・第7集【ベトナムの惨劇~アメリカ社会の崩壊、公民権運動と第二次内戦~】

シンチャオどうも、我々の自主独立を認めない植民地主義的な侵略者ヒーローの皆さん! レッドナポレオンです!」

「AIEEE! ベトコン!? ベトコンワッザ!?」

(ベトナム戦争、テト攻勢。アメリカ大使館前で過去に倒したヒーロー達の生首を掲げ大使館駐在ヒーローを威圧する、赤い瞳、軍服の上にナポレオンめいた二角帽にアラビアのロレンスじみた中東風外套、口元覆う鉄仮面と中世亜細亜風の手甲脚甲、赤い瞳と黒塗りの鉄仮面・手甲脚甲以外は帽子も外套も全て密林に潜む迷彩色という姿をしたベトナム超人兵士レッドナポレオンのカラー映像。当時は生放送で剥き出しだった生首には現在ではモザイク処理が掛けられている)


 アメリカ独立以来最悪の戦争と言われたベトナム戦争。単純な人的犠牲の量という点では第一次内戦南北戦争の方が多かったにも関わらずベトナム戦争こそが最悪の戦争と言われるのは、敗北し、そしてまたアメリカの道徳と正しさに痛撃が加えられたからだ……当時を知る人々は口を揃えてそう語ります。


 ベトナム戦争はヒーローコードに忠誠を誓いディ・シィ・コデックスに登録されたヒーローが百人以上出征し……そしてその七割以上が帰ってきませんでした。


(ホワイトハウス前に出陣集会で集結し気勢を上げるアメリカンヒーロー達)


 犯罪者を狩る術に長けている事からゲリラと有利に戦える事を期待して集められたヒーロー達は、高層ビルが立ち並ぶ都市での活動に特化した戦闘スタイルの為に密林では有効に戦えない者が多くいました。悪を威圧し被害者に救助者が来た事を知らせる原色のコスチュームも、迷彩という意味では最悪でした。


(衆人環視の中の焼身座禅の荒行から、決然炎の翼を纏い飛翔する僧侶の映像)


 しかしそれ以上に、焼身座禅の荒行により炎を操る力を得た僧侶超人兵士ボー・タットやベトナム最強の超人兵士であるレッドナポレオンと彼等が率いるベトコンやベトナム軍兵士達の連係攻撃の凄まじさ故に、不敗を誇ったアメリカのヒーロー達は次々と命を落としていきました。


 それ自体アメリカのヒーロー制度に打撃を与えるものでしたが、当時のヒーローの残した手記には、正しさに対するヒーローの深い懊悩が滲んでいます。


「俺達はここでジャスティスの為に戦うつもりだった。それは間違いだった」

「戦い終わってコスチュームを脱いだヒーローが、便所で死んでいた。トイレの掃除夫がゲリラの変装で、手榴弾を投げ込んだんだ。ヒーローの死体は糞に塗れていて、部屋でがらんどうのコスチュームが帰ってこない中身を待っていた」

「ベトナム人と、麻薬に耽溺し虐殺に走るアメリカ軍や同盟国軍と、どちらを殴るのが正しいって言うんだ」

「レッドナポレオンやゲリラ、住民が俺達を見る目は、俺達がヴィランを見る目と同じだった。連中はヒーローという言葉にあらん限りの軽蔑を込める。そして、俺達がレッドナポレオンをヴィランだと言うと、ヴィランという言葉にまるで英雄を示す言葉であるかのように感謝と祈りと敬愛を込めるのだ。『ヒーロー共覚悟しろ、必ずヴィランが来るぞ』『ヴィランがお前達ヒーローを何時か根絶やしにするぞ』と、そう言うんだ」

(当時のヒーロー達の手記から抜粋)


 事実、今でもベトナムにおいては、外来語としてのヒーローとヴィランの言葉の意味が逆転しています。ヴィランがヒーローという意味で、ヒーローがヴィランという意味なのです。


