堕落

 出会ってから二、三週間。

 日数なんて正直全く数えてないが体感それくらい。

 俺は生きていた。


「ねぇ、君」

「なんだ」


 俺は今これまでの人生で一度もしたことがないであろう鋭い目つきで、彼をみている。

 いつも楽しそうで幸せそうで馬鹿で鬱陶しい彼を。


「二つに一つだよ」

「うるせぇよ」


 彼の目に写った俺の顔は見る者すべての表情を歪ませてしまうだろう。

 だがその目の持ち主は顎をあげて普段通り笑顔で座っていた。手すりに触れている手が青いのは緊張か?はたまたそれ以外の感情か。



「お前が飛び降りて俺と入れかわるか……」

「僕も犠牲にするために共に飛び降りるか」


 目線の先に普段は閉まり切っている窓は今日に限って全開。ベランダから入ってくる風は俺の前髪を遊んで消えた。

 俺も彼も全く動かずにただ目を合わせていた。



「ほら、どうしたの?そんな改まっちゃって」

「お前にどう現を抜かしてやろうか考えてたところだ」

「馬鹿馬鹿しいね」


 この時点で俺の未来には光がない事が分かる。

 危機というモノは未来の希望を手に入れるためにあることが多いが今はそうではない。

 あえて言うのなら「負けイベント」。危機から逃れることはできない。そんな未来が約束されていた。約束されてしまった。


「サプラーイズ! なんて。君の為だよ? 君バイト先からここまで遠いもんね」

「サプライズは初めてだよ。ありがとう」

「どういたしまして」


 言葉ではそう言っているが表情は全く変わらない。

 まるで表情で会話をしているようだ。


「どちらの選択を取る?」

「お前、分かり切ってるだろ?」

「君のことは……嫌いじゃない」


 彼はそういうとネクタイの位置を調節した。

 当然目線は全く外れていない。むしろさっきよりも鋭くなっただろう。


「早く死んでくれたら僕もう帰れたのに」

「急にママが恋しくなったか天使様」

「言うねぇ」


 そういって彼は小さく笑った。

 今の俺には何もできない。ただ彼が動き出すのを待つのみ。

 俺はただずっと彼との目線を外さないでいる。


「残念だ」


 そういうと首を傾げた。

 その瞬間。落ちていく彼の影を目にした。願い事など無い。

 俺はただため息をつきその場から動かずにいた。

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