サイドストーリー

第3.5話 我が家

 ─ デアルンス国 ローゼン領 ローゼン村


 インテールの東門から少し歩いた所にある集落にたどり着いたシャルルとミコは、困惑の色を隠せなかった。

「この静けさは、一体なんなんだ?」

「誰も住んでいないのではないですか…?」

 立派な建物はいくつもあるのに、そのどれも部屋に明かりがついておらず、まるで人の気配を感じない。

「ちょっと、探して見て回りますか?」

 ミコはやや不安そうな顔でこちらを見る。

「待って。…どこかに何かいる」

 シャルルは思わず小声になった。何かが潜んでいる。左手を伸ばしてミコを静止し、右手で静かにするようジェスチャーする。


「いったいなんの真似だっt─っっ!」

 シャルルが一息入れようとほんの少し警戒を緩めた瞬間、何かが勢いよく何処かから飛び出し、こちらへの距離を一気に縮めた。本能的に逆手で取り出し、構えようとしたナイフに一瞬火花が散る。何か棒状のものが当たっている。14歳のシャルルには重すぎる力だ。軋むような音を立てながら、ギリギリと歯を食いしばり思わず別の手でナイフを持っている手を支える。

「わたしは!シャルル・フルフドリス!冒険者だ!」

 両腕を震えさせながら鍔迫り合いをするシャルルは、相対している人間に向かって名乗った。


「そうか。これは─失礼した」

 少し意外そうな声色で、相対していた男は離れ、その手に持っていた木の棒に何か道具で火をつけた。あれは松明だったのか。

 丁度その時、集落中にあったいくつかの柱が明るくなった。柱に吊るされた魔鉱石がぼんやりと、しかししっかりと光った。村全体が明るくなったようだ。

 男の全貌が見える。


「私の名前はアラキ。このローゼン村で、今は不在の領主に命じられ家令をしている」

 男は黒い制帽を目深に被り、ボロボロの黒いマントと執事の制服のようなもの、さらにブーツを穿いている。深々と被った帽子から伺える素顔は丸顔丸鼻でやや老けており、目も丸く大きいがシャルルと同じように暗い冷たさを感じさせる。身長は大きくなく、痩せているわけでもない。だががっしりとしている。年齢は中年に差し掛かった頃だろう。

 まるでサイコパスか連続殺人犯だ…それか、最大限好意的に見れば元軍人、と言ったところか。それがシャルルの印象だった。


「随分と熱烈な歓迎ありがとうございます。家令の方がわざわざご挨拶に来るとは」

 危うく死にかけたシャルルは嫌味をたっぷり込めて言い放った。彼女は右手に構えたナイフを降ろしはしたが、まだ納めていない。


「ミコ、いい加減立ってよ…」

 今度は呆れながらも優しい言い方で、横で腰を抜かしているミコを促した。

「あわ、あわわ、ごめんなさい。ウチ、つい…」


「貴方たち、何をしているの!?」

 村の入口の方から慌てた女性の声が近づいてくる。シャルルが帝国にいた頃世話になった近衛騎士団の団長も、このような声のタイプだったため、シャルルはその声の主がどういう身分なのかおおかた想像することが出来た。そしてそれは当たっていた。


「お嬢様、おかえりなさいませ」


 アラキと名乗った男が帽子を取って一礼する。

 一行はとりあえず、『お嬢様』の屋敷で話の続きをすることとなった。

 短い移動中の時間、シャルルは先程起こったことを反芻していた。アラキとかいう人間、こいつも転生者の類いか?いや、この世界でも日本人のように命名する文化を持つ国は存在すると聞いた。そして何故、いきなり襲ってきたのか?どうもあの鍔迫り合いをした感じ、殺す気は無かったように思えるが。とにかくこのアラキという家令は要注意だ。もし彼が冒険者だったら任務に沿って殺す必要があったに違いない。この身体で殺せるかはともかく─。

「あのー…シャルルさん?」

「ん?!─どうしたの?」


 ミコは小さな声で声を掛けた。

 シャルルは思わず首を振り、浸っていた自分の世界から自分自身を現実へと引き戻した。


「家令ってなんですか?」

「えっ…ははは。家令っていうのはそうだね、執事に似ているけど、執事よりももっと役割が広いんだ。金銭的なことも管理したり」


 思ったより単純な質問で拍子抜けしたシャルルは、思わずひと笑いしてしまった。そうだ、領主が不在と言っていたな。つまりこのアラキという男が実質的にこの村のトップということか。

 ………

 ……

 …

「さて、」

 と『お嬢様』が口を開く頃には外は暗くなり、2人は屋敷の2階、領主のものと思わしき部屋へと通された。デスクの後ろには村を一望出来るガラスが貼られており、デスクの椅子に座っているのがお嬢様だった。その脇にはアラキという家令が立っていた。


