森の国

第6話ブルーフォレスト

「お嬢様……申し訳ございません……」

「謝らなくていい。むしろ無理をさせてしまってすまないな」


 私は今、カレニアを乗せた馬を引いて、鬱蒼とした森を歩いていた。

 雨は降っていないものの、辺りは薄暗く視界がはっきりとしない。

 足元がおぼつかないので、慎重に歩いている。


 カレニアの体調が崩れたのは森の国――ブルーフォレストに入国してからだった。

 私を軟禁状態から解放するまで、神経を使い過ぎていたのだろう。もうここまで来たら安心だというところで緊張の糸が解けてしまったらしい。高熱ではないにしろ、少しだけ休む必要があった。


 ブルーフォレストは私たちがいたアースドリア王国と異なり、王家や領主はいなかった。代わりに村々の自治によって人々は暮らしている。彼らは林業や森に自生する食物や薬草を売買して生計を立てていた。


 私たちはブルーフォレストの村の一つ『エイトドア』に向かっている。そこでなら一休みできそうだった。カレニアのこともあるが、私自身も休息する必要があった。やはり女の身ではいろいろと不都合がある。


「ブルーフォレストにはよく効く薬が売っている。すぐに元気になるさ」

「ありがとうございます……私は従者なのに、ご迷惑を……」

「従者の面倒を見るのも、主人の役目だ」


 カレニアを郎党と呼んでもおかしくない、主従関係を結んでいる私たち。

 だからこそ、大切にしなければならないなと思う。

 カレニアは顔色はあまり優れない――先ほど何度も吐いている。

 もう少し、先へ進んだら小休止を入れよう――


「……っ!? カレニア、動けるか?」

「ど、どうしましたか……ってええ!?」


 カレニアも私の足元に矢が突き刺さっているのに気づいたようだ。

 私は腰に刺した剣を抜いて「何者だ!」と怒鳴った。


「へへへ。度胸のあるお嬢ちゃんじゃねえか」


 下卑た笑い声。

 そして汚らしい恰好をした男どもが六人出てきた。

 野伏――いや、山賊と言うべきか。剣や弓を構えて私たちを扇状に取り囲む。


「それにいい馬を持ってやがる。売り飛ばせばいい値段になるぜ」


 頭目と思しき男がじろじろと馬と私たちを値踏みする。

 なんといやらしい視線だ。気分が悪い。


「…………」

「なんだ? ビビって命乞いもできねえのか?」


 頭目の言葉に山賊共が大笑いした。

 そして一人の山賊が私の間合いまで来た。

 余程の余裕――油断しているのだろう。


「さあ。荷物を――」


 その山賊が手を伸ばしてきた――その腕を私は剣で切り上げた。


「ぎゃああああああああああああ!」


 山賊は悲鳴と血飛沫を上げて倒れて、そのまま陸に上がった魚のようにのたうち回る。


「な、なんだ、この女――」

「剣を持った相手に近づくなど、不用心にも程がある」


 私は剣を逆手に持って、泣き喚いている山賊の首の付け根を狙って刺した。

 びくびくと痙攣した後――山賊は絶命した。


「こ、この女、イカレてやがる!」


 山賊たちは剣や弓を構えなかった――度肝を抜かれたのだろう。もはや思考が停止しているのと同じだ。

 私は近くにいた弓を持つ山賊に斬りかかった。

 咄嗟に弓を盾替わりにして、剣を受け止める――私は力を込めて、剣筋を山賊の首まで持っていく。


「ひい、やめろ、何を――」


 最後まで言わせなかった。

 首に到達した剣を素早く引いた――また飛び散る鮮血。

 服が汚れてしまった。買い替える必要があるな。


「こいつはやべえ! 斬れ、斬れええ!」


 頭目がようやく残った三人の山賊に命じた。

 私は剣を構え直した。ここからが大変だ。混乱状態から立ち直った男四人との戦い――


「こらああああ! 何してんだ!」


 不意に子供の大声が辺り一面に響き渡る。

 私と山賊たちの側面、ちょうど三角形になる位置に、その少年は現れた。


 十代前半と思われる少年は茶髪を短く刈り込んでいて、右頬には斜め十字の傷、目の色は珍しく赤い。

 袖を切ってある動きやすい白を基調とした服装。その腕はたくましかった。鍛えられていて、絞られた筋肉という印象。


 少年は長い木剣を二本、背中に背負っていた。

 得物はそれだろうか?