(ワシントン州レインボーヒル。銃砲店に立て籠もるベトナム帰還ヒーロー)


 ヒーロー部隊長の一人キャプテンガッツがヴィラン化して脱走し密林奥地に麻薬栽培者の王国を築いて狂った王となり討伐部隊を返り討ちにする地獄か黙示録めいた惨状を作り、帰国したヒーローの一人ファストブラッドが錯乱してPTSDを発症し乱暴ランボーを働き街一つを大混乱に陥れる等、ヒーロー達の悲惨な死の上に反戦運動の花が咲き……テト攻勢で爆発四散するアメリカ大使館の前で多数のヒーローの生首をぶら下げカメラ目がけて挨拶アイサツを決めたレッドナポレオンという放送事故に対しTV中継で全米が失禁。


(アメリカン・スーパーヒーローの顔を描いた提灯が並ぶ、終戦後数年のベトナム旧正月の映像)


 ベトナム戦争終結後からベトナム・カンボジア戦争後にアメリカとの関係が回復するまでの間、旧正月にはレッドナポレオンが掲げたヒーローの生首を象った提灯を飾る事が風習となりました。


 このベトナム戦争における決定的敗戦でのアメリカ国内におけるヒーロー数の低下によって、公民権運動が第二次内戦シビルウォーⅡへエスカレートしていく事になるのです。


「そうだ。決して我々は満足していないのだ。そして正しさが川のように流れ下り、公正が力強い急流となって流れ落ちるまで、我々は決して満足する事がないだろう」

(牧師風の装飾が施されたヒーロー・ボディスーツを纏う黒人先天変異超人ミュータント、パスチャーKの演説)


 人種差別に対する60年代の公民権運動は、人種だけではなく更に二つの問題が関わっていました。


 一つはマーベラス・コミュニティら非合法ヒーローに関する問題。同じく政府と対峙する者として公民権運動に参加する者もいれば、ヒーローではあるが人種区別に賛成する者、あるいは純粋に犯罪と戦おうとする者もいて、更に言えばそれは政府に所属する事を選んだディ・シィ・コデックスや、それどころかスーパーヴィラン達も同じで。スーパーヒーローとスーパーヴィランの介入により、事は急激に派手になっていきました。


 そしてもう一つは、この頃表面化した先天変異超人ミュータント問題です。


 ……この時代、先天変異超人ミュータントの数は特にアメリカにおいて爆発的に増えていました。環境汚染、核実験、宇宙人襲来、怪獣の影響。50年代から60年代にかけてのアメリカでは怪獣未満の放射線で巨大化した生物だけでも両手足の指に余る数いましたし、それに加えてアメリカで特に先天変異超人ミュータントが多かったのは、政府がアメイジングマンの超人輸血以外の方法で超人を生み出そうとした化学物質やウィルスの漏洩事故を起こしていたことが後に明らかになっていますが、これが人体実験では無いかという疑惑や訴訟や情報開示請求等で今も取り沙汰されています。


 とはいえ、人間として生まれ後から変化した後天変異超人ギフテッドは人間である。超天才である頭脳超人ジーニアスは普通の天才との境目が存在しない。


 では生まれながらの超人である先天変異超人ミュータントは、人間なのか、人間から変異した新しい種なのか。そしてそれよりも更に人間から離れた異界超人アナザー幽妖超人オカルト合成人間チャペック械人アシモフは。現代では兎も角、当時はソレが真剣に疑問視された時代でした。


 先天変異超人ミュータント自身ですらそれが曖昧であり、自分達は人間であり恐怖と差別からの解放を望む者もいれば、自分の能力を恥じて恐れる者もいれば、自分達は進化した種であり人類を支配するという先天変異超人ミュータント優性思想を取る者もいました。


