彼女は本を閉じ、隣りに座るよう促した。

「それで、話って?」

 シャルルは早速本題に入った。ゲイル・ドゴールを殺したあの夜、話をしようとだけ伝えられていたのだ。


「あなたの相棒…ミコ・カウリバルスについてかしら。あの子は、恐らく特別かしら。魔法の適性がないとされているにも関わらず風系統の技を使う。…ここまではたまにある話ではあるかしら」

 そこまで言うと、アナスタシアは周りを見回した。誰もいないことを確認しているらしい。


「あなたも見たかしら、あの炎を。魔法の適性が無いどころか2つの異なる属性を宿しているのも、不思議な話かしら」

 アナスタシアの言う"あの炎"とは、ミコの放った技である『霧雨流炎風一閃突き』を終えた後に剣から吹き出した炎のことだろう。

 あの後、シャルルはミコに炎のことについて尋ねたが、彼女自身炎が出るとは思っていなかったという。炎風というのは風の一種であり、ミコがギルドの窓口で買わされた本にも炎が出るとは書いていなかった、と。



「でもアナスタシア。君も闇属性のように見えるけど、炎を使っていたよね?」

 シャルルはそう問うと、アナスタシアは鼻を鳴らした。


「ふん!あれは、闇の炎という…簡単に言うと闇属性の魔法の中に内包されているものなのかしら。ミコの場合は明らかに違うかしら」

 彼女はそう言うと、目を瞑って腕を組んで足も組んだ。

「─ギルドはあの子の魔法の適性を無いものとして扱おうとしている。しかし2つの属性を持っていて、ひとつはあの『英雄』のものと瓜二つかしら。これがどういうことか分かるかしら?」

 今度はシャルルが問われた。英雄について知っていることと言えば─


「…あの終末魔法に巻き込まれて異常な体質になった?」

 シャルルの答えに、アナスタシアは目を閉じたまま頷いた。

「あたくしもその推測かしら。でも、ギルドが必死になって隠そうとする理由としては弱いかしら。ここからは少し突飛な仮説かしら。……あの子は恐らく『シルヴァー・バレット』、現在は『銀翼』と呼ばれている冒険者の血縁者ないし関係者かしら」

「銀翼の子供ということ?」

 シャルルの質問に、アナスタシアは今度は首を振った。

「いいえ、銀翼の苗字はカウリバルスではないし、そもそも夫もいなかったはずかしら」


 少しの間、2人の間を沈黙が支配した。地下世界のはずなのに、どこからか風が吹いている。

「何故それをわたしに?」

「あの子の相棒だから、じゃだめかしら?」

「それにしたって、なんでわざわざラビリンスでこんな話を?」

「銀翼の話題は地上じゃタブーかしら。徹底的に抑制されているかしら。ここなら話聴器トークちょうきも効かないかしら」

 アナスタシアはそう言うと組んだ足を入れ替えた。

「…まず一番頼みたいことは、相棒のあなたが、あの子を守ってあげることかしら。あの子は…何かの陰謀に巻き込まれる要素をふんだんに持っているかしら」

 アナスタシアは最後にこう言うと、席を立った。そしてシャルルが以前渡された紙の住所について尋ねたところ、そこはアナスタシアの借りオフィスだという。お互いに『銀翼』についての情報を得たらラビリンスかそこで共有しようという話となり、解散となった。


 辺りに生ぬるい風が吹いている。金髪の冒険者は髪を風に揺らせて思った。体調が悪くならないうちに宿へ向かおう。明日はラビリンス第二界層『冷たい谷』へ向かうのだから。



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 !TIPS!


 次回更新予定日

 1月中


 Pt:2名

 シャルル・フルフドリス LV2 二つ名:[未設定]

 HP:50 MP:10


【武器適性】

 小型近接武器:A+

 中型近接武器:C

 大型近接武器:G

 魔法武器:A+ 大型魔法武器:E


【魔法適性】

 適性:[地属性]

 習得済魔法:五種類


【スキル】

 ・体術

 ・暗殺術(体術ツリーの派生)

 ・近接戦闘

 ・鑑定

 ・採掘

 ・術符製作

 ・物品加工


 装備

 ・旅人の服

 ・旅人の手袋

 ・国防軍の革ブーツ

 ・まんまるリュック

 武器

 ・[曲剣]砂の国のシャムシール

 ・サバイバル用ナイフ

 ドロップ品

 ・ツリーポックルの枝×4

 ・ゼンマイキノコ×6

 ・万年筆

 ・掴みスライムのコア

 その他割愛

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