都会の隅のど真ん中

「なぁ、お前どういうつもりなんだ?」

「だから何度も話したでしょう!?僕は君が死ぬのを待ってるんだよ!」

「もうちょっと現実的な話をしてくれないか……」


 俺と天使を名乗る奇妙な詐欺師は隣り合って俺の家へと向かっていた。どうしてこいつと共に行動しなければならないのだろうか?

 自称天使が言うには俺はもうすぐ死ぬ。そして死んだ瞬間を見届け俺の魂を食べる。それが天使の仕事であり自分の役割だというのだ。

 言っている意味が分からない。と言うかそんなでたらめ誰が信じるのだ。この世界は科学を基盤に作られている。幻想的な話をされて理解する方が難しいだろう。


「そもそもその『神のご加護』があるんだったらこの世界で裕福に暮らせばいいだろ?」

「それはできないね。だってあくまでこれは仕事。僕には僕の生活があるんだよ? あとこっちの世界に来てもどうせ皆死んでいくし」

「そ、そうか……」


 ここまでずっと笑顔で能天気な顔つきをしていた彼が初めて寂しそうな顔を見せた。そのせいか謎に罪悪感が湧き心が締め付けられるのが分かる。

 俺はもうすぐ死ぬのか。天使はそれを見届けに……


「やっぱり理解しがたいな。そんなに自分がファンタジーの住人だというなら火でも放ってみろよ」

「うーん、それは難しいなぁ。確かに『神のご加護』は都合のいい魔法みたいなものだけど、それにも限度があるんだよ!」

「どういうことだ? 空飛んだり物動かしたり、そういう超能力みたいなもんじゃないのか?」

「現実的過ぎる君にこれを説明するのは難しいけど、分かりやすく言うなら人間には足があるでしょ?」

「足?」


 自称天使は自分の片足を上げその足を指差した。だが片足で歩いている俺に合わせようと飛んでいるためその指さす方向が曖昧になっていた。


「そそ! 人間はその足を使って歩いたり物を蹴ったりすることができる。だけど足の力にも限度があるでしょ? 例えば足を使って上空の遥かかなたに飛ぶことはできないし、地面を蹴って地球の自転速度を上げるなんてことは不可能。でしょ?」

「確かにな」

「まぁそれと同じ。と言ってもまったく同じ!って訳じゃないけど……君みたいなひねくれものは始めてだよ? 皆一瞬で理解してくれるのに。君ってめんどくさいねー」

「調子に乗るんじゃねぇぞ」


 そんなことを言っていると遠くの方から踏切の音がしてきた。

 自称天使はその音に気付くと俺の方を向いた。


「もしかして、まだ疑ってる?」

「当然だ。そもそもお前が本物の天使だって言う確信は無いだろう?」

「そうだね……じゃあ!」


 自称天使が斜め上を見てそういうと、小走りで少し先のまだ鳴っていない踏切へと走った。

 そして線路の真ん中まで行くとこっちを向いて両手を広げた。


「僕が今から『神のご加護』を見せてあげるよ」

「何をする気だ」

「電車が僕を轢く瞬間、君と僕が『神のご加護』で入れ替わって君を殺す」

「……っ」


 一気に血の気の引く感じがした。次第に鼓動が早くなる。


「そしたら嫌でも『神のご加護』を信じる。ま、それと同時に君は死ぬことになるけどねー」

「お前は天使じゃないのか?」

「ん? どういうこと?」

「天使だったらそんな残虐なことはしないと言っているんだ!」


 俺が大声をあげたせいで周りの注目を集めてしまう。

 丁度会社帰りの人たちが多いようで通行人のほとんどが目線をこちらへと向けた。

 何人かは線路のど真ん中に突っ立っている自称天使を見てぶつぶつと何かつぶやいている。


「残念だけど、僕は君が死ねばその分早く帰ることができる。もっとも、天使として死因が『電車に轢かれる』っていうのは給料に響くんだけど……」

「ふざけんなよ?身分の高い天使様が随分と人間様に無礼極まりないことを」

「だって」

「……っ」

「君、僕に対して毒しか吐かないじゃん? そんな人間ごときに慈悲なんて要らないでしょう?」


 甲高い音が響き始める。その音と同時に派手な色のポールが彼の行く手を狭める。

 周りの人の声が大きくなってきた。傍観者効果だろうか? 誰も電車を止めることもなければ電話をかける素振りも見せない。

 このままでは彼は木っ端みじん。それどころか天使が言うには俺と入れ替わって俺を殺す。つまり木っ端みじんになるのは……


「だめだなー、傍観者が多い場合さらに給料が減っちゃう。大天使様にまた何か言われちゃうよ」

「お前っ……」

「ま、一日目で死ぬのはこれが初めてでもないし、都合がいいのも間違いない」

「クソッ」


 次第に電車の走る音が大きくなっていく。それと同時に俺の鼓動が早くなっているのが分かる。

 目線の先では笑顔の天使。俺の見間違えでなければ天使はゆっくりと枕木の方へと歩いているのが分かる。

 止めなければ、今の最善策は……

 俺は咄嗟に思考を練ることはできなかった。


「お? おぉ!?」

「クソがふざけんじゃねぇよ!!」


 そう叫び俺は強く地面を蹴ると踏切へと走り出す。

 通行人の声が大きくなるのが分かる。だが何を言っているのかはっきりとは聞こえない。

 この世界は偽善であふれている。そのせいで大切な時に限って進んで善を行うものがほとんどいない。

 だから人は神に縋り死をゴールとしてしまうのだ。

 刹那的に生き過ぎている。未来を見据えるべきなのは神様ではなく自分自身なのだ。

 ふざけるでない。


「あぶないよっ!!」

「うるせぇ今話しかけんな!!」


 そういって天使の腹に思いっきりタックルを入れると線路外まで押し飛ばした。

 その勢いで俺もそっちの方へと転がっていく。電車の走るその寸分の距離にいるため俺の鼓膜が生きているのか分からない。

 目の前には驚いた顔の天使がじっと俺の方を見ていた。

 腰のあたりに感触を感じ手を当てると天使の手だと分かる。


「なに俺の心配してんだよクソ天使がよ」

「おめでとう、君は英雄だね!」


 電車の五月蠅い音が過ぎ去ると同時に数えきれない量の人がこっちへと向かって来た。


「お前……この状況から抜け出せる『神のご加護』とかねぇの?」

「うーん、そうだね。ゆっくり五秒数えてくれたらどうにかするよ? あ、目をつむってね? あと耳も!」

「お、おう」


 素直に俺は目をつむり耳をふさぐと人の声が遠ざかる気がした。

 それは耳をふさいだ影響だと思ったが、その音はどんどんと消えていく。

 これで目を開けた時に群衆の真ん中にでもいたら、こいつを殴ってやりたいと考えていると肩を優しく叩かれた。


「もういいよっ!」

「え……」


 俺は目を開けるとその明るさの変化に追いつけず何度か目を瞬かせる。


「嘘だよなぁ……まじで……」

「すごいでしょー!」


 そこは電気がついていないがよくわかる。

 見慣れた自分の家だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る