「てめえはブロウ! 厄介な奴が出てきやがった……!」

「ここはじっちゃんの狩場……って、ええ!? 死んでいる……」


 私が殺した二人を見て絶句している少年。

 その隙を突いて、頭目は「逃げろ!」と部下に命じた。

 蜘蛛の子を散らすように、山賊たちは森の奥へ逃げた。


「……えっとさ。あんたが殺したのか?」


 やや警戒しながら訊ねた少年。

 私は血ぶるいして剣を鞘に納めて「そうだ」と答えた。


「どうして殺したんだ?」

「相手が襲ってきたからだ」

「それは分かるけど……」

「私には連れがいる。私自身とその者を守るためだった――」


 そこまで言って、急にカレニアのことが心配になった私。

 はっとして馬上の彼女を見ると――荒い息をしていて、馬に寄りかかっていた。


「カレニア! しっかりしろ!」


 急いでカレニアの元に駆け寄る。

 額に手をやると――酷い高熱だった。

 先ほどの山賊とのやりとりを見て発熱してしまったようだ。


「すぐに医者のところに連れて行ってやる。もうしばらくの辛抱だ」

「……あのさ。信用するかどうかはあんた次第だけど」


 少年は頬の傷を触りながら「じっちゃんのところへ行けば薬がある」と言う。


「熱冷ましもあるよ。それに村よりも近いところにいるし」

「そうか。なら案内してくれ」


 私の即断に少年は目を白黒させた。

 それから不思議そうに「信じるのか?」と訊ねる。


「俺が山賊の手先だとは思わないのか?」

「手先はそんなことを言わない。それに――」


 カレニアが高熱でうなされているのを見つつ、私は少年に言った。


「信用するのは私次第なのだろう? だから信用した」

「…………」

「案内してくれ、頼む」



◆◇◆◇



 少年の名はブロウという。

 何でも『じっちゃん』と呼んでいる老人と二人で森の中の小屋に住んでいるらしい。

 その老人が何者なのか、ブロウの話からは判然としなかったが、断片的な情報からブルーフォレストの人間ではなく、どこかの国から流れてきたようだ。


「じっちゃんは強いから、下手に手を出すなよ。返り討ちに遭うぞ」

「肝に銘じておく」


 何度も釘を刺すブロウ。

 歩いてすぐにその小屋は見つかった。

 その近くで薪を切っている老人も見えた。


「じっちゃん! 薬の準備してくれ!」

「うん? 怪我でもしたのか……この娘さんは?」


 老人はブロウに似た顔つきで、年を取ればそのままそうなるだろうという容貌をしていた。

 白髪で彼もまた鍛えられた肉体を持っている。

 そして彼が只者ではないことも分かる――血まみれの私を見ても驚かなかったことから。


「大変なんだよ。馬に乗っているお姉ちゃん、熱が酷いんだ」

「……どれ、診てみよう。その子を連れてきなさい」


 私は黙ってカレニアを馬から降ろし、背中に背負って小屋の中に入る。

 小屋は私が武士だった頃に見た猟師の家とあまり変わらなかった。

 薬草やらが所狭しと置かれていること以外は同じだった。


「お嬢ちゃん。その服を着替えたらどうだ?」


 カレニアを布団に横へ寝かすと、老人が苦言を呈した。

 私は「代わりの服を持っていない」と答えた。


「そしてここにあるとも思えない」

「……仕方ないな。ブロウ、村に行って買ってきなさい」

「いいけど。じっちゃんは?」

「わしはこの娘を診なくては」


 ブロウは「じっちゃんに手を出したら怒るからな」と私に告げて駆け足で向かった。

 老人は「心配性な孫だ」と言い訳のようなことを口にした。


「いや。思いやりのある孫だと思う」

「まあな。しかしお人よしとも言える」


 老人は手慣れた様子で診断した後、薬草を使って薬を調合し始めた。

 その間、老人の指示でカレニアの頭を冷やすため、手拭いを乗せたり汗を拭いたりしてやった。


「カレニアはどうなんだ? 助かるのか?」

「ああ。ただの風邪だ。疲労がたまっていたのだろう」

「そうか……」

「この娘とはどういう関係だ?」


 私は「主従関係だ」と短く言う。


「幼いころからの付き合いではあるが」

「大切なんだな」

「否定はしない。ところであなたは――」

「ジロウという。ま、あなたでも構わない」


 私はジロウに「世話になるが良いのか?」と訊ねる。


「今更だな。孫が連れてきた病人を追い払うほど、わしは冷血漢ではない」

「……礼を言う」

「ところであんたの名前は?」


 ジロウの問いに「アンヌだ」と私は答えた。


「そっちはカレニアだ」

「アンヌさん。しばらく休んだらどうだ? カレニアさんはこの薬を飲めば回復する」


 調合し終わった薬をカレニアのところへ運ぶジロウ。

 私はカレニアの身体を起こして「聞こえるか、カレニア」と囁く。


「今、薬を飲ませるからな。飲めるか?」


 カレニアは意識が朦朧としていたが、薬を飲むことができた。

 私は壁に寄りかかり「しばらく休む」とジロウに告げた。


「ま、知らんところに対して、警戒は当たり前か」

「…………」


 ジロウの呆れた声を無視して、私は目を閉じた。

 いい加減、疲労で限界が来ていたのだ。

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