 そして黒人公民権運動参加者も、先天変異超人ミュータントを共に人種差別と戦う同志と見る者も、ミュータントは自分達と違う、混ぜて欲しくない、人種間の問題に人間で無いものを味方につければ自分達まで人間から弾き出されてしまうと恐れる者もいて、運動は激しく大きく、しかしそれ以上に混乱していきました。


 殊に黒人のスーパーヒーローやスーパーヴィランは積極的に公民権運動に加わろうとしましたが、何しろスーパーヴィランの方は気が荒い者が多く、更に言えば非殺で捕縛する者が大半のアメリカン・スーパーヒーローの性質からスーパーヴィラン・元スーパーヴィラン・精神病院や刑務所からの脱走スーパーヴィランの数は非常に増加しており、先述したような黒人運動側の先天変異超人ミュータントに対する様々な反応から、トラブルになる事がしばしばでした。


「一緒に戦おうぜ!」

「こいつは真っ当な人間が真っ当な人間として扱われる為の活動だ。ギャングやモンスターは呼んでねえよ、帰れ!」

「何だと! 殺す!」

(黒人公民権運動の場に現れた黒人スーパーヴィラン・オプシディアンと、それに対する運動家達の否定と投石。投石直後オプシディアンは無数の黒曜石の鏃を発射する能力を発動し、ヒーローが介入するまでに死者20名の犠牲が出た)


 ……当時の公民権運動反対派が撮影した事件映像です。このような事件は、一つではありませんでした。


 公民権運動は一時期得た協力に却って振り回される事になります。


 運動に加わったスーパーヒーローや一部のスーパーヴィランは、まずその鎮定に当たらなければなりませんでした。


「こんな事ぁとっとと終わらせねえと、おちおちサンダースピードの奴といつもどおり勝負もしてらんねえ」


 スーパーヒーローのサンダースピードをライバル視していたスーパーヴィラン集団・バンディッツのメンバー、スライムの言葉です。


 その状況を大きく動かしたのが『王の威光キングスカリスマ』と呼ばれる士気向上精神超能力を持つヒーロー・パスチャーK、本名マイケル・ルクス・キング・ジュニアと、殺人光線級のX線を操るスーパーヴィラン・レントゲン、本名マルコム・ビッグでした。


(特徴的なゴーグル付きの兜を被り装甲のついたボディスーツとマントという出で立ちのレントゲンと、その周囲に集うテンタクル、スケイルメイル、カースシャウター、ヒュージマン等の先天変異超人ミュータント達。姿は様々だが、何れも黒い手袋を身につけている)


 どちらも先天変異超人ミュータントは人間である事、黒人と先天変異超人ミュータントは共に人種差別に立ち向かう同志である事を説き結束させましたが、パスチャーKはマーベラス・コミュニティと共同し黒人非暴力運動と先天変異超人ミュータント平和的ヒーロー活動集団K-MENカインドメンを主導、レントゲンはヒーロー・ヴィラン・先天変異超人ミュータント・黒人を問わず連合しての武力革命を志向し黒拳党ブラックパンチを結成……所属するヒーローとヴィランが、黒い手袋を共通して身につけている事が記録映像から見て取れます。


 K-MENカインドメン黒拳党ブラックパンチは真っ向から対立し、幾度かの交渉と衝突の末……最終的にレントゲン等は【ニューアメリカ共和国】の建国を宣言しアラバマ、ルイジアナ、ミシシッピ、ジョージア、サウスカロライナで武装蜂起します。全米の住民、ヒーロー、スーパーヴィランが真っ二つに割れた第二次内戦シビルウォーⅡです。


 皮肉にもその切っ掛けとなったのは、ディ・シィ・コデックス登録ヒーローでありながら公民権運動に同意し非暴力不服従運動に参加、警官の暴力に対し能力を行使する事無く死亡したスーパーヒーロー、サンダースピードでした。


