【受験生応援】未来のことなんて、分かるわけないじゃん!

桜猫あんず

第1話 未来のことなんて、分かるわけないじゃん!

 ホームに到着すると、ちょうど来た普通列車。乗り込むとすぐに空席を探す。ほぼ満員の列車内。やっと一人分と思えるくらいの隙間を発見し、無理やりお尻を突っ込む。


 窮屈な体勢のまま、カバンから『それ』を取り出す。いつもならスマホか、単語帳を出すところ。だけど、今日は違った。


 一冊の本。書店にたくさん並んでいる異世界物いせかいものと呼ばれるジャンルのライトノベル。


 受験生の私は、そんなものを読んでいる余裕はない。共通テストまで一カ月しかないし。


 裏表紙を開く。著者とイラストレーターの略歴、そして、発行日。それだけを確認して本を閉じた。この本を読むわけにはいかない。


 本の内容を知ってしまうと、大変なことが起こる。きっと。歴史が変わるとか、時空連続体に亀裂が入るとか。考え過ぎなのかも。だけど、そんな可能性を秘めた本。


 おそらく顔が緩んでいるだろう。周囲から見たら変な女子高生だと思われるかも。


 高校三年生のこの時期に楽しいことなんてない。


 だが、今日は違う。


 私は小説をカバンに片付け、今度こそ単語帳を出して目を通し始めた。


 この数時間の出来事を回想しながら。


* * *


「さむっ」


 予備校の出入り口から出た私は、エレベーターに乗り込んだ。駅前の繁華街にある雑居ビルの四階。私が通う予備校。


 スマホを取り出す。午後四時。午前中に授業が終わってから来たので、三時間ほどいたことになる。


 あっ、メッセージ。


『何してんの、ヒナノ?』


 同じ部活のハナから。もう、とっくに引退したけど。


『飽きたので、散歩に出るとこ』


『いいな、映像授業の予備校は 自分で時間調整できて』


 私の通っているのは、自分のペースで映像授業を見るタイプだ。対してハナの予備校は、対面で講義を行うタイプ。


『自分でペース作るの結構、大変なんだから』


 返事を送っておく。今の時期に自分のペースが作れてなければ受験敗退も同然。


 書いていることがおかしいかな? と思わなくもないが。深く考えるのはやめた。


 制服の上に着込んだコートのポケットに手を入れる。ガサガサと紙の摺れる音。憂鬱な音。


「置いてくればよかった」


 独り言が口を突く。先ほど返却された模試の結果表。第一志望の判定は『D』。


『その判定でも、合格した先輩はたくさんいるよ』


 大学生のアドバイザーが励ましてくれた。そんな励まされ方をしても、気分は一向に高まらない。


 いっそのこと「こんな時期に、こんな成績で受かると思うな!」と言われた方がやる気に火がつくかも……。


 いや、それは嘘だ。三年間、中学からだと六年間、文化部で過ごした私は、自分でも分かるほど打たれ弱い。


 ハナと励まし合って何とか生きているって感じ。


 第一志望は、経営学部。本当に入りたいのか、よくわからない。好き嫌いではなく、リアルなイメージが湧かない。


 理系の科目は到底無理なので必然的に文系。文系と言っても、学校の先生にはなりたくない。大変そう。歴史の研究? 作り話の小説は好きだけど、リアルな歴史はちょっと。英語は嫌いじゃないけど、研究するほどでもない。


 結果、お父さんに「潰しが効きやすいぞ」と進められた経営学部を第一志望にした。大学案内を読んで面白そうだと感じた。


 だけど、どんな仕事をするかまではイメージできない。だって、未来のことなんて、分かるわけないじゃん!



 スマホがブブっと振動する。一階に到着したエレベーターを出ながらスマホを出す。


『がんばれ、ヒナノ!』


 イラスト付きのメッセージ。ハナが自分で書いた不細工な猫『ブサ猫ちゃん』。ハナは昔からマンガを描くのが趣味だ。


 いつかは『ブサ猫ちゃん』をバズらせるつもりで、キーホルダーまで自作していた。


 今、私が取り出したスマホにも透明のアクリル板に挟まった『ブサ猫ちゃん』がぶら下っている。自作イラストを透明の板に挟んで、アイロンで圧着するのだそう。



 私とハナは、同じ『アニメ研究部』に所属していた。アニメ、マンガ、ライトノベルを中心に研究……というか、好きなものを一方的に他人に話す部活。


 地味で、マニアな部活に所属している私は、キラキラ高校生活からは無縁だ。だけど、いいこともあった。


 最近はアニメ好きを公言するアイドルや芸能人が増えた。


 そのおかげで同級生からは『秋アニメでおすすめ教えて!』みたいに良く聞かれた。サッカー部の人気NO1の男子生徒から聞かれたこともある。


 クラス全員の入るSNSグループでだけど。


 そこから「来週、一緒に映画にでも」となることは絶対にないが、聞いてきてくれたことは嬉しかった。私の返答が濃すぎて、少し引いていた気もするけど。


 最近、体重が増えてきている。文化部時代とあまり変わらない生活をしているはずなのに。ストレスで食欲が細る人がうらやましい。


 私は食べてしまうほう。頭を使うと、カロリーを消費して痩せるという話を聞いたことがあるが、あんなのは嘘だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る