「この度の非礼、申し訳なく思っているわ」

 お嬢様は短く詫びた。そしてそのまま言葉を続けた。

あたくしはこのローゼン領の領主、アレクサンド・ローゼンの娘であり、今は領主代行を務めている─」

「スターリナ・ローゼンよ」


 スターリナと名乗った女性は貴族の娘らしく黒を基調としたゴシックなドレスを身にまとい、その長い銀髪とのコントラストを際立たせている。


「それで、貴方たちは…?」

 スターリナに問われると、シャルルは一礼した。

「わたしはシャルル・フルフドリス。歳は14で、冒険者となるべくギルドに向かい、この村を居住地として紹介されました。この娘も同様です」

 そう言うとシャルルは左手で小さくミコの背中を触り促した。

「う、ウチは!ミコ・カウリバルスでます!み、右に同じです!」


 貴族の娘と農村生まれの娘が会話をすることなど滅多にないだろう。ミコはガチガチに緊張し、顔は青く大粒の汗が噴き出していた。

「ふふふっ。2人とも、よろしくね」

 銀髪のお嬢様はクスリと笑う。笑った姿の彼女は、まだあどけなさを残す年頃の少女であることを示していた。2人は顔を見合わせながら、その姿に困惑していた。

「そ、それで、ローゼン様!なぜこの村にはここまで人が少ないのですか?」

 ミコが詰問した。


「それは私から説明する」

 脇にいたアラキが口を開いた。アラキの説明によると、数日前にこのローゼン村に魔物の大規模な襲撃があったという。それだけでなく、住民に擬態したモンスターがゲリラ的に住民を襲っていたというのだ。

「わたしらを襲ったのはそういう理由からか」

 シャルルはそう言いながらアラキを睨みつけた。

「そしてその魔物はどうなったのです?」

「住民の皮を被っていた数体の【掴みスライム】は既に討伐した。一掃する頃には他の住民は去って行ったが」


 彼はそう言うと自嘲するように笑った。シャルルはその姿を静かに見ていた。掴みスライム、あのエネミーはそこまで脅威となる魔物だったのか。


「これが我がローゼン村の現状よ。残った住民は、あたくしとアラキと、ラングという老いたドワーフの鍛冶師だけ」


 好きな家を選びなさい。スターリナ・ローゼン嬢領主代理はそう言うと、この屋敷の集まりを解散させた。

 2人は外に出て色々な家を見て回ったが、先程アラキが言っていた魔物の襲撃の影響か焦げ臭い焼け跡があったり、壁に穴が空いている家など散々だった。最後に見た家だけは壁に煤が塗れていること以外、支障は無さそうだったので、この家にすることとした。


「あの、ウチも一緒に住んでいいんですか?」

「いいよ。他の家を見せられたら、そこに住めなんて言えないし」

 実際この家は、寝室こそ一部屋だが間取りには余裕があり、1人で住むにはやや広すぎるように感じられた。2人は寝室へ行き、両端の壁のそばに置かれたベッドへと入った。

「じゃあ、おやすみなさい…」

「ああ、おやすみ」


 ミコは寝てしまったようだった。シャルルも寝ようとしたが、ふと思ったことに一考し、目をぱっちりとあけた。そういえば、一応相手が子供とは言え少女と俺が同じ部屋で寝るのは不味くないか。いや、そもそもこれが初めてはないが、よくよく考えてみればそうだ。

 だが俺の心にそういったやましい欲求は微塵もなかった。そもそも男子大学生をしていた頃もそういう趣味でなかったのもあるが、この少女の身体になってからそういった欲がまるでない。博士のやつ、変なところで気を回しやがって。

 明日は冒険者ギルドに行って自分の適性の査定と、このUIの見方を教わって、いよいよラビリンスに潜ってみるか。ああ、水晶玉をまた作って博士に報告する必要もあるな…。

 シャルルは思考の波の中で意識が曖昧になり、睡眠という海の中へと沈んで行った。

 …

 ……

 ………

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 !TIPS!

 次回更新予定日

 1月6日


 Pt:2名

 シャルル・フルフドリス LV1 二つ名:[未設定]

 LV1 HP:??? MP:???

 適性:??? 特技:??? 魔法:???

 ※見方が分からないため冒険者ギルドにて査定の必要有


 装備

 ・旅人の服

 ・旅人の手袋

 ・国防軍の革ブーツ

 ・まんまるリュック

 武器

 ・サバイバル用ナイフ

 ドロップ品

 ・アルミラージの毛皮×3

 ・小スライムのジェル×4

 ・掴みスライムのコア

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