 現代でも能力に対抗する為の銃所持の必要性を訴える意見があるように、サンダースピードが能力を発動する事に対する恐怖が招いた事態です。


「速くて遅くて死んでるのは誰だ? このナゾナゾの答えがサンダースピードであってたまるか。こんな事ってあるもんか、世界で一番速い男がその場から一歩も動かずに死んだんだぞ!」


 ヒーローのサンダースピードをライバル視していたスーパーヴィラン集団・バンディッツのメンバー、ダイダロスの言葉です。当時最速のヒーローは日本のコーアンナインかイギリスのアルファベットQかサンダースピードか諸説ありましたが、バンディッツはサンダースピードこそが最速であると信じ、それに挑む事にある種の真摯さを持ち……事実上サンダースピードの奇妙な友人達と見なされた、比較的善良なスーパーヴィラン達でした。ですが、これにより彼等はレントゲンの勢力に加わり、またこの事態にレントゲンも危機感を覚え決起を早めたと言われています。


(彼我入り乱れて市街戦を行うヒーロー・スーパーヴィランらのカラー映像。普段はライバル関係のヒーローとヴィランが手を取り合い、逆にヒーロー同士が殴り合っている)


 人種を巡る観点で、時にヒーローとヴィランが手を組み、時にヒーロー同士・ヴィラン同士が争う、後にも先にも無い混沌とした時代でした。ディ・シィ・コデックスのヒーロー達がベトナム戦争で大半戦死し政府側の超人戦力が大幅に減少していたこともあり戦力バランスは拮抗、戦いは激化。人手不足もあってディ・シィ・コデックス側が反公民権運動の立場であればスーパーヴィランを司法取引してメンバーに加える事すら生じ、問題はますます悪化します。


 ダラスでの暗殺をソルジャーステイツに守られ免れたスコット・F・ケネディ大統領はこの一件の対処に失敗、ベトナム戦争への介入も止められず、女性問題・麻薬問題・公民権運動に関する情報収集と鎮圧に秘密裏にスーパーヴィランの手を借りた事等による数々の醜聞を起こし失脚。


「汚え晩節だ。あん時死んでた方がマシだったな。ソルジャーステイツとあろうものが無駄なことをしたもんだ。奴の名も地に落ちたな」


 このバリー・ジョンソン副大統領の暴言がマスコミにすっぱ抜かれた事もありアメリカ合衆国政府は力を失い、一方ニューアメリカ共和国もレントゲンが状況打破の為同盟を結ぼうとした【組織ソサエティ】と方針を巡り対立、【組織ソサエティ】の生機幽合体サイバイオカルトバタフライニードル……兵役拒否でチャンピオンの座を失い日本で行われた異種格闘技戦で足を骨折し選手生命まで失ったが改造により超人ボクサーとなったムハマド・アリーに暗殺され、そしてパスチャーKもまた『王の威光キングスカリスマ』は使い方によっては洗脳も可能だという事が暴露され、同志に既に洗脳されている者がいるのではないかという大混乱の中暗殺されてしまいます。


「我々には夢があった」

「「我々はその夢を、この瓦礫に燻る火種から灯火とし、その松明を持って歩んでいかなければならない」」

「それぞれに」

「だが、今は争う事を止めて」


 マーベラス・コミュニティのリーダーとして久々に公の場に姿を現したマーベラスマン、K-MENカインドメンの有力者アルキメデスとラーテル、黒拳党ブラックパンチ代表を引き継いだダークライオン、そしてディ・シィ・コデックスの代表ソルジャーステイツが停戦に同意し『汎公民権法』が成立。


 日本の『新安保条約に伴う戸籍法改正』と並び、黒人等の人種や先天変異超人ミュータント等の超人についても、犠牲は大きかったですが改めて法的に平等な人間である事が確立したのでした。


 しかし、それは「それぞれに歩んでいかなければならない」という言葉が示すとおり、新たな始まりでした……あらゆる意味で。

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